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電波戦隊スイハンジャー#135
第七章 東京、笑って!きららホワイト
劇薬1
「百目桃香が麻薬所持者から採取したサンプル、No3、No6、No12から、
従来出回っている合成麻薬とは明らかに異なる成分が検出されましたでし」
とラファエルが蜂の巣のような複雑な化学式をモニターに映し出したが、理系出身の聡介や悟以外には到底ちんぷんかんぷんである。
「いわゆる大麻や覚醒剤の化学式をいじって
いくらでも種類を変えられる脱法ドラッグや危険ドラッグは、薬学部の学生レベルの知識があれば製造できまし。
が、これは違う。完全に新しい薬物を作り上げていまし。大学院の博士レベルでしね」
「来年には法律が変わって規制を強化する予定だ。だからから脱法、じゃなくて全部違法だ!」
会議に参加していた帚木哲治がテーブルの上で両の握りこぶしを固めて言った。
「ドクターラファエル、そのサンプルを提示していただけないか?」
哲治ともう一人、顔に怒りを露わにしている者がいた。グリーン七城正嗣である。
正嗣には、幼馴染が覚醒剤がらみの事件で殺害されたという過去がある。
「金目当てに作り続ける製造業者や売人、ファッションやサプリメント感覚で始める使用者…
どいつもこいつも、どうしてこんなに愚かなんだ!?」
と温和な彼にしては珍しく語気を荒げた。
「俺が救急に居た頃、クスリのオーバードース(過剰摂取)で運ばれてくる患者は結構いたぜ。違法なクスリも含めてな」
と聡介が正嗣の言葉を受けて話し始める。
「ほとんどが真夜中に救急車で運ばれて来るんだ。痙攣してたり、口から泡吹いてたりしてよ…こっちは治療に必死よ。
でも死にそうな目に遭って助かって退院しても繰り返す患者もいた。
なんでやるの?って聞いたら『生きてたってこの先いい事ない』と思った瞬間やってた、って答えてたよ…」
もうたくさんだ、と言いたげな疲れた顔で聡介が「ラファ」と促した。
「はい、この新型の薬物は」とラファエルは透明パウチに入れた緑色の三角形の錠剤をテーブルの上に置いた。
一見すると、青汁やクロレラの成分を含んだ健康食品のようである。
「ニンフルサグ…」
哲治がパウチごと錠剤を手に取る。
「いかにも新薬っぽい名前だべな」と隆文が哲治の顔色を伺いながら呟いた。
「3か月前から東京近郊で出回っているクスリだ。闇業界でそう呼ばれている。
なぜかシュメール神話の大地の女神の名を取ってニンフルサグと呼ばれている。問題なのは」
と哲治はそこで言葉を切って
「ニンフルサグが日本でしか出回ってない事、販売経路が不透明な事。錠剤の完成度の高さから、これは日本製の合成麻薬なのでは?という疑いが強い」
「てことはつまり…日本に製造工場があるかもってこと?ニンフルサグは国産麻薬なの!?」
と蓮太郎は敢えて深刻な事態を口にした。
「これを持っていた人物はは総合病院の看護師、自動車ディーラー、学習塾の経営者の3名。
共通点は高収入だということ。この3者は目下取り調べ中だ、警察は必ず入手経路を吐かせてみせる。
現行犯で検挙できて助かった。モモはよくやったよ」
哲治は忍び仲間の活躍を、心から労った。
「もう二人功労者がいるぜ、きららちゃんと葉子ちゃんのおかげでテロ計画が分かった。
隠していたツクヨミは後でシメるとして、この四角の物体も探さにゃならん」
と聡介はきららが提供した榎本葉子の落書き、正立方体が描かれた紙ナプキンを皆に指し示した。
正嗣が自宅に戻ると、書斎では野上鉄太郎が「ソフィーの世界」を手に取ってぱらぱらめくっていた。
「ねえ鉄太郎さん」と声を掛けると鉄太郎はうん、と云って本を持ったまま振り返る。
「お帰り」
鉄太郎の容姿は髪と目を黒くした聡介そのものなのだが、92才の人生を全うしたぶんその眼差しは老成している。
「私は今夜の会議でね、人が哲学に走る理由と、危険な薬に走る理由が似通っている、と思ってしまったんですよ」
「君も、こんな人生は生きるに値するのか、と一旦絶望したのだろう?」
「中二の頃です。幼馴染から執拗にいじめを受けた記憶が忘れられなくて許せなくて、死にたいという思いが頭から離れなかった。
担任だった深水先生に相談したら『君は哲学をするべきだ』と言って、その本をくれたんです」
と鉄太郎が手にしている「ソフィーの世界」を指さした。
「むかーしブームになった広くて浅い西洋哲学の入門書だ。600ページ越え。中二の教え子にこれ読ませるなんてその先生も変わってるぜ」
