電波戦隊スイハンジャー#124

第七章 東京、笑って!きららホワイト

オニの末裔たち1


闇の中に潜んでいた一人が音を立てずに天井裏の板をずらす。

小さな扇形の光がさっと彼の頭巾を照らした。

標的は白い道着に黒袴を付けた灰色の髪の青年。4.21尺の赤樫の杖を両肩に掛けて左右に体を傾けストレッチをしている。

夕稽古を終えて門下生たちは帰って行った。師範役の銀髪の女性も入口から外に出て行こうとしている。

(標的は油断している…襲うなら今だ)

(ああ、兄ちゃん)

天上板が二枚同時に外れて黒い忍び装束が二体、真下の標的に向けて飛びかかった。

「野上聡介、覚悟!」

襲撃者たちを見上げる合気柔術柳枝流二代目道場長野上聡介の口元が、猟奇的に嗤った。

のを見た次の瞬間、襲撃者は標的の姿を見失った。聡介が自分らよりも高く跳躍したのだ、と気づく前に首の後ろに打撃を受けて二人とも昏倒の闇の中に沈んだ…


あの日は三日月だったのを今でも覚えている。

全ての事象は山の神が動かしていると信じられていた時代だ。

ある時、ひでりが続いて井戸の水、田に引く水が減りはじめた。

幾日か村の大人で話し合いが行われて幼かった私が選ばれて長い時間かけて山奥に連れて行かれた。

山奥の岩場には、大人の男がひとり横たわれるほどの広さの、つるつるした青い石が地面に埋まっていた。

白装束を着せられた私はそこに乗せられ、村長はじめ大人たちが意味の解らないまじないの文句を長い間唱えて

その後、皆去った。その岩から降りるな、と父にきつく言われていたので私は馬鹿正直に動かずに待ったよ。

二つめの夜に目を光らせて獣の群れが私を取り囲んだ。山犬たちが私を狙っていたのだ。

飲まず食わずだった私には逃げる力は残ってなかった。

ああ、自分は親と村に棄てられた。とその時やっと、ぼうっとした頭でやっと気づいたんだよ。ふふ。

おまえは山神様に捧げられるんだよ、と母親が言っていたではないか。

山犬たちは十頭ほどいたであろうか。じわじわと距離を詰めて私に近づいて来たよ。

生臭い獣の体臭。剥き出しの牙が目の前にあった。

喰われる、と私は頭を抱えた。

ぎゃんっ!

と山犬の一匹が悲鳴を上げたのだ。

仲間の山犬たちも悲鳴の方向に面を向けた。

そこには片手に松明を掲げて髪をざんばらにした少年が立っていた。

獣たちを睨み付ける厳しい目つきに、濃くて形の良い眉が松明の灯りの中にはっきりと浮かび上がった。

山神の子が来た!と咄嗟に私は思ったよ。

山犬の集団は少年へと標的を変えて躍りかかって行った。

それは一瞬の光景だったよ。垂直に飛びあがった少年のひと蹴りで3,4頭の山犬の頭が吹っ飛んだ。松明で殴られて残りの山犬たちが火傷を負った。

残りの1,2頭は尻尾を丸めてすごすごと何処かへ逃げて行った。

「来るか、童」

伸ばしてくれた少年の手に私は必死で取り縋った。もう相手が山神であろうとなかろうとどうでもよかった。


「また子供の生け贄を出したのかい?愚かな」

少年に抱かれて岩場と崖をいくつか越えた先に在った住居の焚火の前で、珠の飾りで髪を束ねた妙齢の女性が顔をしかめて言った。

「だって母上」

と少年が自分が叱られたみたいに首をすくめた。

「村人たちが無知すぎるのだ。旱だの大水だの人の力ではどうにでもならぬ事はなんでも目に見えぬ神々のせいにする。麓の村人たちは子供を生け贄に出す。
時が経てば自然に物事は収まるのに、村人たちは生け贄のおかげだと勘違いする。だから生け贄の悪習は終わらぬのだ」

