電波戦隊スイハンジャー#28

第三章・電波さんがゆく、グリーン正嗣の踏絵

夢狩り2



翌朝、光彦は泰安寺の客間で目覚めた。


お日様の匂いがする敷布団に寝かされ、肌布団も掛けられている。


台所の方からトントン、とリズミカルに包丁を叩く音と、味噌汁の匂いがする。

とたんに腹が鳴った。そうか、ゆうべ飯を全部吐いちまったんだっけ…


とりあえず布団を畳むと、襖を開けて縁側に出た。

庭の畑の前で、正嗣が浴衣の上半身をはだけて木刀で素振りをしている。


「ふん、ふん!」という唸り声と共に木刀が空を切ってびゅん、びゅん!と鳴る。

そっか。マサは剣道3段。今年の3月まで剣道部の顧問してたっけ。


いつもは穏やかなマサの横顔が鬼気迫るように険しい。盛り上がった背筋が素振りの度にしなった。


光彦は畑の向こうの景色を見ようと目線を遠くにやった。


が、虹色の光に覆われて見えない。庭が、虹で覆われている!?


マサ!と叫び声を光彦は上げた。気づいた正嗣は光彦を振り返り、首にかけた手ぬぐいで顔の汗を拭った。


「おはよう、光彦」

「おはよう、マサ…じゃなくて、何なんだよ!この外の虹は?虹が地面に降りてくるなんて聞いたこともねーよ!」


光彦は草履をひっかけて庭に降りて、虹の光を指さして叫んだ。


「お前を隠すための『結界』だ。ゆうべ泰範さんと2人で作った。庭だけじゃない。この泰安寺の敷地全体に結界が施してある。事が落ち着くまではお前はここから出るんじゃない」


「え、学校もフケるって事?マサ何言ってんの?」


真面目一徹の担任らしくない発言に光彦は戸惑った。


「お母さんと学校には夏風邪と言っとく。夏休み直前なんだから何日か休んでもいいだろ…落ち着いて聞いてくれ。お前を狙ってる者がいる。先生たちはお前を守らなくちゃいけない」


まさか、オレが書いたグリーンの記事のせい?


光彦を戦慄が襲った。浴衣の上を着た正嗣が光彦の肩に手を置く。


「マサ、ごめんよ…」


「違う、悪いのはお前じゃない。無差別に人々を襲う『夢狩り』だ。


先生の仲間の琢磨君の情報だと、そいつはアメリカで28人殺して来日し、日本のネット住民を無差別に10人襲撃したそうだ。

とてもとても、悪い奴だ。これ以上犠牲者を出す訳にはいかない。止めなくては」


夢狩り、それが敵の名前なのか…


「スイハンジャーたちが止めるんだね?そいつを。他の色の仲間たちと一緒に」


「近いうちに必ずそうなると先生たちは見ている。ちなみに琢磨君は『イエロー』だ。個性強すぎるけど、みんな気のいい人たちだよ。その内お前に会わせよう」


「マサ。怖いよ」光彦は細かく震えて正嗣の浴衣の胸に顔を埋めた。


「大丈夫、結界から出なければお前は敵に見つからない」


「そうじゃなくて、マサ!そんな化け物相手に下手に戦ったらやられちゃうんだろ?先生、お願いだからいなくならいで!」


すがるように少年は正嗣の体にしがみついた。あまりの勢いに正嗣の足が2、3歩後ずさる。


正嗣はいつもの穏やかな顔に戻って光彦のさらさらの髪を撫でた。


「僕たちスイハンジャーは、力を合わせて人類の敵と戦う。そして必ず倒す」

正嗣の、決意表明であった。


朝の光が結界の虹に反射し、七色の光が2人を包む。


オレを必死で、体を張って守ってくれようとする大人が、ここにいる。


世の中悪くないもんだぜ…この不思議な光をオレは忘れないだろうと光彦は思った。


「お二人とも、朝餉出来ましたえ~」

泰範がはんなりした京なまりで光彦と正嗣を呼んだ。


それから1日半を光彦は泰安寺で過ごしたが、『夢狩り』についてもネット住人についても何の変化もないようだ。


ようだ、というのは、正嗣たちが張った結界の力が強すぎて、iphoneもタブレットも、ネットにつながらなくなってしまったからだ!


