電波戦隊スイハンジャー#68
第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘
秘密結社、隠3
「いちおう子供に優しい漢方渡しといたよー、病名はぁー『思春期』。
ホルモンバランスと自律神経の変調だね。イライラが続くようなら2週間後に来るよう伝えといた」
榎本葉子と野上菜緒が帰った後の診察室で、少年の体にぶっかぶかの白衣を纏った薬師如来ルリオがA4サイズのクリスタルの板に浮かんだ電子カルテの情報を読み上げた。
「いやいや、そんな事務的な報告じゃなくて!問題にすべきはあの子がほとんど全種類の超能力を持ってるってことだよ」
聡介がラファエルの増えすぎた資料の片付けを手伝いながら言った。
手伝いといっても、「捨てられないでーし!」
「雑誌や印刷物は電子データに保存して断捨離しやがれーっ!どーせ必要な時しか見ねーんだ」とほとんど聡介がちゃちゃっと片付けてしまったのだが。
おかげで診察室隣のカンファレンスルーム(会議室)の流線型のテーブルはすっきり片付けられ、スタッフはドリンク飲みながら休憩できるようになった。
エンジェルクリニックはドリンクフリー、スナック菓子とチョコレート食べ放題である。
問診によると榎本葉子は超能力を、物心ついた3つの頃から使いまくっていたそうだ。
親御さんは育児に相当苦労したことだろう。
テレポート(瞬間移動)、テレパシー(精神観応)、サイコキネシス(念動力)、クレヤボンス(透視)。すべてのテストクリアしやがった。
おまけに「おっちゃん、お母ちゃんとこじれとるな。そこ治さんから恋愛ダメなんや」
と俺の精神的問題を「逆診断」されちまった…
あのな、今年31歳の息子と56歳の母親の関係修復は、難しいんだぜ。
「無邪気に大人の心読んで口に出すんじゃない!」と忠告しといたが。榎本葉子は口を尖らせ応酬する。
「うち、どーでもいい大人には言わへんもん。おっちゃんは矯正可能やから言うたんや。お父さんが言うてた。脳科学的に40過ぎた人間は矯正不可能やて」
あー言えばこー言う。全く、思春期初期のガキはめんどくさい。
「確かに『頑固』に付ける薬は無いけどさ」
診察室の椅子で応急処置用のコルセット(鎮痛機能つき)を腰に巻いた聡介は葉子との問診でつくづく小児科医にならなくて良かった、と思った。
小児科医は患児の扱いも気を遣う上、テンパった親との闘いでもある。
と小児科医になった先輩が疲れ切った顔で言ってたのを思い出した。
「あのさ、君さ」
まず1番に言うべき事があるだろ?心が読めるなら分かるだろ?
と一応聡介はUV眼鏡越しに葉子をわざときつく睨み、厳しい顔をしてみせた。
「まーずーは、謝らんかーい!!ボケ」
怒り心頭に達した菜緒は、大好きな叔父をぎっくり腰にしてくれやがった傍若無人な親友の後頭部をひっつかんで、葉子の頭を本人の膝小僧にぐりっぐり押しつけた。
「うちに偉そうに人間関係説いた奴のする事か!初対面の大人に蹴りとおっさん呼ばわりっちゅー人間関係ぶっ壊れる事しくさってからに!ごめんなさい、やろ?」
「ご、ごめんなさいっ…!」葉子は親友の凶暴な行動に不意打ちを食らった。
菜緒ちゃんこないに激しい性格だったんや、コワイ!
