電波戦隊スイハンジャー#188 戦士の休息
第9章 魔性、イエロー琢磨のツインソウル
戦士の休息
2013年11月下旬のお昼過ぎ、七条正嗣は清潔なシーツにくるまれ寝かせられている自分を発見した。
点滴に繋がれている自分の右手は…ちゃんと繋がっていて傷一つ残っていない。膝を曲げれば左足も動かせる。
ここは…?
枕から頭を上げてゆっくり辺りを見回すと、
「ダメですよ、慌てて動いちゃ」
と聞き覚えのある声がした。ベッド脇の椅子には同じ中学に勤める美術教師、室街子が座っていて床頭台のスライドテーブルの上でりんごをむいてくれている。
確か蔡福明に痛めつけられて金色のヒーローに助けられて、百目先生に麻酔を打たれてから…私はずっと眠っていたのか?
って、ここはもしかして!?と正嗣は病室の窓から見える、紅葉したポプラの木を見て自分が実家の近所にある、常盤内科の二階にいる事を理解した。が…
「七城先生、自宅で過労で倒れたんですよ。覚えていないんですか?」
ええ、まあ。と正嗣はかぶりを振ってから「すいません全然覚えていないんです…」と済まなそうに笑ってみせた。
「ほら、また気を遣っている」と室先生は下弦の月のような三日月形の眉をひそめ、
「学校への休職届は受理されたんですから。休んでいる時くらい気を遣うのをやめてくださいね」
と母親が子を叱りつけるような口調で正嗣の浴衣の胸を押してベッドに寝かしつけた。
身も心も疲れた自分が横たわる病室のベッド。脇では憎からず思っている女性がりんごをむいてくれている。
って…
昭和のメロドラマみたいなシチュエーションが今自分の身に起こっているではないか!
ど、どうしよう、私は何て言えば?
急に胸が高鳴り、りんごを一口大に切った室先生がそれをつまようじで差し、
「はい、あーん」
と正嗣を口の前に差し出す。
室先生、いきなり積極的な事を!
顔を付き出して口に含んだりんごは果肉が柔らかくて甘酸っぱかった。うん、ジョナゴールドだ。
あ、そうだ。と室先生は床頭台に置かれた豪勢なフルーツバスケットに添えられた封筒を出して、
「このバスケットを置いて行った背の高い眼鏡のハンサムな人…ほら、前に阿蘇でお会いした日本人の方です。その人が『七城先生が目覚めたらこれを見せて』って言ってましたよ」
彼女から渡された手紙を点滴のラインを確保した右手で開いてみると、白い便箋には…
親愛なるグリーンこと七城正嗣様。
貴方は自分の命を省みず酷薄を極める僕の作戦の「死組」として善戦してくれました。
果物は僕からのお礼の一部です。
モモ先生の見事な手技により肉体は治ったけれど、貴方の心に残った傷は計り知れません。最低でも一週間から10日は入院していること。
…と、野上先生がここの院長に診断書をねじ込んでくれたので何も考えず養生して下さい。
勝沼悟
ああ、どうやら作戦は成功したらしい。
実は、琢磨は出国前、聡介による検診を受けた時に脈が飛ぶのを不審がった聡介が心エコーで調べ、心臓にある寄生虫の存在を知らされていた。
そう、琢磨が自分の胸を刺した刀には心臓を一時停止させて自分を仮死状態にし、寄生虫の暴走を泊める薬が塗り込まれていていたのだ。
診察結果を全て知った上で悟が立てた作戦、それは
「福明の体力が尽きるまで琢磨くんともう七城先生には『死組』となってもらいます」
と、死んでも構わない忍びに斬り込ませる戦国時代の前線の指揮官が出すような冷酷を極めたものだった。
悟が死組に正嗣を選んだのは、レッド隆文とホワイトきららでは非情に徹しきれない。シルバー聡介は死組を助命する役目なので最初から除外。
(ってーか、聡介だとキレて農園ごと塵にしかねない。それも困る)
ピンクのスーツは防御機能しかない張りぼて。
故に、正嗣しか琢磨の同行者として相応しい人材は居なかったのだ。
「はい、もう一つあーん」とりんごを差し出す室先生の手首を掴んだ正嗣は、
「室先生…ま、街子さん」
と持てる勇気を総動員して「今の生徒たちを送り出したら、そのう…」
続けて正嗣が言った事に室先生は目を潤ませて「はい…はい!」と答えた。
窓の外では風が吹いて黄色のポプラの葉を散らしている。思い出す。一生懸命カンバスに向かっている室先生の姿に惹き付けられた時、既に自分は彼女を恋していたのだ。
病室の奥で何か囁き合っている二人に気づかれないよう踵を返した初老の紳士は、三年A組担任で正嗣の恩師でもある深水先生。
彼は図らずも二人の会話を立ち聞きしてしまって花束を片手に病院の階段を降り、聞いてしまいましたよマサくん…恋に奥手な君がとうとう、
CONGRATULATION!(おめでとうっ!)