かろうじて自宅の電話回線は繋がるようになっている。住職である正嗣の父がお檀家との連絡取れなくなっては営業妨害になってしまうので。


まあしかし、ネットの無い生活もいいなぁ、と光彦は思い始めていた。


最初は暇で暇でしょうがなかったけど、正嗣の父、泰然住職とのおしゃべりも楽しかったし、正嗣の部屋の本を好きに借りて読めたし、


それにこれは正嗣の意外な趣味だけど、お笑い番組のDVDコレクションも見て久しぶりに腹の底から笑った。


伝説のコント番組「夢で逢えたら」「笑う犬の生活」「サラリーマンNEO」…

傾向からしてマサは、ウッチャンのファンらしい。


それに受験勉強とブログ作成でオーバーヒート気味だった頭が落ち着いて、久々にゆっくり物事を考えるようになってきたのだ。


やっぱりオレはネット依存症気味だったんだな。


夏休みにはまた熊本市内のじーちゃんの家に遊びに行こう。


高校に受かったらどんな生活が待っているんだろうか…いじめ、どうなるんだろう?

オレは学校に戻れるんだろうか?


マサが他の先生たちに呼びかけて、いじめの聞き取り調査をするらしい。


全校生徒は60人弱だからすぐ終わると思うけど、


問題なのは校長と、先生全員と保護者の同意を得られるのかってことだとマサが言っていた。


いじめっ子の親である県会議員を敵にまわしちゃう事だしな。


マサ、負けんなよ…


水曜の夕方5時半であった。蝉の声がじ~わじ~わと聞こえる。畑の土が乾いているのに光彦は気づいた。


あぁ、オレは気の回らない奴だったんだな。光彦は庭に出て蛇口に巻き付かれたホースを伸ばして蛇口をひねった。


相変わらず周りは虹色で、外の景色が印象派の絵画のように見える。


マサの力は霊能力とでもいうのか、テレパシーは超能力だしなあ、とにかくテレビやネットでやってるチンケな「スピリチュアル」の域を超えている!

マサの死んだお母さんも特殊な能力を持っていたと聞いた事がある。

霊能力とか、ESPとかは遺伝子で決まっちまうことがあるんかなあ…


そうぼんやり考えながら、光彦が畑に水を撒いていたら…確かに、小さいが初老っぽい男の歌声が聴こえた。


ババンバンバンバン、はぁ~ビバビバ、ババンババンバンバン、はぁ~、ビバノンノン♪

いい湯だな、ア、ハハン、いい湯だね、ハ、ハハン♪

笑う門には幸せがぁ来る♪


こ、これはドリフの名曲…なんて「昭和」なベタな歌なんだ!


「湯加減はどうかね?お前さん」

やっぱり初老っぽい女性の声がした。

「んん~、ちょうどええよー喜乃、はぁービバビバ」


井戸の脇に、4つの小さな釜飯の容器が見えた。いいや下で火が焚かれている。リアルなミニ五右衛門風呂!?

いやそれだけじゃない、裸の小人たちが五右衛門風呂に入って歌っているじゃないか!


小人たちは10数人。交替で風呂を沸かし、入っている。


こ…これは関西地方に主に出没する「小さいおっさん」?すっげぇ、初めて見た!写メ写メ!