「うちも一緒に頭下げたるから、聡介。本当に、ごめんなさい。もーしませんから出入り禁止だけは…」
子供たちのダブル謝罪を前にして、逆に聡介の方が慌てた。
こういう謝罪シーンを外でやられたらネットに動画アップされて大変な事になっちゃうご時世だ。
「解った解った!君たちの誠意は伝わったし、腰も処置すれば治るし、事実君らからすれば俺はおっさんだし…呼ばれてもしょうがないよ。うん、『悪いことしたら謝って筋を通す』、その姿勢は正しい。
俺が教えた事だけど」
最後の一言さえなければなあ。と菜緒は叔父に頭を下げながら残念に思った。
「聡介はん、落ち込んでる、というか寂しそうでんな」
夜9時、聡介が階下で夕食を済ませてクリニックの休憩室にあるリクライニングチェアーで目を閉じてると、
仏教では神通力、という名の超能力の持ち主、真雅が空海の母お手製スイーツ『黒ごま豆乳ぷりん』を差し入れに入室した。持参のティーパックでお茶も淹れてくれた。
聡介がスタバで買ったセイレーンのロゴ入りマグカップのお茶からはリンゴに似た香りが湯気と共に立ち上る。
「カモミールティーです。カモミールはドイツではムッターハーブ言われて、鎮静と安眠効果が高いんや。さあ」
言われて一口すすると味もさっぱりしてて自分好みだ、と思った。香りもきつくない。豆乳ぷりんも舌触りが滑らかで、優しい甘味だった。
「坊さんがアロマテラピーやってんのかよ。西洋の薬草学だぜ」
「我々は、効くと思ったら何でも習得します」
空海はじめ直弟子たちは、現世の外科医と同じ働きが出来るのだ。その事は3週間前にこのクリニックで小角と空海の手術時の活躍で実証している。
「うーん、さすが玉依御前(空海の母)さま、スイーツ達人だね。真魚と泰範さんは退院して溜まった仕事片付けに行っちゃったし、女の子たちも光彦も帰ったし、薄情な大天使たちもさっさと『巣』に戻ったし、寂しいねー」
白衣を脱いで半裸に腰布を巻いただけの姿の、仏族の普段着になったルリオが手作りスイーツを絶賛した。
大天使たちの「巣」とは、聡介の自室の天井に勝手に建造したシルバニアファミリーチックのミニチュアハウス群である。
大天使たちはプライベートでは13、5センチの「こてんし」という愛くるしい姿になる。
ルリオは机の上に置いていた1枚のクリスタルのカルテを手に取って、浮かび上がる膨大なサンスクリット文字の情報を2.5秒で読破すると椅子ごと聡介にくるりと向かって告げた。
「野上聡介、30歳8か月。主病名は急性腰痛症。俗にいうぎっくり腰。
君は日頃の鍛え方が違うからヘルニアになってないだけマシなんだけど、
前傾姿勢での長時間のオペが原因の職業病だよ。眼精疲労と偏頭痛持ち。
日本の医療機関にありがちなめちゃくちゃなシフトで自律神経も失調ぎみ…
まったくもって『白衣のブラック企業』だね。はははー。あ、と、は、真魚はポジティブマザコンなんだけど、君はネガティブマザコン…」
「ってー、俺のカルテかよ。ルリオ、何が言いたいんだ?」
すっかり気に入ったカモミールティーをおかわりして一口すすってから聡介は聞いた。
「心のお手入れ全然してへん、本当の意味での治療が必要な患者は、聡介はん、あんたはんです」
聡介は目をぱちくりさせ、真雅の笑顔を何か記号を読み取るような不審な眼差しで見た。
「…まず、俺が寂しいなって思ったのは、菜緒が俺の知らない所で自分の家族との問題解決しちまってた、って聞いた事だよ。
あの子は10歳ごろから親に何も告げないでこの家に逃げ込んでくる悪癖が身に付いてしまってな。
兄貴夫婦や兄貴の母親はその度に心配するし、俺達本家の人間たちも叱る事は叱るんだけど、菜緒は謝るのはうわべだけ。周りの反応を見て自分の価値を確かめている所があった」
「自己承認欲求。最近流行りの構ってちゃんですな。構ってちゃんにはシカトすればよろし、と言いたいところやけど…
相手が女の子だとちゃんと見てなきゃ大変な事になりますな」
「そ、お金目当てで援交やウリに走らないとも限らんし、
幼い女の子を性の捌け口にする出歯亀どもが横行する世の中だからな。
兄貴も菜摘子義姉さんも心底心配してたよ。『子育ての限界かもしれない』と義姉さんに何度か相談された事ある。
いつかは俺も菜緒と兄貴一家交えて話し合わなきゃ、って思って…でも
お互いの仕事が忙しくてずるずる来てしまった…ところが今年の6月にだ、義姉さんから『菜緒のカードの口座からゴールデンウイークの時の、行きの新幹線代が降りていない。現金はそんなに持たせていないのに…』と相談された。その謎が、今夜あっさり解けた」
「友達の葉子はんがテレポートで京都から熊本まで送り届けてたんですな?」
真雅の問いにそ、と聡介はチェアーに後頭部を押しつけ天井を見ながら答えた。
「そりゃ交通費浮く方法使うよなー。葉子ちゃんは家族以外誰にも見せてなかった超能力を菜緒のために使ってる。
短期間で2人は深い信頼関係を築いている。
今時の中学生同士で、驚異だ。菜緒は京都に帰った後葉子ちゃんに説得されて『お金はうちが貸した事にしたるから』と一緒に兄貴夫婦に謝りに行ったそうだ」
やっと菜緒が本音で話してくれて嬉しい。仕事で構ってやれなかったのをお父ちゃんは謝りたい。
