電波戦隊スイハンジャー#51

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

そうだ、京都行こう1

ロクサーヌ 

赤いネオンの下に立たないでくれ

そんな日々は終わりさ

夜を相手に体を売らないでくれ



東京は夜の11時50分。


古民家の1階を改造したバー「グラン・クリュ」のカウンターにひとりの銀髪の女がいる。



髪は夜会巻き。グレイのシルクのナイトドレスに、すらりとした手足。乳白色の肌。


大き目のサングラスで目元は分からないが、もの凄い美人だろうとバーのマスター勝沼悟は推測した。


お忍びのヨーロッパあたりの女優?モデル?銀座のホステス?


いや夜の世界の女たちは今頃接客で忙しい筈だ。


Roxanne,Roxanne,


「マティーニのお替わりはいかがですか?マダム」


「もうお酒はええねん。シメにコーヒー淹れてや」


マダム・ドメイヌと名乗る彼女は、流暢な関西弁で悟に頼んだ。


マティーニの飾りのオリーブの実を唇でくわえて弄ぶ様子がなんともエロチックであった。


大阪や京都のイントネーションではないな。と悟は思った。


悟は高校生からの「武者修行」時代、関西各地の勝沼グループ系列のホテルで働いていた事があるのだ。


さしずめ兵庫の高級住宅街、芦屋か神戸元町に住む外国人妻であろうか?


淀みない喋り方から、かなり長く日本に住んでいると思われる。


しかしさっきから嫌になるくらい気になるのは、


マダム・ドメイヌと店員、越智巽(実は役小角)が店で出会ったしょっぱなから、お互い右手をカウンターの上で重ね、絡むように見つめ合っていることだ。


本日最後の客、マダム・ドメイヌが小角とただならぬ仲である事は容易に伺い知れる。


彼の愛人の一人であろうか?


えーと、現在のオッチーさんの愛人は


銀座のホステス織江さん。


六本木のキャバクラ嬢ミカちゃん。


渋谷のブティック経営者みずほさん。


新宿のネイルサロンオーナー真夜さん。


最後に神楽坂の芸者小はるさん。


5人の女性と同時進行しているオッチーさん、凄い人だ…


しかも、玄人ごのみというか、自立した女性にしか手を出さない。


従業員の女性関係を把握している悟もある意味恐ろしい男なのだが。本人は自覚してない。


また愛人増やしたのかな?


「今の名前はドメイヌなのかい?」


「うん、タツミちゃん。んふっ」


自称ドメイヌは艶然とした笑みを小角に向けた。


そして悟が出した熱いブラックコーヒーを一口すすり「あら美味しいじゃない!」と本気で感心した声を上げた。


「この兄ちゃん本場イタリーのバリスタ並みに腕ええで。こんなとこでバーテンやって…


何企んでんのん?勝沼のぼんち」


この人は…!瞬間、悟は頭に血が上るのを感じた。


関西経済界では悟は「勝沼のぼんち(ぼんぼん)」と密かに呼ばれているのである。


修行時代に叱られるたび「所詮ぼんちやなあ」と冷笑され、その口惜しさをバネに自分なりに頑張って来たのだ。


東大卒の優秀な兄に比べて、自分は理系おたくの変わり者。


あれで株所有しとるんかい?はっ、株券糸引いて腐りまんがな。


と蔑称の意味での「ぼんち」と言われているのは重重承知だが…


やはりこの単語を聴くと不意に、少年時代の怒りがこみ上げるのである。


「マダム。僕のあだ名を知ってるとは…関西のどこぞの社長はんの夫人でっか?え?」


「キレて関西なまりになってるで。冷静なブルーちゃんがどしたん?」


ドメイヌがちゅるん、と種抜きオリーブの実を飲み込んだ。


「オッチーさん」悟がきっ、となって小角に詰問した。


「このご婦人は、僕が勝沼一族だって事も、ササニシキブルーだって事も知ってる。あなたが教えたんですよね?彼女は…あなたにとって特別な女性なんですね?」


「あたりー」小角は右手を引いてマダム・ドメイヌを立たせた。


ドレス越しに彼女の豊満な乳房がぷるん、と上下した。


さすがにこれは恋も、女性の体も知らない悟には目の毒である。悟は慌てて目を伏せた。


「こいつは俺の嫁さんね」


Roxanne!


アルゼンチンタンゴを奏でるバイオリンの旋律に乗って、有線のスピーカーからスティングの曲をカバーする歌手の、しゃがれた歌声が店内に響く。


はぁ…!?


