電波戦隊スイハンジャー#56

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

豊穣の女神2

来やがれ、と言われてもはいそうですか、と急に従う訳にはいかないじゃないか。


宿屋は客を待つのが仕事なんだから。


と悟は反論したかったが、なぜか聡介に電話を掛け直す気も、メールやlineで返信する気も起きなかった。


なるようになればいいさ。そんな投げ遣りな気分で店のカウンター内の椅子で「日経新聞」読んで過ごした。


夜7時45分、外は篠突く雨で人っ子一人無くて宿の予約も急なキャンセルがたて続きに起こって、オープン以来「宿泊客も飲食客もゼロ」という事態に陥った。


後ろの厨房では支配人の柴垣さんが暇つぶしに包丁研ぎを続けている。


「暇だべ」


隆文が両手を頭の後ろで組んで呟いた。


「やっぱりお稲荷さんの祟りじゃねーべか?」


ほら見たことか、と言わんばかりに店主の悟に問いかけた。


やっぱりね、と悟は無意識にポケットを探ったが、そこに煙草の箱は無かった。そうだった、聡介のあの一撃を受けてから悟は、煙草の箱を見ると気分がむかむかし、握ると、手に震えが起こるようになった。


ニコチンパッドよりもニコチンガムよりも強烈な荒療治「精神的トラウマ」で、悟は断煙に成功してしまったのである。


ある意味で野上聡介は名医なのかもしれない。


愛用していたジッポライターも、自分の不動産業の秘書である福嶋にあげてしまった。


「自分は煙草吸わないんですけどねぇ」


と趣味は総合格闘技という筋骨隆々の健康優良青年福嶋は、それでも社長が下さるんだから、と左胸のポケットにしまってくれた。


お人好しな男なのだ。自分のような男には勿体ない、と悟は常日頃思う。


この店で働く以外は、送迎はもちろん福嶋はずっと側にいてくれる。


SP志望だったけど警視庁の試験に落ちた所を当時検事だった悟の兄に拾われ、5年前から悟のお目付け役兼ボディガードをしてくれている。


もちろん、福嶋は自分が噂のヒーロー戦隊の「青い方」であることも知っている。


「社長、油断は禁物ですよ。人間はいざとなると恐ろしい生き物ですから」


と少年時代の養育係だった西園寺さんのような忠告もしてくれる。


いい奴なのだ。僕とは釣り合わないくらい。親が決めた婚約者の真理子も、その母の西園寺さんも、兄も、母も、妹も、自分を心配してくれている。


周りはいい人たちじゃないか。悟、何が不満なのだい?


いつも自分に問いかけた。


とにかく無心になりたい時に、山梨の実家の古い葡萄樹の下にある道祖神に手を合わせていた。


不思議なことに人間、手を合わせている時だけは生きている苦しさを忘れるものである。


自分は信心深くはない理系の人間のつもりでいたが、祖父の真似をし続けた結果その道祖神が、ゴールデンウイークの最終日に実体を持って悟の前に現れた。


正確には像の前の小人カップルが自分を手招きして


「おめえさん、ヒーロー戦隊のブルーにならねえか?」と誘ったのだ。


自称乙ちゃんと松五郎夫妻が、青いしゃもじを担いで。


それが勝沼悟の人生のターニングポイント「不思議への誘い」であった。



それ以来、悟の胸中にはなるようになるのさ、という諦観とも安堵ともとれる考えが常にあり、どんな不測の事態にも真剣に打ち込んで壁を超える喜びを覚えるようになった。


白状しよう。


僕はヒーロー戦隊やってる事が、楽しくて楽しくてたまらないのだ!


生きているという実感があるんだよ。


もちろんニヒルを気取っている(周りはそう見ていない)悟は、他のメンバーに口に出して言わない。


そして今夜、伏見稲荷に呼ばれて、閉店する理由も出来た。


やっぱりなるようになったのだ。


「柴垣さん今夜は上がっていいですよ。閉店です」


悟の指示に柴垣さんはやっぱりこんな雨じゃねえ、と携帯雨合羽を広げて頭から被って、じゃあ社長も隆文くんも気をつけてけれ、と帰って行った。


やっぱり柴垣さんもいい人だ。隆文くんも、僕みたいな人間の所で働いてくれる。



店じまいを終えて服も整えた所で、オッチーとその妻ドメイヌが迎えに来てくれた。


こうもり傘の相合傘。オッチーは珍しく黒のスーツ姿、正装である。ドメイヌも黒のイブニングドレス。


「お前らも傘に入れ」と夫婦は悟と隆文を手招きした。


屈みながら傘の下に入ると、傘を打つ雨は止んでいた。


自分たちは京都伏見に来たのだな、とレッド隆文ブルー悟は疑いもせず思うような精神構造になっていた。


伏見稲荷大社には閉門はなく、夕方過ぎても外国人観光客が稲荷山に登っていたりする。が、さすがに夜も8時を過ぎると参拝客の影がまばら。


オッチーはこうもり傘を畳んでまずは妻の手を取り、ついてこい、と二人を促した。


「まずは千本鳥居。そこからは『異界』だ」


「か、勝沼さん…おら、怖くなったべ…夜の神社には近寄るなってばあちゃんが言ってたの今思い出したべ…」


歩みを止めてはいないが、隆文の動きはぎくしゃくしていた。


「隆文、それは人間として正常な感覚だ。異質なものや場所には近づかない、関わらない、古来からの危険を察知する能力が、お前には備わっているんだ。自然いっぱいの所で、健全な家族で育ったんだな」


