電波戦隊スイハンジャー#38
第三章・電波さんがゆく、グリーン正嗣の踏絵
時は光のように1
聡介がはっと布団の上で目覚めたのは、早朝6時であった。
自室の天井を見つめ、つぎに枕右側にあるデジタル時計に目をやる。
ちょうど5:59から6:00に表示が変わった。
胃のあたりに重みを感じた。
愛猫のブライアンだろうか?にしては軽い。
聡介は顔だけを上げて自分の腹部を見た。小人が、乗っている。
松五郎?と聡介は言おうとしたが、小人の装束が違う。
平安貴族のような純白の狩衣に袴。肩までの黒髪をざんばらにして、前髪の生え際あたりに
…一本の角が生えている。
驚きのあまり聡介は息を詰めた。
「役行者と遍照金剛(空海)の事では、本当に世話になった。礼を言う」
と角の生えた小人は言った。
「それが、お前の『神』としての正体か?」やっと、言葉が出る。
「いかにも。我は住之江少彦名(すみのえのすくなひこな)…本名はスミノエ。
長い漂流の果てにこの中つ国(日本)にたどり着いた時にクニヌシ様…
大国主命が掬い上げて下さったのよ。遠い、昔の事である」
「小人たちの正体は少彦名一族だったのか!みんなお前のように角があるのか?」
聡介の問いにスミノエは黙って首を振った。
「角は、少彦名の長たる我と、元長老の婆様と、次の長であるわが娘しか持たぬ。
角は『宇宙神の智慧』とつながる証。現世でいうところのアンテナであろうな」
雛人形のように高貴な白い顔をスミノエはほころばせた。
聡介は起き上がろうとするが、首から下が動かない。
「これから戦隊の全員に、この姿で挨拶回りをする。寝よ。全ての疲労と負担を取り除いてやる」
スミノエの言葉とともに、聡介は闇の中に脳天逆落としにされるような深い眠りに落ちた。
次に聡介が目覚めたのはもう昼の2時すぎであった。
最強にした扇風機が規則的に首を振っている。
遮光カーテンをしていても、窓からの夏の日差しが強烈なのが分かる。
じーわ、じーわと蝉が鳴いていた。
全身汗でぐっしょりだが疲労感は全くなく、むしろサウナで汗をかいたような爽快さすらある。
聡介が寝具のシーツ交換を済ませ、着替えを用意して一階のリビングに降りると、叔母の祥子が布製のソファーでアイスティーを飲んでいた。
聡介と同じ灰色の髪と瞳を持つ、端麗な初老の女性である。
年齢は62。聡介の亡父、祥次郎の妹で元バイオリニスト。
祖父が遺したこの家でバイオリンとピアノ教室を開いている。
「聡ちゃん、軽く食事用意しようか?」
祥子の問いに、聡介がうん、と軽くうなずいた。
「その間にシャワー浴びてきます…」
聡介は脱衣場に入って鍵をかけると、つるっと服を脱いで全裸になった。
185センチ72キロ。無駄な肉は無く体格は細マッチョ。
昨夜の出来事すべてを洗い流すように、風呂場で熱めのシャワーを頭から浴びた。
グリーン正嗣との再会、サキュパスとの戦い、小角との戦いと、怪我を負わせた小角への手術。いくつもの光景が、額に当たる湯に溶けていく…
やれやれ、ほんとうに一夜で色々ありすぎたよ…
ノンシリコンシャンプーで髪を洗い、メルサボンを手拭いに着けて体を洗い、最後に顔を洗った。
着替えて髪を乾かした頃には、キッチンに昼食が用意されていた。
野菜サンドに昨夜の残りのポトフ。聡介はゆっくり噛んで完食し、アイスティーで流し込んだ。
「姉ちゃんは?」
「お昼から大学で講義。その後道場で子供の部の稽古よ」
聡介の2つ上の姉、沙智(さち)は国文学者で大学の講師。
週3回地元の大学で講義をしている。他にも合気道柳枝流道場の師範代をしており、子供から黒帯2段の門下生に稽古を付けている。
もちろん道場長は聡介なのだが、黒帯3段以上、警察官、自衛官にしか稽古を付けない。
ざっくり言うと外科医のシフトでわやわやになって、道場管理と経営をを姉に押しつけてしまっているのである。
聡介はリビングの時計を見た。午後の3時半を回っていた。
「さあさあ、もうすぐ生徒たちが来るから」
祥子は両手を叩いて聡介を急かした。
邪魔だからとっとと外出するか、二階に上がりやがれ、コノヤロウ。という意味である。
仕方なく聡介は、二階に上がった。8畳間の自室に入ると、学習机の上で身長13.5センチくらいの小さな天使がちょこん、と座っている。
緑色の髪と瞳。「こてんしラファエル」である。
「そーすけ、冷房をきかせときました、でしぃ」
両手でエアコンのリモコンを握ったラファエルが言った。
「サンキュー。ラファ」
聡介は学習机の前の椅子に深く腰掛けた。
机の上で気持ちよさそうに冷房の風を浴びて、こてんしは羽根を伸ばしている。
こいつ、サンリオの縫いぐるみみてーだな、と聡介はしみじみ思った。
天使たちは、自力で体の大きさを変えられるのだ。
25次元先から来た存在なのだから造作もないことだ。
5年前、俺が大学病院の庭でこいつを見つけた時は、白い鳩がうつぶせてると思った。
拾って、裏を返すと翼の生えた小人だったのだ!