光彦は貴重映像を撮ろうとiphoneを構えた。


「おらたちは写真には写らねぇよ」

さっきまでドリフの「いい湯だな」を歌っていた小人が五右衛門風呂から出た。


小人の体に外性器はなく、つるんつるんの股間に小人は手拭いをぱぁん、と打ち付けた。


「あんれまぁ、おら達が見える子供がまだ平成の世にいただねぇ」

釜の火を焚いていた小人が光彦を見て言った。


「この子供は心の澱が取れたんで見えるようになっただ。根は純粋な心の持ち主だよ。おとついここに来た時はヒドいもんだったがね」


風呂から上がった小人が体を拭いて襦袢を羽織ると、とことこと光彦の傍に寄った。

「おっす、おらは有限会社七城農園、代表取締役社長の蔵乃介だ。こいつは女房で専務の喜乃」

「よろすくな、まぁまぁ、まーくんの教え子さんで…いつもお世話になっとります」

「ちがうべー、まーくんがこの子の世話しとんだべー」

「やんだ~」


小人たちの夫婦漫才を前に、光彦は思った。


マサ、空海さんの他にこんなのも飼ってんだ。大変だなぁ…。

(ちなみに空海はペットではない)


「光彦蛇口を止めれ。水が勿体ねえ」

喜乃がばーちゃん口調で光彦を叱った。「あ、はい!」光彦は蛇口の水を止めた。



「は~生麦生米生卵、生麦生米生卵!イェイっ!」


小人たちに催促されて光彦は冷蔵庫からキンキンに冷えたまくわうり(金瓜、さっぱりした甘味。昔の熊本県人はメロンといえばこれ)を出して小さくカットして与えた。

陽が暮れかけた泰安寺の縁側で、小人たちはまくわうりを肴に焼酎(これも冷蔵庫から拝借)で盛り上がっている。


「はぁ~かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ!」


ちゃんちゃんちゃかちゃかちゃん♪従業員の小人たちも唱和した。


「いやぁ、昔のドリフの芸はキレッキレだべなぁ、今時のひな壇芸人も見習わんといかんべ、それ光彦、最後は加トちゃんで〆だべ」


「はい!はぁ~、隣の家でぇ竹藪焼けたぁ、隣の家でぇ竹藪焼けたあーあーあぁ~あー♪」


おおーと小人たちが唸った。

「少年、見どころがあるべ!」「最後の民謡調なんてまさに全盛期の加トちゃんだべ!」

感激のあまり泣き出す小人も居た。

こいつら、平成の中学生にドリフネタを仕込んでやがるのである。


「嗚呼、過ぎ去りし昭和よ、懐かしき昭和よー!」


「パナソニックじゃねぇ、明るいナショナルだべー!」


とパクらせた焼酎で盛り上がりまくる。「皆の衆!」と社長の蔵乃介が言った。


「今の日本は震災とサブプライムローンの破綻とTPPの圧力でみんな元気無くしちまってるけど、おら達木霊の力で、活力ある日本を取り戻すんだべー!」


うおぉー!

「社長ー、一生ついていきます!!」「いやぁ、おらたち基本、不老長寿なんだけど…」


楽しいー!!なんて愉快な小人たちなんだろう。昭和40年代の大人たちはもっと元気良かったぞ、とじいちゃん言ってたっけ。


今は親父を始めとして元気ないどころか、人格もなってない。

好いた人を振られたくらいで殺しちまうような歪んだ大人が増えちまった気がする。


そんな大人たちが歪んだ社会を作るのか?光彦はぞっとした。嫌だ、オレはそんな大人にはならない。


そうだ、オレはマサみたいな大人になりたいんだ。


居間のちゃぶ台に置いてあったiphoneが、ブルブル振動した。


メール?メールの写真を見て光彦は凍り付いた。妹の愛恵《まなえ》が縛られてさるぐつわをされている。


助けたければ、ここを出よ。


メールの文面にはそう書かれてあった。


「まなえーーーっ!!」


理性が吹っ飛んで光彦は裸足のまま庭の結界から飛び出してしまった。


「光彦、罠だーっ!!」え?結界内でなんでメールが届くの?


蔵乃介が叫んだのと光彦が気づいたのはほぼ同時だったが、もう遅かった。


大きな鎌を持った人影が覆いかぶさったのを見た。次の瞬間、光彦の意識は消失した。


マサ、ごめん、オレ馬鹿だったよ…。












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