仲人はこの深水麗司に、是非。
ふっふっふ、ふはっはっは。と高笑いしながら待合室を横切る深水先生の肩までの長い白髪と灰色のフロックコート姿に受付の事務員は、すわ、病院に出没する幽霊か?と不気味がった。
その頃、勝沼記念病院の二人部屋の窓際のベッドに横たわる琢磨を取り囲んでいる妙齢の女性たちは、琢磨の職場の先輩に当たる農水省の官僚である。
「もおー、職場にたくぽん居ないと仕事に張り合いを感じなくてさー、いや仕事はちゃんとやるんだけどっ」
「でもビックリしたわ。琢磨くんが心臓の手術で緊急入院なんてさ」
「元々開いてた孔を塞ぐ手術だったって?成功してよかったわねー」
と三宅さん、片桐さん、富岡さん既婚者の女性官僚たちは職場のアイドル琢磨が職場にいないのが寂しくてたまらず見舞い、と称して病室に押し掛けて来たのだ。
野上先生。
「女職場4~5人に若くて可愛い男の子ひとり配置しとくとすっげー円滑に回るんだ」
ってあなたの説はどうやら正しいようです、が…
願わくば隣のベットのおじさんがえへんえへん咳払いしてるのに気付いて欲しいです!先輩がた!
そこに「兄ちゃん!」とわざと明るい大きな声で呼び掛けたのが双子の弟の及磨。
あら…と職場のお姉様がたはそこでやっと自分たちが長居している事に気付き、そさくさと退散した。
「助かったよ及ちゃん…」
琢磨は気疲れで枕に頭を預け、「僕の傷口、見る?」と胸元をはだけて自分で自分の心臓を刺した傷口を指差して見せた。
「野上先生に頼んでおいたんだ。この傷だけは消さないでくれ、って」
その傷は左胸の下ちょうど四センチくらいのひきつれ。古い傷だけれど、及磨にも同じ場所に琢磨に刺された傷がある。
でも…心が深く傷ついているのは刺された方ではなく刺した方だった。
「ねえ、及ちゃん」
「うん?」
「僕たちこれで『おあいこ』かな?許してくれる?」
そう言われた時、不意に及磨の目からぶわっと涙が溢れた。
「許す許さないって…最初っからそんなこと考えてないよ」
「前から考えていたんだけどさ」
と琢磨は天井の一点を見つめ、
「僕たちの子供には仕合って後継を決めさせるなんて、決してさせたくない」
「うん」
「確率的に双子生まれるんだろうけど継ぎたくない、と子供が言ったら戦い無しに好きに生きてもらえばいいんだ」
うん…と及磨は兄の手を握り、
「もし、今起こってるゴタゴタが落ち着いたらさ、『戸隠』は僕が継ぐよ」
と陸自に入った頃から思っていたことを琢磨に告げた。
(兄ちゃんは優しすぎて諜報には向いてない)
(そうか、そうだな。サルタヒコに報告してみるか)
とうなずき合ってから双子がとっくに気付いている気配。
入りたくても入れないきららに「どうぞ」と立ち上がった及磨はスマートに声をかけて病室から去って行った。
「この病院抑えてくれたり職場への言い訳の診断書も完璧だったし、勝沼さんは実に美しく隠蔽してくれたよねえ…」
ベッドの脇の椅子に座ったきららは自分が持ってきたケーキ箱を掲げて「甘いもの苦手って知ってたんでビターチョコやナッツ系でまとめました。あの、心臓はもう大丈夫なんですか」
ええ、と琢磨は既に床頭台に置いてある高級洋菓子店のクッキー詰め合わせの箱をきららに渡し、「バイト先のみんなで食べて。僕はきららさんの持ってきたものを食べる」と自信に満ちた目で言いきった。
「じゃあ、紅茶入れてきますね!」と弾んだ声で立ち上がるきららの後ろ姿を見送ってから琢磨は…
弟を刺して戸隠当主に選ばれた時以来、諜報員として心休まる時はあまり無かったけど、こうして福明との戦いから生きて帰れて、好きな人が傍にいてくれる今が一番幸せだ。
と思うのであった。
後記
双子のわだかまりが解ける時。
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