「へ、へ、へるぷみー…じ、じゃぱにーずふーず」
と小さな天使は呟いて「なんかちょうだい」と言いたげに手を差し出した。
空腹で倒れていた天使をスポーツバッグに入れて自宅まで運び、
家族にばれないように自室に運んで寝かせて、まずイオン飲料と重湯を与えた。
「ぱぴ!!」と天使は活気づき、次の卵がゆをお茶碗一杯一気にかきこんだ。
「つぎは甘いものが欲しいでしー」と天使がねだったのでキッチンからプリンを持ってきたら、天使は青年の姿になっていた…
「我は、アーク・エンジェル、ラファエル…一宿一飯のお礼にお前に医術を教えてあげまし」
ラファエルの目は当然だろ?とでも言いたげだった。
それからラファエルは、仲間の天使たちまで呼びつけて天井に「巣」まで作り、5年間聡介の部屋に住みついてるのである。
もちろん家賃は一銭も貰ってません。
「聡介は机の上に広げていた雑誌「ネイチャー」や「ニュートン」の記事をぱらぱらめくってみたが、気が乗らずに5分でやめた。
「寂しいから音楽が欲しいでしね」
天井から降りて来たこてんしガブリエルがぴこぴこ羽根を動かしBGMをねだった。
「夏だからベートーベンの『田園』がいいでし」
「指揮者は?」
「ヘルベルト・フォン・カラヤン!」
聡介はスライド本棚にぎっしり詰まったCDコレクションの中からカラヤン指揮の「田園」のCDを取り出し、
ステレオに挿入した。第三楽章「アレグロ」から再生する。
イントロの軽快なバイオリンの響きが実に快い。スイスの万年雪が残る山岳が見えてくるようだ。夏に聴きたくなる曲である。
「そーすけ、鬱々としていましね」
こてんしミカエルも降りてきて、氷の入ったグラスのコーラをマイストローですすった。
翼を細かく震わせてホバリングしている。
おまえ、ミツバチか?と心底聡介はツッコミたくなった。
「結局俺達戦隊が助けられたのは、近藤兄妹2人だけだったよ…サキュパスに心を喰われた人たちも、治るかどうか判らない…」
「違いまし、そーすけ。自分ひとりでは、限界があると認めてはどーでしか?」
「うん…」
ミカエルに叱られて聡介は子供のようにうなずいた。
子供の頃からケンカでは負け知らず。自分が一番強いと思っていた。
ヒーローになって一人でいくつもの不良組織、闇組織を力任せに潰してきた。
ふざけた5人の戦士とつるんだら、面倒なことになる、と接触を自分から避けてきた。
「仲間」を持つのがうざったいと思ってきたのだ。
それが、昨夜はどうだ?
サキュパスという化け物と生まれて初めて闘い、疲労と不安と、恐怖を感じた。
グリーン正嗣がいてくれなかったら?
空海が結界を破ってくれなかったら?
他の4色の戦士が来てくれなかったら?
俺一人では、化け物の餌食になっていただろう。
いや、とどのつまり、俺は「仲間」を欲していたのだ。
正嗣、来い。
俺は、待っているのだ。
正嗣、来い。
スイハンジャーの他の仲間よ、来い!
おれはあいつらと近づくきっかけを、待っているのだ。
「自分から近づけばいーものを…この天邪鬼」
ラファエルがポテチを食べながら呟いた。
「聡介、お客さんだよ」
夕食のあと、姉の沙智が聡介の部屋をノックして、ドアを開けた。
今年33になる姉沙智は、顔は聡介に似ているが、銀髪で、瞳はすみれ色である。
父親は同じだが、沙智の母はフランス人、聡介の母は日本人。つまり異母姉弟である。
「客?」まさか!
「あんた、芳郎くんや篠田くんの他にも友達いたんだね」
芳郎は聡介の近所に住む幼馴染、篠田は高校時代からの親友である。
とゆーか、聡介にはこの二人しか親しい友達はいない。
「るっせー、とっとと嫁ぎやがれ」聡介が言うと
「るせー、とっとと嫁もらいやがれ、この恋愛敗者め」
と反撃された。小さい頃から口喧嘩では姉に勝てない。
姉弟なんてこんなものである。
「なんか感じのいいお坊ちゃんと、公務員タイプの目のほっそい人」
野上家の玄関先には、神戸スイーツの大箱を下げたブルー悟と、グリーン正嗣が立っていた。
聡介が出迎えると「よお!」と正嗣の両肩に、松五郎と乙ちゃんが乗って声を上げた。
松五郎はいつもの久留米絣に、角を隠すようにバンダナを居酒屋の店員ふうに巻いている。
もう知ってるよ、びっくりしたー。とでも言うように、悟と正嗣は松五郎を見た。
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