女性にまとわりついていた4,5才くらいの女の童がこちらを見ていた。そして母親から受け取った木の器を持って私に飲め、とでも言うように突き出した。

「冷ました塩湯えんとうだ、少しずつ飲むんだよ」

と自ら塩湯を飲ませてくれ、命を救ってくれた少年が役小角さま、十四歳。女の童が小角さまの妹でれい。後に私の妻になる人だ。

兄妹の母は役白専女えんのしらとうめさまといい、医術などのまじないを山の民に施して暮らす豊葦原族の女性であった。

「母上よ、この童を育ててもよいか?」

白専女さまはじっ、と私の顔を見て言った。凛々しい目元が小角さまによく似ていた。

「賢そうな子だ…いいよ。私達一族を守ってくれる男に育つならね」

時は648年。4才だった私は小角さまに育てられ、生きる為の術を全て身につける事になる。

後に小角さまは修験道と呼ばれる山岳信仰の開祖となり、反権力の象徴となった。


「じゃあ前鬼さんはイケニエとして山に棄てられたのか?」

隆文の質問にそうだ、と前鬼は軽く頷いた。

「そうしても仕方のない時代だったのだ。
凶作になっても年貢は取り立てられ、村人は飢えていく。だったら口減らしをするしかない。
労働力にもならない幼子が棄てられるのは、よくあった事なのだ」

日時は9月14日の、夜9時半過ぎ。悟が経営する宿屋の従業員休憩室「いなほの間」で不意に始まった役小角の片腕、前鬼の昔語りを隆文はマカダミアナッツをつまみながら聞いていた。

この小柄で大人しそうな男に、そんな重い過去があったなんて。


「小角さまと私の出会いから日本初の諜報組織『オニ』が生まれ、ヤマト朝廷の圧政の陰で暗躍し、1400年後の今に至る」

「琢磨もその子孫って訳か。他にも琢磨みたいに運動能力高くて、戦隊にも言えない後ろ暗い任務している奴らはいるんだべか?」

「後ろ暗かろーが何だろーが彼らは公の為に働いている。
そうだな、豊葦原族特有の能力を持つ者たちは年々減って行き、今では戦国時代に活躍した忍びの名を隠し持った五家の子孫たちが、オニの正式な構成員だ」

そう前鬼が言葉を切った時、PiPiPiPi、と彼の胸ポケットの携帯が鳴った。

「もしもし琢磨か。首尾はどうだった?」

いいタイミングで琢磨からTELかよ。と隆文は思った。

「は?秒殺どころじゃなく瞬殺?せめて一分くらいは持てよ馬鹿者っ」

と電話口に向かって前鬼は吐き捨てた。

「いま標的の家?…はい今夜の演習は終わり。各自好きにしていい、以上」

訓練教官みたいな口調でまくしたてると前鬼は一方的に電話を切る。

なんか、前鬼が訓練と称して琢磨にろくでもない事をさせたに違いない。

「五家のひとつ『戸隠』、都城家の双子に野上聡介を襲撃させたが…返り討ちに遭ったそうだ。つまんね」

「そんなもん火を見るより明らかだべ!」


遡って20分前。

蚊でも叩くよーな簡単さで聡介に倒された襲撃者コンビの頭巾を剥ぐと、まったく同じ顔と髪型をした青年二人が現れたので聡介の姉で道場師範の野上沙智はひゃっ、と手を口に当てて驚いた。

