電波戦隊スイハンジャー#114

第七章・東京、笑って!きららホワイト

プロローグ「Tokyo,japan!」


そこは夜も昼も、無き場所である。

ひとりの若者が瞑想するかのようにカードを丁寧に切ってテーブルの上に広げていた。

銀髪に銀の瞳の、明らかに異星人高天原族の特徴を持つそれはそれは美しい若者は、やがてすうっと目を開き「よし」と一枚のカードを選んでめくった。

はっ、と若者は一気に胸中の吐き出し「これはいけないわ」とまだ寝ている筈の助手に聞こえないように声を潜めて言った。

女性のように高く、柔らかい声である。

室内の60インチパネルには、初老の西洋人の男が恭しそうに真っ白なカードを手に取り、読み上げた。

「Tokyo,japan」


その時、わっ!と熱した鍋の上でポップコーンが弾けるような勢いであまたの数の日本人が体ごと跳躍したことだろうか。

2013年9月8日、日本時間早朝5時20分ごろの事である。

その15分後、青年の助手、思惟しいは基地の地下から響く機体の駆動音で目覚めた。

「何事ですか?王子」

寝巻の上にローブを羽織った姿で思惟はエレベーターで地下の星間シャトル発着場まで降りた時、彼の主人はもうコクピットのハッチを閉め切ってしまっていた。

「王子!地球に遊びに行く時は私にひと声と…まさか『それ』を持ち出すとは!」

思惟の叱責と狼狽の混じった叫びも、ふぉんふぉんふぉんふぉん…ほぉん!というシャトルの発射音にかき消された。

「ツクヨミ、いきま~す!!!」

あの馬鹿王子。と思惟は軽く舌打ちをした。高天原族のシャトルは6秒で地球の目的地に降下できるのにいちいち「行きまーす」言わんでも…

でも、「あれ」を持ち出すなんて日本に緊急時が起きた時かしらん?

普段何を考えているか分からない思惟の白皙の顔の片眉が、困惑で少し歪んだ。

思惟はエレベーターを上って居住スペースまで戻り、先程まで主人が座っていた書斎の革の椅子と、マホガニー製の机の上を交互に見比べた。

机の上には、飲みかけのハワイアン・コナ・コーヒーと、扇の形に広げたオラクルカード。

これは確か「たろっと」という古い西洋の占いの?なんと非科学的な。

鼻で笑って思惟はカードを片付けようとしたが1枚だけ図柄が上になっているカードを手に取った。

塔の上に雷が落ちて人々が天辺から落とされる絵であった。

「ん?上下さかさまじゃない…なるほどね」


タロットカード塔。意味は、崩壊、破綻、破滅、鼻をへし折られる。

逆位置は、不吉の予兆じゃなかったかしらん?


