電波戦隊スイハンジャー#105

第六章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行

阿蘇4

ぴちょん!

と露天風呂を覆う木屋根の天井からしずくが落ちて、ちょうど鉄太郎のいる辺りに波紋を広げた。

(おい、テツ)と小角はかつての武術の弟子に心の声で呼びかける。

(おまえの狂言の筋書きに、おれ様も少彦名も乗ってやってるんだぜ。お釈迦様は予想外だったが…多少のフライングには目をつぶれ!)

戦隊の男どもは湯けむりの中で赤くなった顔を見合わせた…

「お、おら、高2の夏休みだべ。相手はもちろん、今の嫁さん!」

「はーい、アタシは13才の秋でーす」

真っ先にレッド隆文とピンク蓮太郎が自己申告してくれやがった。

「おまえらずるいぞ!」

聡介の抗議に抜け駆け二人は裸で肩を組んできっぱり言い切った。

「こーゆー話題は先に言ったもん勝ちっ!」

「へー、隆文は最初の女と結婚したのか…途中で浮気せずに?10年以上付き合って?」

俺と同じパターンだな、と小角は思ったが、話しても誰も信じてくれなさそーなので黙っている事にした。

ウズメと離れてる間、他の女抱きまくってる自分には何の説得力もない。

「もちろん、おら彼女ひとすじだべ!」

隆文は親指を立ててウインクして見せた。うわあ、リア充の幸せなやつ。ある意味とてもうらやましい。

「問題は蓮太郎だ、13って早くね!?」

聡介は6才の頃から蓮太郎を知っている。確かに周りよりは大人びた言動をしていて「聡ちゃんはおぼこいなあ」とよく馬鹿にされたが、それは喬橘流という大きな日舞の流派を背負っている気負いと背伸びだとばかり思っていた。が…

そうか、蓮ちゃんはもう「知っていた」んだね…

と思うと一抹の寂しさとでもいうような妙な気分になった。

「あ、相手は誰なんだよ…?」

祇園の近くに住む蓮太郎の周りには、美少年の彼を「蓮さま蓮さま」ともてはやす舞妓や芸妓の取り巻きが絶えなかった。その中の一人だろうか。

「麝香《じゃこう》さん姐さん」

祇園薫衣屋《ぎおんくのえや》の人気芸妓の名を蓮太郎はさらりと言ってのけた。

「確か麝香さんってお前より7、8才年上じゃなかった!?」

「『教えてあげる』って言われて手を引かれてさー、お家の布団部屋でぜーんぶ教えてもらっちゃった。ま、いい思い出よ」

あーあ、いいお湯…と蓮太郎は女のように白い両腕を組んで気持ちよさげに伸びをした。桜色に上気した肌は男でもどきりとする程色っぽい。

18年前だ、何て事ねえよ。って涼しい顔である。

オ、オトナだ…

と小角以外の全員が畏敬の念を込めて蓮太郎を見た。

「さ、他のメンバーも白状しちゃいなさいよ!」

と蓮太郎にせっつかれて隣にいた琢磨がぼそり、と痛みを思い出すような表情で話し始めた。

「大学1年の夏休みです、同じサークルの同級生と。でも半年ほど付き合って別れちゃいました…後で分かった事なんですがね、彼女、医学生と同時進行してたんです」

なんか身に覚えのある話だな、と聡介は同情を帯びた目で琢磨を見た。

「別れ際に彼女に言われた言葉がねえ…工学部の学生より医者の卵の方が付加価値がある。女って、打算で男と付き合えるもんなのかと半年は落ち込みましたよ。ちなみに彼女は経済学部の学生でした」