驚いて顔を上げた時には、二人は店から出てしまっていた。


カウンターにちょうど料金分の現金が置いてある。


初めてイエローの琢磨と会った時の、彼の話を悟は思い出した。



「あれは天草の海岸での事です。


銀髪で銀の瞳をした女神に誘惑されかけて、そこに、チンピラみたいな恰好したオッチーさんが登場したんです。


僕は訳も分からずにボコボコにされました。


何というか、浮気現場に遭遇した夫の八つ当たりみたいでしたよ。僕は潔白なのに…」


みたい、じゃなくて、オッチーさんは夫だったんだよ。琢磨君。


そしてマダム・ドメイヌは、君が出会った「海の女神うーちゃん」なんだよ…


有線の曲はエリック・クラプトンのの「チェンジ・ザ・ワールド」に変わっていた。


ちょうどサビの部分であった。



さあ、僕は世界を変えることができるよ

僕は君の宇宙で、

太陽の光になるよ



「鞍馬山の大天狗」の異名を持つ不老不死の人間と女神。


二人はどのような経緯で夫婦になったのだろうか?



ちぇーんじざ、わーるど…とかなり調子っぱずれに小声で歌いながら、悟は店じまいの支度を始めた。


「東京の下町にしては小奇麗でええ物件やないの」


ドメイヌは綺麗に掃除されている6畳1間台所風呂付きの室内を見回した。


小角の職場である安宿から歩いて5分の所に彼の住むアパートはある。もちろん大家は悟である。


2部屋挟んだ隣の部屋に、支配人の柴垣さんが住んでいる。


「なんか飲むか?」


小角は薬缶にミネラルウォーターを入れ、コンロでお湯を沸かし始めた。


「せっかく帰国したんやから日本茶がええねぇ」


「おっけー」と宇治茶の茶葉を急須に入れる。


ドメイヌはやっとサングラスを取ってテーブルの上に置いた。


彼女の瞳はLED照明の下で銀色に輝いている。


「会うのは3か月ぶりか?フランスにいたんだろ」


小角は湯飲み茶碗にお茶を注ぎ、ドメイヌに差し出した。ちょうどぬるめに淹れてあるお茶を、ドメイヌは実においしそうに飲んだ。


「あー、やっぱり母国の味は落ち着くわあー」


見た目は外国人だが、畳で斜め座りにくつろぐドメイヌの口調は関西のおかんみたいだった。


「まーお前元々日本の神だからなー。見た目は外人だけどさー」


まさか八百万の神の中に銀髪銀目の女神がいるとは、現世の人間は誰も思わないだろう。


俺も1400年前に、この女に出会うまではな…そして、俺の人生を大きく決定しちまった。


小角はドメイヌのうなじに唇をつけた。んふふ、と彼女は笑った。


「あかんて、せっかちやなあー」言葉とは裏腹に、夫の首に手を回して息を漏らす。


「久しぶりに触るんだ。いーじゃねーか」


「じゃあ夫婦の間の約束。付き合ってる彼女さんとは全員縁切り。ええな?」


「…はい」


愛撫を一瞬止めて小角は情けなく返事した。


「うちもあんたと暮らす時はつまみ食いしてへんで」


妻の白い指が、夫の長めの髪を撫でる。


「5月に琢磨と浮気しかけたじゃねえかよ。お前の好物の可愛い男の子とよー」


言いながら片手で妻のドレスの胸元をはだけようとする。と同時に器用にもう片方の手でボタンを外して、上半身逞しい裸になった。


女遊びに慣れた男の所作である。


「あれはあんた来たから退散したねん。琢磨ちゃんには謝ったか?」


「あ、まだ」


全然反省してない様子の夫を、妻は呆れた目で見返した。


「あんたの唯一の欠点は嫉妬深いとこやなー…うちの太もも触ったってーだけの理由で柳生の十兵衛ちゃんの片目潰したやろ?謝ったか?」


「あれは散々謝ったからさー、400年前だぜ、もういいだろ?」


息を弾ませて小角は妻の上にのしかかった。


女は余裕の笑顔で夫の体重を受け止める。


出会った頃みたいに、相変わらずこの女は若々しく、美しい。


愛しい、たとえ人間じゃなくても…


シングルの布団の上で二人は頬を擦り合わせて激しく口を吸い合った。


男はドレスを脱がせ、女を上半身裸にした。女の裸の乳房が弾んで露わになる。


女の胸の谷間には、銀河の渦の形をした、大きな青黒い痣があった。


男は渦に顔を押しつけるように女の胸の谷間に顔を埋めた。


「逢いたかったぜ…渦女(うずめ)」


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