思惟はモニターに映る「2020年、オリンピック開催東京に決定」というニュースに人々が驚喜する様を割と冷淡な目で見ていた。


「7年も先の、たった3週間のお祭りで狂奔するとは…世界のあちこちで乱が起こっているのに。まったく地球人は理解しがたい生き物だわ」

思惟のまたの名は思兼神おもひかね、地球の日本という国では、智慧の神として信仰されている。

ツクヨミ王子の予知能力の確率は99.9997%。ま、飛び出すのも無理は無いわね。


ここは月面。静かの海。

地下深くに高天原族の基地があることなんて、NASAはおろか、地球人の誰一人として知りはしない。


2013年9月8日夜の8過ぎ、

東京根津にある下町古民家バー「グラン・クリュ」

今夜は20~30代の女性たちが列を作って1階隅の、カーテンで仕切られた座敷席にいる凄腕占い師MAOさん(変装した空海)の、

「見ただけでずばりその人の問題を当てる千里眼」によるアドバイスを頼って来ていた。

「いやあ、ツィッターって案外宣伝になるんだねえー」

この店の店主、勝沼悟がわざと流した書き込みにどれだけ人が集まるか、という実験のつもりだったが…

「クソ忙しいべ!オリンピック効果で昼から客が途切れねえ…」

と店員魚沼隆文がすっかり慣れた手つきでガーリックチャーハンをフライパンで返しながら、金払いはいいが気まぐれな上司を睨み付けた。

何しろ、今朝5時過ぎの2020年オリンピック開催は東京に決定。

のニュースからなんだか朝から街中の人がそわそわしている。

近所の和菓子屋松蔵(まつくら)では急遽紅白饅頭を作り、これが売れに売れた。

「前の東京オリンピックはもっとお祭り気分だったぜ。あん時はなんつうか…うん、敗戦国から一気にいっぱしの『国』として認められた、って気がしたなあ」

と松蔵の店主、森川松蔵が緑茶ハイを飲み飲み隣の席で賄いの夕食を食べる女子大生小岩井きららに半世紀前の昔ばなしを聞かせていた。この松蔵、御年88才。

根津銀座通りの生き字引と呼ばれている。

「へぇー、そうなんですかぁー。あたしもニュースで見ましたけど日本のプレゼン、インパクト強かったですよねー。

えーと『お・も・て・な・すぃ。おもてなすぃ』」

ときららは箸を置いて上品に合掌をして見せた。

人気女性アナウンサー岩槻アレクサンデルの物真似である。

はっはっは!と松蔵は快活に笑ってきららの物真似を絶賛した。

うわああああん、と急に座敷席のカーテンの向こうから女性のヒステリックな泣き声がした。

また空海が馬鹿正直に余計な事を言ったのだろう。

「だからー、お嬢さんは遊ばれてまっせ。そもそも奥さんいてはる男好きになるのは、邪恋とゆーもんや。引き返すならい・ま・の・う・ち!いまのうち」

「あー、奥さんその投資話にすでに金出してはるな。それ、詐欺ですえ。

ココじゃなくて警察いかなあかん」

「なんで彼氏はんの携帯みたんや?いっこもいい事あらへんで」

「婚約者はんにお酒飲ませてみなはれ。その人酒乱やで」

とまあMAOさんの占いはシビア過ぎて大抵の客が現金3千円置いて行くと、ショックで血相変えて店を出て行く。

そして事実確認をし、取り返しのつかない事態を回避した客たちは再び手土産を持ってお礼にやって来るのだ。

MAOさんの占いは的中率100%。

当たり前だ、空海がテレパシーで客の心を読み、人間関係を紐解き、悩みの本質を暴くのだから。

「はぁー、疲れた疲れた。いつの時代もおなごはんは些細なことで悩み過ぎやぁ」

ようやく客が途切れてげんなりした顔で剃髪にキャスケットを目深にかぶり、黒縁眼鏡という簡単な変装をした空海がカーテンの向こうから這い出て、カウンター席の悟の真ん前に突っ伏した。

その様は年末のカイロのCMに登場する噺家のようであった…

「佐伯さんよぉー、女の愚痴は聞き流すくらいでなきゃ疲れちまうぜー。と、坊さんに言うのもなんだけど」

松蔵には空海の事を、バイトでこの店で人生相談を受ける密教僧、とだけ伝えてある、が、この生粋の江戸っ子は何も疑わない。

「さて、と明日も仕込みで早ぇからよ」とお代を支払った松蔵は、藍地に丸松を染め抜いた半被の背を見せて店を出て行った。

いつもながら、後ろ姿が恰好いいなあ…ときららははぁー、と彼女にしては珍しく長いため息をついた。

「今夜はイエローがいないからつまんなそうだな」

と隆文はにやにやして食後の温かいほうじ茶をきららに出した。

「ち、違いますよぉー」

「慌てて否定する所が怪しい。さっさとどっちかからコクればいーのに」

「だから付き合ってる訳じゃなくて、今夜は琢磨さんと野上先生が来ないし、蓮太郎さんは踊りの稽古だし、なんかつまんないなぁーって」

「戦隊のやんちゃ系3人が揃って所用で欠席、ですもんね。確かに。静かだけどなにか物足りない」

金しろのグラスを片手に七城正嗣が呟いた。

「東京はまだ蒸し暑いけど、やっぱり9月に入ったら急に物足りなさや侘しさ、寂しさを感じる事がある。

なんですかね?やっぱり心が勝手に秋へと向いていくんですかねぇ…」

「ま、日本人特有の感性っていうやつやな」

腹が減っていた空海は野菜あんかけ焼きそばを驚くほどの速さで平らげてしまった。

「はい」と店員小角が食後のデザート、あずきを添えた白玉団子を空海の前の置いた。

「そういえば9月といえば中秋の名月でんなあ。今年は19日が満月」

団子を見て空海は単純にお月見を連想しただけなのだが…

「そのお月見の名物を連れて来たぜ」

きいっ、と店のドアを開けて入って来たのは、背の高い褐色の美丈夫な男。

悟はその顔には、この世以外で見覚えがあった。

「あ、帝釈天さん?」

「お!おまえこないだ須弥山に呼ばれた人間じゃないか」

長い黒髪をポニーテールにまとめ、上下クリーム色のスーツ姿の帝釈天インドラと悟はなんだか嬉しそうにお互いを指さし合った。

さて、ヒンドゥー教の雷神インドラがはるばる金星の須弥山からこの店に何しに来たのか…

「連れて来たぜ」とインドラの右手の先には、首根っこつままれた猫のように銀髪の華奢な青年が文字通りぶら下がっている。

青年の不貞腐れた目は銀色に輝いていた。

…高天原族!?

戦隊たちの視線が一斉にその青年に注がれ、きららと正嗣は半ば立ち上がってがたっ、と椅子が床の上で鳴った。

「ああ、中秋の名月といえば、かぐや姫でしたね」

空海はしれっと白玉を食っている。

いや、あの高天原族は、先月阿蘇の神が映像で見せてくれた、月讀命(ツクヨミノミコト)ではないのか?

「あー、現世の人間は知らないか。かぐや姫の正体って、このツクヨミ王子なんだぜ」

帝釈天の発言で戦隊4人の脳内は「!」と「?」マークで埋め尽くされた。

なんですとー!???

後述
ちなみにこれ書いたのは9年前。
前述の映像見て
「は・しゃ・ぎ・す・ぎ。はしゃぎすぎ」

と思い遊び半分に引いたタロットの結果がこれでした。
作者本人はあんまりスピな事するの嫌なんですけどね。

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