と菜緒の父、野上啓一はちょうど聡介を10歳老けさせたらこうなるだろうなって顔をくしゃくしゃにして泣きながら菜緒を抱きしめた。
ちゃんと抱きしめられたのは保育園の時以来だと、菜緒は思った。
そうやろな。忙しい、稼がないかん、というのは大人の理屈や。
理屈は、どう言っても「寂しい」という子供の感情には届かへんよな…とも啓一は言った。
でもお父ちゃんお母ちゃんは、菜緒に出て行かれた時、とうとう子供に見捨てられた、とショックでたまらんかった事。
本家が拠り所となるならそれもよし、と半ば容認していた事。
そして菜緒の祖母で啓一の母である美禰代に「いまがアンタの家族崩壊の危機やで!このだアホ」とキツく怒られた事を打ち明けられた。
「食事でも旅行でも、イベント家族でも何でもええねん!とにかく家族と時間を共有して本音で語り合うんが大事や。大人なんやから1,2日ぐらいスケジュール割けるやろ?」
とまだ12歳の榎本葉子に、京都の野上一家は家族再生のアドバイスを授かったそうである…
「親を大事にするんは親の為でなく自分のためや。と12のガキが言ったそうだ。うちのお母ちゃんは死んでもうて二度と会えん。後悔する時間もなかった。
失ったもんは埋められんのや!ってね」
「親を失った子ゆえの重い言葉やな…」
「今度のお盆にやっとまとまった休みが取れて、兄貴一家は鉄太郎じいさんの10回忌法要と墓参り。その後箱根旅行に行くそうだ。
イベントからだけど、やっと家族の時間だな…
菜緒は、自分で見つけた友達と新しい人間関係作って問題解決して、いつの間にか成長してたんだなー」
それが聡介はんのさえない顔の理由か。なんか、娘に嫁に行かれた父親みたいな顔してますが。
「聡介はんは親との関係は?お母さんがピアニストの敷島緋沙子はんでしょ?」
あ、あー。お袋とのこと?と聡介は実に言いにくそうな顔で話す。
「無理して話さんでも」
「没交渉では、ない。年に1度、お袋の実家の家族が気を利かせて俺の誕生会、と称して食事会を開いてくれる。お袋、神田の実家には必ず帰るからな。寿司好きだし」
「ちょっと、お母さんの実家は寿司屋さん?」
「あ、言ってなかった?神田の『さぶらふ』ってちょっと有名な店。ミシュランで2つ星取ったっけ…母方のじいさんが寿司職人の敷島三郎だよ。2年前に死んだけど」
「伝説の寿司職人やないですか!世界の美食家やVIPで予約が埋まってる店や…」
あーそうだってね、と聡介はあまり関心なさげに言った。
あ、傾聴傾聴。真雅は話の焦点を元に戻した。
「んで、『今日は聡ちゃん記念日!』つって店貸し切りにしてお袋の弟の四郎叔父さんが俺とお袋を2人っきりで座敷席に座らせてよー、
まー沈黙が気まずい気まずい!
普段メールも電話もしてない親子だからなー。寿司がとろけるように旨いのだけが救いだぜ…
江戸っ子の気の遣い方って『くっつけりゃなんとかなる』なんだろーか?」
「お二人の会話の取っ掛かりというか、共通点はありまへんの?この家のクラシックCDの他に、明らかに日本では売ってない洋楽のCDありますが」
あ、そーだった。毎年4月になるとお袋の住むロンドンから、若手演奏家のクラシックとUKロックのCD入った小包が送られてくるんだった。
ワープロの文面の手紙は冒頭の「元気?」以外はCDの解説のみ。
プレイヤーから流れてくる「ボヘミアン・ラプソディ」に、10歳の俺は心揺さぶられたんだった。
歌の合間ででmama、と何回も繰り返されるのが哀しげだった。
なんだ、クイーンはじめUK音楽好きになったのはお袋の影響じゃないか。
「なんで母親ってのは、子供に何か送りたくなるんだろうか?子供の意見聞かずにさ」
30過ぎた大人とは思えない拗ねた口調で聡介は訊いた。
「そういうもんやないんやろか」とだけ真雅は答えて、ほな高野山に戻らねば、と部屋を後にした。
人に喋らせるだけ喋らせておいてこの坊さんは…。とも思ったが聡介の脳内は母、緋沙子が弾くリストの「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」で満たされていた。
お袋、やっぱ上手いよな。リスト弾かせたら名人だよな。去年会った時、白髪増えてたよな。
元気?うん。とだけしか会話してない俺とお袋。
お互いに、何とかしないとと思ってても何もできていないではないか。だから溝が深まるのだ。
今度メールでもしてみるか。
やっぱり、拝啓、から始めるのか?
「聡介、君の心と体に必要なマッサージ法考えてみたんだが、どれがいい?
1、アーユルヴェーダ。2、ハワイアンロミロミ。3、鍼と灸。三択だよ」
真雅と話しているのに夢中で同じ部屋にルリオがいた事すら忘れていた。
1と2は、男性からしてみればけっこう怪しげだ。
「おま、えー、腕が衰えないために俺で練習する気満々だろ?」
「じゃー1、アーユルヴェーダね、いやっていう程ゴマ油使うから今度サトルの家でね」
「俺はまだ決めてなーい!なんで勝沼の家なんだよ!?」
どいつもこいつも、人の話聞いてるのか聞いてないのか分からない奴らばかりである。
まあ頭痛もするし、無料(タダ)だから受けてやろうではないか!
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