電波戦隊スイハンジャー#215 天孫降臨
第10章 高天原、We are legal alien!
天孫降臨
地球軌道に浮かぶ高天原族旗艦、天鳥船内。
好きな花であるカミツレンの香りのミストを寝室内に充満させて長椅子に横たわる女王天照の惰眠を打ち破ったのは、
「大変です陛下!左騎将軍どのがやらかしてしまっております!」という女官長アメノウズメの第一声であった。
「やらかした…っていったい何を?」「とにかくご覧下さい」女官長がサイドボードの電源を押し、端末のモニターに大写しになった光景に天照は思わず身を乗り出した。
「こ、これは面白そうではないか!!」
素舞
それは約3500年前に高天原族の追放王子オトヒコ、後のスサノオ大王がこの惑星のある小島にもたらした格闘技であり現在のとある国の古式ゆかしい国技とは違って…
1、武器での直接攻撃は禁止。
2、「参った」と言えばそこで試合終了。
以外は何でもありの、出場者が他の出場者を捕らえて膝、胴体、手、頭部を地に付かせれば勝ちという極めて簡潔な競技である。
この素舞の勝ち負けでこの国の移住兼、王権、領土開拓権をの全てを賭けたスサノオの子孫豊葦原族と宇宙最強の戦闘民族高天原族の、勇敢で剛の者にしてかつ脳筋で大阿呆の二人の闘いが今始まろうとしていた。
西。
豊葦原族第一王子タケミナカタ。出雲国出身。肉体年齢23歳。175センチ62キロ。パワー型。見た目野生的な筋肉質青年。
東。
高天原族将軍タケミカヅチ。コロニータカマノハラ出身。肉体年齢59才。185センチ75キロ。エレメント型。見た目ちょい枯れな筋肉質紳士。
今はなきスサ星古来の素舞の審判、行司の恰好をした思惟が
「さあ見合って見合って、はっけよいっ、のこったー!!」と前に掲げた軍配をさっと上げた瞬間タケミナカタは背後に飛び退って常人の眼に見えない速さで掴みかかってきた相手を躱した。
自分が持ち出したというよりは切り出した背後の岩山を十数発の正拳突きで打ち砕いて瓦礫にしてしまうと渾身の力で瓦礫を蹴り払い、数十発の高速の轢弾となって異星人の将軍めがけて襲い来る。
それをまともに食らったら骨は砕け、肉が千切れるであろう礫弾の雨に向かってタケミカヅチはふん!と大きく首を回して振り乱した己が長髪で自分に来た礫弾を全て跳ね除け、彼の髪に当たった石は全て砂と化した。
弾みで自分に当たりそうになった岩を思惟は次々と軍配で跳ね返し、すぱぱぱぱん!と海上にいくつも大きな水飛沫を打ち上げるのを見て豊葦原族の民は…
長い付き合いでただの宝玉職人だと思っていた思惟どのって、こんなに強かったの?
と藍色の髪の行司をなんだか裏切られたような複雑な気持ちで見ていた。
「あ~、面白くない。オトヒコ様のご子孫の力ってこんなもんかよ…次は本気でかかって来な!」
再び四股を踏んで両の脚をふくらはぎまで深く砂浜に埋め込んだタケミカヅチが正対した若者に向けて両手をひらひらさせた途端、彼の指の一本一本が十束の剣に変じ、巨大な土竜のようになった手と爪をが若者に襲い掛かった。
轟!!
と唸りを上げた剣先が今まさに迫り、恐怖のあまり身が竦み、「参った」と喉から声が出そうになる。
…違う、これは幻術だ!
わざと自分の指先を噛んだ痛みで幻覚から醒めたタケミナカタはうおおおぉ!と咆哮を上げ、
「腕っぷしじゃ誰にも負けん!」
と相手の懐に入り、王子と将軍は分厚い胸板をばつん!とぶつけ合いがっぷり四つになった。
二人とも両足を膝までめり込ませて踏ん張り、渾身の力で押し合う。
行司の思惟がそろそろ勝負をつけんかい!という意味の「発気よい!」掛け声を出すとタケミカヅチはにいっと笑い、
「そろそろ俺の本領発揮しますかね」
と言った瞬間、タケミナカタは脳天から足先にかけて叩きつけられるような衝撃を喰らった。
得意の電撃を今の今まで温存して一気に若者に食わせたのである。意識を失った若者を将軍は高々と両手で持ち上げ、空に向かって放り投げた。
「出たな、将軍の反則技」
思惟の視界画像を通して中継される素舞映像のモニターの前で天照は無邪気に笑った。
タケミカヅチは毎回決勝の一番で電撃を放って相手の戦闘服を破壊して勝ち続け、600年間絶対王者に君臨していたが
特殊能力での攻撃は武器と同じなのではないか?