振り向きもせずにオッチーは言った。その妻は悟を振り返って尋ねた。


「タツミちゃん、悟ちゃんは違うんかい?」


「サトルは、逆にそれを乗り越えて行こうという精神構造だ。偉人に多いタイプといえる。だが、聖域を汚さない、非道をしない。わきまえているんだ。…今の人間は、わきまえが何かさえ知らないのにな」


「せやね、聖域がテーマパーク扱いされてるもんね」


「そう、わきまえている人間にしか、神は恩恵を施さないのにな。分かってないんだよ。畏れや敬いというものを」


「それは人と人の間でも同じ」


一見カップルの軽口だが、とても大事な会話のように思える。直観的に、今夜の事は一生忘れないでおこうと悟も隆文も、思っていた。


薄暗い千本鳥居をくぐれども、くぐれども出口にたどり着かない。ああ、もう異界なのだな。


オッチーの妻が童謡歌手のような柔らかい声で「かごめかごめ」を歌った。


かごめ かごめ 

かごの中の鳥は いついつ出やる


「うわあ!ドメイヌさんやめてけれ、ますます怖ぇ」


「でも由紀さおりみたいないい声です」


サトルちゃんは本当の「通」やねえ。


ドメイヌは歌を続けた。


夜明けの晩に 鶴と亀がすべった

うしろの正面、だあれ?


「ほら」


四人のうしろの正面には、「木の葉」と看板が灯った、鄙びた料亭風の建物がある。


かごめかごめの歌が、僕達と異界を繋げた呪文なのだと悟は気づいた。


いや、彼女の歌にこそ呪力があるのかもしれない。


玄関を開けて応対してくれたのは10代後半くらいの目の吊り上がった少女だった。紺地に朝顔を白く染め抜いた浴衣姿。


「控えの間でお待ちください」とはんなりとした京なまりだった。


少女に案内された控えの間にはすでにスイハンジャーメンバー全員が揃っていた。


「おー、レッドとブルー到着!腹が減りましたよ」


イエロー琢磨がわざとらしく自分の胃袋あたりを手でさすった。


琢磨の座卓の向かいでは、ホワイトきららがちび女神「ひこ」を膝に抱っこしてメニューとにらめっこしている。


「きららねたん、おーみぎゅー(近江牛)食べていーい?」


「ここの女将のおごりだから食べまくっていーみたいよ」


にゃはー…とひこは子供らしくない肉食女子な笑みを浮かべた。


「あら、その子どこの神の子や?」


オッチー夫人ドメイヌがひこに笑いかけた。


「オッチーさんの奥さんって外人?すっごい美人だし、ナイスバディ!憧れるー」


きららはドメイヌの姿をしげしげと見て羨望のため息をついた。


「服装からして山神系やなー」


「当たりです。霧島神宮でお持ち帰りしました」


「あんた、生娘な上にキレイな心してるからこの子に懐かれたんやな」


生娘、と言われてきららは恥じらってメニュー表の上に顔を伏せた。


「可愛い女神っ子やなー。おばちゃんの子になるかー?」


慣れた仕草でドメイヌはひこの頬を撫でた。


「や。おばちゃん好きだけど、ひこはきららねたんといる」ひこはかぶりを振った。


さよか、とドメイヌはひこを見つめた。


「あんたの決めた道みたいやからな」


惜しそうなドメイヌの口調で母性の強い人なのだな、と悟は思った。


きららの隣では正嗣がきちんと正座して出されたお茶を飲んでいる。


「ああ、宇治茶にはやっぱり京都の水ですねー」


ととても30前の青年らしからぬコメントつけて。


「正嗣、やっぱじじむさいよなー」


隣で聡介がからかった。さすがにサングラスじゃなく、UV加工の眼鏡をかけている。俺は目の色素が薄いのだと、身体検査の時に言っていたのを悟は思い出した。


同時にヘタレ呼ばわりされた事も。悟は表情には出さずにむっとした。


それにしても、珍客というか何なのか、知己の青年が聡介の隣にいるのはなぜだ?


「喬橘流の若様じゃないか」本気で驚いた声を悟は上げた。


「あら勝沼のぼんちー」


紺野蓮太郎が実は気立てのいい青年だと知っているので、彼にぼんち呼ばわりされても何とも思わない。


だがなぜ、メンバーじゃない蓮太郎がここに?悟は隆文と共に座布団に座った。


右衛門之佑えもんのすけのCMの人だと聞いた時はびっくりしましたよー。会った瞬間、どっかで見た顔とは思ったけど」


琢磨の言葉に悟が説明した。

「だって、蓮太郎さんにオファー入れたのはこの僕なんだから。プロの役者さんよりギャラ安くて済んだよ」


「ぼんち、根性は商売人よ。さすがは勝沼家の血筋よね」


蓮太郎が扇子を持ちながら悟にツッコミを入れた。何処の噺家?って風情である。



「あのう、主がご挨拶したいと」


さっきの少女が畏まって襖を開けた。


少女の後ろから、「女将でございます」と白い着物姿の女性が正座でお辞儀して、顔を上げた。


切れ長の目の、きめ細かい肌をした美しい女性だった。一見料亭の女将さん風だが、異質なのは彼女の着物の柄の金の稲穂が、風にそよぐかのように揺らめいているのである。


女将は言った。


「ここ伏見稲荷大社の主祭神、宇迦之御魂神うかのみたまのかみでございます。あなた方戦隊のプロデューサーUちゃんで、声だけ御存知かと」


「ついでにウチは、九尾の狐、葛葉くずのはどすー」


続いて少女が自己紹介した。


オッチー夫婦以外の部屋にいた全員が、心底ぶったまげたのだ。









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