「おまえ…だから天然系の女の子を好むようになったんだな。きららちゃんみたいな」

そうかもしれません、と琢磨はお湯に顔半分を浸けて肯く仕草が可愛かった。

「なんというか彼女はホワイトそのまんまの『まっしろ』な子です。一見天然だけど、馬鹿ではないし、感性が鋭い。

実家は大牧場だけど楽も贅沢もしていない。普通に地方から出てきてバイトと勉強で苦労している学生です。僕は彼女のそんな素朴な所に惹かれたのかもしれません…」

露天風呂の縁の岩に腰掛けて語る琢磨の体中には背中といい大腿といい裂傷を中心とする古傷が刻まれていた。

「子供の頃から死ぬほど忍術を仕込まれました。これのせいで公衆浴場入りにくいんですよ。
知らないおじさんから『虐待か?』と聞かれたり」と相変わらずの明るい笑顔。

忍びとは、凄まじいもんだな。とケンカ慣れした聡介すら琢磨の傷を見て黙り込んだ。

「なんか、つらい失恋話させたな…が、お前の今の恋は決して間違っちゃいない。おあずけが長いってのがネックだけど、本当に好きなら我慢できるだろ?な?」

「も、もちろんです!」と琢磨は何か誓いを立てるように拳をぐっ、と左胸の前に出した。

「よーし琢磨、その間巨乳緊縛制服エロDVDで我慢できるな?」

「先生、僕の嗜好が疑われるセリフは止めて下さい…って次は先生の番ですよ」

(え、ええっ!?)と赤面したのは鉄太郎の方であった。あけっぴろげな性の話には不慣れな、明治生まれの男である。

「俺、実は21の時なんだよね」

え、ええーっ!?と全員が「意外だ」というような声を上げた。

「うちはじいちゃんが厳しくてさ、家に女の子招待して一緒にお勉強なんてできる雰囲気じゃなくて。

『女とチャラチャラする時間があるなら稽古しろ!』ってゆー昔の男だから。

姉ちゃんも、じいちゃんが死んでから初体験したって言ってた。まあその相手と10月に結婚するんだけどね。姉ちゃん23まで処女だったのか…って切ない気分になったもんだよ」

(そ、そーすけ…おれがいたから?沙智も?我慢せずともこっそりやりゃー良かったのに…)

やっぱり孫の性の話とか、育ての親として聞いてあげるべきだったんだろうか?と鉄太郎は今更ながらに後悔した。

(テツお前な…性教育するには年を取り過ぎていただろ?ま、二人とも真面目な孫じゃねえか。今時感心)

「聡ちゃん、自分の話しなさいよ」と蓮太郎が急かすのでんー、と聡介は少し顔をしかめながら話を続けた。


「実は…学園祭の打ち上げパーティーの後の部室で、違う学部の先輩に迫られたんだ。

下級生男子が『おっいいな』って思ってた清楚美人でさ…ところが酒入ったらもうすっげえエッチなの!『ねえ野上君、しよっか?』って押し倒されてキスされて…

それがすんげえ気持ち良かったから理性が吹っ飛んで…

気が付いたら、上に乗られて犯されていました、はい終わり!」

もう思い出したくない、とでも言うかのように聡介はばしゃっ!と派手にしぶきを上げて背中を向けてしまった…もーどーにでもしやがれ!

終わった後で相手に「イケメンなのに初めてだったのね、なんかがっかり」と何の思いやりも無い言葉を投げつけられたのが二重にショックになって今まで誰にも言えなかった。

「犯されちゃってたのね…」

蓮太郎がこりゃ迂闊に可哀想に、とか言って慰められないわね…と察して黙って聡介の背中を見つめた。

「最初がいい思い出じゃなかったからかね?
その後どの女の子と付き合っても長く続かないんだ。平均して3か月で終わってしまう。
周りからは俺は取っちゃ食いの遊び人みたく思われる。でも違うんだ、女性の方から別れを告げられる。俺、これからもそうかね?」

聡介の筋肉質の背中がいじけた子供みたいに頼りなく見えた。

(そ、そーすけー!!)とパニくっている祖父幽霊はこの際無視して小角は聡介の背中に向かってきつめの口調で言った。

「お前、本当に女に惚れきったことがないだろ?女を心から信じていないからだ。お前の傷を癒せる程のいい女に出会っていないからだ」

そこで、だ。と大きく息を吸い込んだ小角は真っ裸で湯の中に仁王立ちになって腕組みをし、とっておきの金言を聡介に授けた。

「女の傷は、オンナで癒せ!」

それ、なんの解決にもなってねーじゃん。と聡介は半ば不貞腐れて振り返ったが、次の小角の言葉には妙な説得力があった。

「見かけだけでお前に言い寄るチャラチャラした女じゃない。一生に出会えるか分からない程の、とびきりのいい女だ。周りとは空気が違う気高い猫みたいな女だ。出会えば分かる。聡介、お前も自分を磨け!女を見る目を養え!」