「双子!?にしても似すぎてるわー。わたし好みの可愛い顔立ちだけど」
と、来月嫁ぐ女とは思えないセリフを沙智は言った。

気絶した二人を聡介が担いで母屋のリビングのソファに座らせ、濡れた手ぬぐいで顔を拭いてやると、双子はん、んーと同時に唸って目を覚ました。

「おそらく姉ちゃんが顔拭いてやってる方が琢磨だろう、俺もこんなに似てる双子初めて見た」

ああ、なんて綺麗な女性ひとなんだ、きっと天女ってこういう人に違いない…

とぼーーっとして沙智を見つめていた琢磨は耳に飛び込んでくる聡介の言葉に驚愕した。

「僕達双子を見分けたのは先生が初めてだ!」両親だって自分らの見分けがつかないのに。

やっぱりそっちが琢磨か。

聡介は「ど、ども…」とこわごわ会釈する琢磨の弟、及磨きゅうまの顎をくいっと持ち上げながら言った。

「ばーか、日焼けの深さが違うの。琢磨、お前散髪して髪型同じにしても、日焼けは一回日サロ行っただけだろ?まだ顔に赤みが残ってんだよ」

「あ、そーゆーことですか…初めまして、都城及磨、三等陸尉ですっ」

聡介に顎クイされたまま及磨は生真面目な敬礼をした。どうやらこの双子、見た目はおんなじだが性格は全く違うらしい。

「道場破りは今に始まった事じゃねーけどさ…琢磨説明しろ!この弟くんはどこまで俺のこと知ってんの?」

と聡介が怖い顔で琢磨に迫った時、何も知らない聡介の叔母、野上祥子が風呂から上がって血色の良い顔でリビングに入って来た。

「聡ちゃんサッちゃんも道着脱いでどっちかお風呂入りなさいよー。あら、JACの会員の方?」

と双子の忍者を前にしてわたくし何事にも動じませんわよ、な笑顔で尋ねた…。


「せめて一分ぐらいはもてよ馬鹿者っ」

と電話で前鬼からの叱責を受けた琢磨はスマホを忍び装束の内ポケットに納めた。

姉と叔母にめんどくさい説明はしたくないので部屋着に着替えた聡介はさっさと双子を自室に招いてひととおり事情を聞いて

双子の襲撃は前鬼の指示による「忍者と高天原族の手合わせ」だったという事が解った。

ったく何考えてんだよ。あの小柄で大人しそうで、いつも肚に一物持ってそうな男は。

「それで富士駐屯地に居た弟くんをわざわざテレポートでここまで連れてきて、『演習』させたって訳?及磨くんは戦隊のことも俺の正体も知ってるのか?」

「いやあ、先生強いですねー、さすが純血の高天原族だ」

及磨のこの一言で聡介はあ、こいつ全部知ってる。と察した。

なんだろう?

某摩訶不思議格闘マンガの主人公が放つ

「おめえ強えなあー」と同意義の言葉を放つ及磨の屈託の無さは。琢磨とは中身が違い過ぎる。

「弟は仕事上口は堅い男ですから、今回は許してくださいっ!弱すぎる僕達が悪いんです」

都城兄弟はベッドに腰掛けている聡介に並んで土下座した。

「弱いどころかへなちょこだった。こんなんで和製スパイやってるとは笑止」

「ええっ!?野上先生はオニの存在まで知ってるんですか」

とびっくりして顔を上げた弟の腋の下を琢磨が思いっきりつねり上げた。

「馬鹿たれっ。おまえ先生にかまかけられたんだぞ!」

痛さで悶絶する弟の頭をさらに琢磨ははたいた。

「ふーん、オニっていうんだその組織。ま、勝手にやってくれ、って感じなんですけどー」

「ところが兄が掛け持ちしているヒーロー戦隊と連携するっぽいです」

「え?そんなこと知らされてないぞ」

「昨日辞令が来てね、僕、市ヶ谷駐屯地に異動が決まった。来週東京に来るんでよろしく」

「それ先に言ってくれ及ちゃん…」琢磨は土下座のまま脱力してしまった。

オニという組織は防衛省の人事にまで影響力があるのか?

創設者の天狗こと小角は東京に部下を集めようとしているのではないか?

聡介はふと祖父鉄太郎の過去の仄暗い噂を思いだした。

野上鉄太郎スパイ説。じいちゃんは生前一切その話題に触れなかったけど、双子の忍者のやり取りを前にしてそれが急に真実味を帯びて来る。

あんたたちはもう引き返せない、というツクヨミの言葉を思い出して聡介は冷たい刃先を首筋に当てられた気がした…。


「及磨は琢磨に何かがあった時の代行要員だ。もしもの時はあいつがイエローになる」

ベランダの戸を開けて夜風に長髪をなびかせる男がいる。

訳あって諜報組織、オニを作り、訳あって不老不死の身になった役小角。その人である。

「もしもって重傷とか、殉職とか?」

床にあぐらをかく彼の背中に妻のウズメが抱き付く。シャツごしの夫の体温に埋もれるかのように。

「それもありうる」

小角は平らかに言った。

「組織の五家の統領たちは苛立っている。自分の能力と技を発揮できない窮屈な現代社会に。俺にもあいつらにも、聞こえ過ぎるんだ。東京の怨嗟の声が…ウズメ俺は決めた。五家の力を開放する」

「でも今は眠らなきゃ」

ウズメの柔らかい手のひらが小角の両耳を塞いだ。うん、と頷いて小角は固く瞼を閉ざした。

後記
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