ええ変わり者ですよ、と正嗣は笑って急に真顔になった。
「プラトンはじめ多くの哲学者も思ったんでしょうかねえ?人生なんてクソくらえだって。なんで生きなきゃならないんだ?って」
「絶望は或いは人を哲学に走らせ、或いは依存症という生き地獄に突き落とす…暴力に走って憎悪をまき散らす者もいる。
だがどう転ぶかは自分次第じゃないのかい?」
「そうだと思います」
りー、りー、と秋の虫の声が窓の向こうからやけに大きく響いた…
理不尽な人生の全てに復讐をしたいのなら、刺青(ツチィン)をしなさい、と「先生」は云った。
薊の花言葉は復讐。これほど相応しい絵柄は無い、とも。
そうだよ、おれは今までの人生で自分に理不尽な扱いをした世間と、人間の全てを憎悪していた。
「勝たなきゃ意味がない」と物心ついた頃から俺に言い聞かせ、15を過ぎた頃から優秀な弟にしか関心を寄せなくなった両親。
(特に「思い通りにならない子なんか要らない」と俺に吐き棄てた母親)
成績が下がってきたら急に俺をいじめ始めた同級生ども。
高2の頃に俺は母親をめちゃめちゃに殴って家を出た。
歯科医だった父親は世間体を気にして警察に届けなかった。
俺は家庭から放逐された。
それからバイトをしては未成年とバレて逃げてを繰り返し、結局違法な店しか働く所が無かった。
俺が花龍(ファロン)に拾われたのは18才の時。闇金の客を半殺しにしていた俺の暴力性を買われての事だった。
花龍には同年代の博則と秀雄がいた。彼らも中国系3世で、富裕層の家庭からドロップアウトしてここに拾われた。と言った。
「とにかく子供を金稼ぐエリートにしなきゃ気が済まないんだよな」
「そうだそうだ、まるで有価証券だ。俺たちは人だっつーの」
と笑い合う仲間が出来た。何年かたって組織の仕事に慣れると博則と秀雄も元々頭が良かったから闇カジノを任せられるようになった。
俺はドラッグの売買。これが予想外な儲けになった。
とにかく驚くくらい買い求める人間がいるのだ。水商売の人間、その客の会社経営者、芸能人、さらには学生まで…
この国の人間は本当に大丈夫か?と心配したよ。人殺し以外の犯罪は一通りやってきた俺だけどね。
「先生」がボスに近づいてあの緑色の悪魔…、「ニンフルサグ」を使って市場を独占しないか?
と持ち掛けたのは半年前の事だった。「先生」は独自のネットワーク、金を持っている顧客を気前よく組織に提供した。
と同時に、「先生」は結社の教えでボスはじめたちまち組織を侵食した。
俺も破壊と復讐に満ちた結社の教えに魅了された一人だ。
組織というより結社への忠誠の証で俺と博則と秀雄が薊の刺青を入れる事となったのだ。
気付くべきだったのだ。なぜ俺だけが紅い薊で、他の二人がが青い薊だったのか。
右手首に薊が刻まれた時は俺は選ばれた復讐者だ、という高揚感で満たされていた。
他の二人を侵食したものは、幻覚と、強烈な精神錯乱だった。
来る来るう!赤と青と緑色の悪魔が来る!と二人は頭を抑えて床の上をぐるぐる転がった。
青い悪魔が蜘蛛の糸で俺を締めあげるんだ、助けてくれい!と俺にすがりつく秀雄の手は炭火のように熱かった。
駄目だ、ほっといたらこいつは脳がやられる!
俺は「助けてくれ」と「先生」を見たが
「組織から逃げ出そうとした罰ね」
と「先生」は缶コーヒーを飲みながら笑っていた。
俺は気づいた…刺青の染料に正体不明の薬が仕込まれていたのだ。
そして赤い薊を体に刻まれた俺の手は、いつの間にか二人の仲間の心臓を刺し貫いていた。
「実験は成功した。ゼロから合成生物を作るのいちいちはコストがかかるからね…
おめでとう、君はヒトを超える存在に生まれ変わったんだ」
「先生」は缶コーヒーをかかげて乾杯のポーズを取った。
そして俺は、今では冷たい場所で「何か四角いモノ」を守る怪物に姿を変えられ、始終騒音のする場所の地下に閉じ込められている。
助けてくれとは今更言わない。27年間の人生、俺は憎しみで自分を満たし、直情的に暴力を振るい続け、
危険な薬物を売って、他人を汚す事で自分を癒してきた。
そうだ。悪事を働いている人間には悪い事をしている意識なんて、実はそんなに無いのだ。
いつか何処か酷い目に遭って、これが罰なのか?と初めて振り返るものなのだ。
今の俺の姿がまさにそうだ。
俺を見つけた奴に頼む。
誰か、俺を殺してくれないか?
後記
こんな現世は生きてやるに値するのか?という問いから人は様々な道を選ぶ。
ソフィーの世界を読破するまで3か月かかりました(^^;;
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