つまりは今のままの俺じゃダメって事なんだな。振り返って思えば女なんて、自分の寂しさを埋めてくれる相手なら誰でも良かった。

自分以上に人を好きになる、という気持ちになった事がない、と今やっと気づいた。

おっちゃん、お母ちゃんとこじれとるやろ?このままだと一生恋愛ダメやで。

と初対面で本質を突いた榎本葉子の言葉が太古のシャーマン託宣の如く頭に響いた…

「で、ところで勝沼の坊ちゃんの初体験はいつかな?」

聡介がぼーっとしてる間に話題の矛先は悟に向けられていた。

「…です」

「え~聞こえないな~」

小角は好奇心120%の笑顔を悟の顔ぎりぎりに近づける。

今にも湯あたりするんではないか?ってくらい、悟は耳まで真っ赤になっている。

「まだ…なんですけど…」

「お前、婚約者がいながらまだ童貞かい!?」

(おれの若い頃は大体そんなもんだったぜ)と鉄太郎が悟を慰めようと肩に手を置いた。

(馬鹿テツ、お前の青春は昭和初期だろーが!)

鉄太郎と小角の掛け合いが面白くて正嗣はつい笑ってしまいたくなる、が、脳内のビジョンに悟の記憶…ケール畑での真理子との出来事が流れ込んで来た。

「まあまあ、勝沼さんにも色々事情がおありなのでしょう…」

と正嗣はやんわりとした口調で悟を庇った。が、悟の答えは正嗣の予想外だった。

「いや、みんなが繊細なセクシュアルな部分を告白してさらけ出してるんだ。

僕だけ言わないのはフェアじゃないよ!この間、真理子さんに迫られて、未遂に終わったんだ…」

そしてなぜか悟は湯から出て、洗い場で蛇口から冷水を湯桶に注いで、一気に頭から何杯も被った。

とりあえず冷静になって話そう、という事であろう。

悟は事実をそのまま、真理子が松五郎にけしかけられて悟を背後から襲ったこと。

キスひとつ経験がない悟は頭が真っ白になって、はっきり言ってどうすれば良いのか分からずに全身硬直し、神様仏様!と必死で心の中で叫んだら、仏様のほう、シッダールタ王子が救いの手を差し伸べて悟を仏界に引きずり込んだ経緯を明かした。

「…なるほど、だからルリオが怒って松五郎に仕返しをしたんですね」

でも勝沼さん、僧侶である私より先に仏界に入れたなんて、ちょっと羨ましいです。と正嗣はほんのりとしたジェラシーを感じた。

「でも勝沼よ、それ童貞喪失のチャンスを逃したんでないかい?真理子さんのこと憎からずは思ってるんだろ?」

聡介が悟に初めて親身になって意見した。

「僕も後になって色々考えました…でも王子に言われた通り、そのまま彼女と関係しても却ってぎくしゃくしたかもしれない、と思い至ったんです。
確かに彼女を大事に思ってます。

だからデートを重ねて気持ちの距離を縮めて…初めて、彼女を抱きしめたい!と思った時がその時なんじゃないですか?」

悟が真剣な顔で言った言葉に鉄太郎含む全員が、

ああ、これは純愛だ。

と思った。と同時に自分は汚れっちまってるんだな…と胸の奥のほうに鈍い痛みを覚えた。

「さっきから竹の香りが清々しいなあ…」

旅館据え付けのよもぎシャンプーで髪を洗う聡介のつぶやきに鉄太郎は(やべっ!)と肩をびくっとさせた。

あんた幽霊なんだからそんなビクつかなくても…と正嗣は思うのだが、自分だけ初体験ばなしをスルーされたのでほっと胸を撫で下ろした。

読者の皆さん気になります?もちろん私だって聖人君子じゃありませんよ。ふふふ。

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