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朋輩2・小田島勘解由備忘録

妻女てい殿

平成三十年の春は寒の戻りの風が桜を散らしてしまった。

そなたは季節の変わり目には節々が痛む。とよく申しておったが体調は如何?

学生の卒業式の頃にはとにかく桜、と云う季言を入れてりゃ儲かる。と浅はかな業界が巷に流す桜ソングなるもの、

ちゃらっちゃらっちゃらっちゃらっとして謡《うたい》と能楽を嗜んできた拙者には我慢がならぬ!

(あ、森山の直太朗うじの『さくら』と中孝の介うじの『花』とキャンディーズの『春一番』は例外ぞよ)

やっぱり卒業式には、「仰げば尊し」であろうが!

嗚呼…こうして坪庭の桜が散り、葉桜になろうとしている頃には、

人足寄場の卒業式を思い出すで候。

三年の職業訓練を終えて道具一式を与えられて世間に戻る卒業生の清々しい顔、

もう二度と、過ちをせずにやっていくのだぞ。

と拙者も涙こらえ送り出した季節。

拙者もこの役宅に、新しき朋輩を迎える。

父上、とふすまをからり、と開けて二十一才設定の勘解由《かげゆ》の一人娘、縫《ぬい》が茶のお代わりと桜餅を盆に乗せて父の書斎に入ってきた。

「お客人がお見えですよ」

「おお、約束の刻限通りだな、支度する故客間に待たせておくように」

「はい、お菓子は桜餅でよろしいでしょうか?」

「鶯餅も添えてくれ、それと、茶葉は深蒸しにしてくれ」

はい、と言ってきびきびした動作で立ち上がる縫に、勘解由は一言言い添えた。

「深蒸しはぬるめの湯で淹れるのじゃぞ、湯冷ましに入れてたなごころに持って熱くない程度のぬるさじゃ、お前はそこつ者で熱湯で茶を淹れる故」

はい、と言って盆を畳の上に置いて両膝揃えて襖を締めた縫は、

そういう細かすぎる性格だから、父上は母上に逃げられるのよ!

と内心毒づき、襖向こうの父にあかんべえをしてみせた。

間もなく、小袖の着流しに羽織、という後家人の平服で客間に現れた勘解由は、ハンチングを足元に寄せた客人がどうも、と今時の刑事にしては礼儀正しくおじぎをしたことに好感を持ったが、

下履きはジーンズなるメリケンの作業着のずぼんに、上は、赤地に白い桜吹雪を散らした紋様の、アロハシャツを着て先輩宅に訪れるとは…おのれ、無礼失礼千万!

思わず勘解由は、懐に隠し持っていた十手で客人を打ち据えにかかった。

客間の騒ぎに気付いて縫が慌てて障子を開けると、そこには四十がらみの苦みばしった顔つきをしたアロハシャツの中年男に片足で背中を踏みつけられ、ご丁寧に真田紐で縛られている父、勘解由の情けない姿があった。

「へっ!昭和ヒトケタ生まれの刑事なめんじゃねえっ!さむれえが懐に得物(武器)隠し持ってんのを見抜くのは、あったり前田のクラッカーでいっ!」

と捲し立てて今川康次郎は得意気に自分の鼻先を親指でぴん!と弾いた。

お見事、と縫は客人の武力と流れるような江戸なまりについ拍手をしてしまう。

い、今川どの、と康次郎の足元で唸りながら勘解由は、

「いきなりの無礼、謝罪致す…新しく朋輩になるそこもとの力量を試したまで。とにかく紐を解いてくれぬか?」

「ああ、菓子がまずくなる前にちゃっちゃと挨拶済ませようぜ」

と紐を解いてやり、ふたりは改まって客間に座り直して正対した。

障子の向こうで鶯の初音がけきょけきょけきょ…と空を渡る。
 
「拙者、小田島勘解由《おだじまかげゆ》。二十七才設定、生前は火付盗賊改方の同心でござった。

お頭、長谷川平蔵さまが逝去なさってからは人足寄場の監督をつとめた。享年五十七」

アロハシャツの刑事も、畏まってきっちり頭を下げてから自己紹介した。

「わたくし、今川康次郎《いまがわやすじろう》。四十五才設定。生まれも育ちも神田。

昭和九年生まれ。高校卒業後に警察に入った巡査あがり。享年六十九才。

本日四月六日付けで閻魔庁強行犯係に配属されました。宜しくお願いします」

「うむ、これより我らは朋輩。なんの遠慮も要らぬ故、解らぬことがあったら聞くがよいぞ」

そう言われて康次郎はぐすりと笑って
「時代おくれはあんだだよ。平成の今じゃ相方をバディって言うんだぜ」

と軽薄な口調でからかった。

こやつ…拙者と徹底的に合わぬ!

勘解由が口中に放り込んだ鶯餅は好物の筈なのに、この時はなぜか味を感じなかった。

「いやあしかし、そこもとの武力なかなかのもの。どこで習いなすった?」

と参考までに聞いた相手の答えが、さらに勘解由をムカつかせた。

「いやあ、あなた様の上司のドラマのDVD完パケ買って研究したまでさ。蛇の道は蛇っていうじゃないか」

と軽口を叩く康次郎も、

あーあ、初任早々めんどくせえ相手と組む破目になっちまったよ。

と桜餅をかじりながら早く帰る算段をしていた。

そうだ、今夜の肴は冷奴にしようっと。

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