と元老たちから物言いが付き、素舞の規約規定(ルールブック)を改訂させ、タケミカヅチは殿堂入りと引き換えに素舞の試合から永久追放された。
という前例があるくらいえげつなき将軍の反則技なのであるが、とにかく勝ちは勝ちである。
これ以上遊ぶと主ツクヨミに叱られるのでちゃっちゃと手続き済ませよう、とばかりに思惟は軍配から観衆全員に見えるホログラム映像を浮かべ、タケミナカタが125里(約500km)先の東国の山間で「ふぎゅうっ…」と顔を地面に付けて倒れる所を見せてから、
「タケミカヅチ、タケミカヅチ〜」と老練にして老獪な将軍に軍配を上げた。
投げ飛ばされた場所から四半刻(30分)後、全速力で走って帰ってきたタケミナカタは「ちっ、負けたんだからしょーがねーな」と愚痴りながら将軍が差し出した御鏡の表面に自分の指紋を押し、調印の儀式はあっさり済んだ。
高天原族移住の許可と両族間の和平条約が締結された証に御鏡から光が迸る。
光を合図に高天原族全船が成層圏を通過して稲佐の浜上空に低空飛行で整列する。その光景は巨大な鉄の鳥が整然と列をなしているかのようだった。
「全艦、鳥居に着艦した後稲佐の浜に集結!」
そう、建国者スサノオが葦原中津国の各地に謎の門、鳥居を建築させたのは…来るべき時、高天原銀河スサ星系の超新星爆発による消滅により居場所をなくした高天原族を我が国に受け入れ、着艦させるため。
「全艦、着艦!」
というタケミカヅチの命令で各鳥居の真上に浮遊した鳥型の艦底に開いた穴から二本の脚が降り、四本の鉤爪で鳥居の上端を掴んだ。
船団脱出以来実に700年ぶりの地上への着艦の様はまるで大きな渡り鳥たちの止まり木への休息のようであった。円盤に移動した高天原族が稲佐の浜に降りて地球の大気を肺いっぱい吸い込み、「なんて美味し空気なんだろう…」と長旅を終えてようやく一息付くことが出来たのだ。
最後に白銀の美しい鳥の形をした旗艦、天鳥船が一番近くの鳥居に着艦し、民間人、軍人、元老の順に次々と銀髪銀眼の優美な容姿の人たちが降りた後で「最後に高天原族の王陛下が降臨なさります」とのアナウンスの後、
凛とした金と赤の礼服を身に纏った女王天照が肉体年齢18才のまま成長を止めた美少女の姿で浮遊円盤に乗り凛とした態度で降りてくると、
あの御方が高天原族の光源、女王天照。おお…なんと光り輝くような(実際ほんのり発光している)お姿か!
と豊葦原族の民はどよめいた。
「違うぞ、この時この地上降下を以って我は退位する。我の後に降りてくるのが後継者であり我が孫である真の高天原族の王だ」
天照を地上に下ろした直径二メートルの円盤がすっっ、と旗艦の昇降口まで浮かんで一組の若い男女を乗せてゆっくり降りて来る。
天照の抽出子、オシホミミとその妻タクハタチジヒメこと智持夫妻の姿を見たオオクニヌシは「実に賢そうなお顔をした王であらせられるよ」とオシホミミを称えると「それも違う」と天照が否定する。
「え?ではあの紫の髪をした妊婦が次の女王ですか?」
「まだ解らぬようだな…彼女のお腹にいる子が真の高天原族王だ」
と天照が宣言するとオオクニヌシ大王とタケミナカタ王子はじめ豊葦原族の皆、驚きのあまり半ば口を開けながら智持の膨らんだお腹に視線を注いだ。
まだ生まれてもいない胎児が高天原族の王だと!?
「さあ智持、私が支えているから怖くないよ」と先に降りたオシホミミが妻の手を取ってお腹の子と共に砂浜に足を付けた時、天照から後継者ニニギへの譲位が成立し、この異星人の地球降下の記録は後の世に
天孫降臨
と呼ばれるのである。
後記
大相舞ダイジェスト。やっと高天原族地上降下です。
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