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電波戦隊スイハンジャー#179 家政夫のニニギ2、ヴィヨーム

第9章 魔性、イエロー琢磨のツインソウル

家政夫のニニギ2、ヴイヨーム

真夜中一時のことであった。

地下室に人の気配がしたのでドアを細く開けて聡介が中を窺ってみると、棚の中のバイオリンひとつひとつに優しく愛撫するような手つきでクロスをかけるニニギの姿。

「ダメですよ、いくら叔母さんが不在だからって楽器の手入れを怠っていては」

とっくに聡介が覗いているのに気付いているニニギは15挺のバイオリンを棚の中に仕舞うと、

「やっぱり、祥次郎が一番愛していた『あれ』がありませんね」

ああ…と聡介は頷いて

生前の父、野上祥次郎が

「バイオリンの音を決めるのは、楽器ではなく奏者の技術だ」


名器で演奏する事がバイオリニストの最上のステイタスであるかのような音楽業界の風潮
を嫌い、わざと新人作家の作ったバイオリンで演奏しては世界の舞台で挑戦し続けた。

彼の行動は、名器を所有してしまったばかりに楽器の出す音に溺れて自分の本来の弾き方を見失い、

楽器に弾かされて生きているようなソリストたちへの皮肉とも取れるような強い反骨精神から来るものであり、

彼の生き方は音楽家を目指す学生や若い演奏者、新進の楽器職人たちの熱烈な支持を受けた。

昭和46年、祥次郎30才の時、とある実業家がコレクションとして所有するバイオリンの名器を永久貸与する。と打診した。

祥次郎はその名器の名を聞いて、

「いいよ、その人が作ったバイオリンなら。他のブランドなら断っていたけど」

と快諾した事で祥次郎の名声は高まり、病で倒れるまでの12年間彼とその楽器は世界中の聴衆を魅了した。

手入れを終えたニニギは地下室を出て手を洗い、鍋で温めたホットミルクをマグカップに注いで聡介に渡し、台所のテーブルで二人ホットミルクを飲みながらニニギにとっては孫、聡介にとっては父にあたる伝説のソリスト野上祥次郎について語り合った。

「親父が死んでから所有者に返還されて、それから28年誰にも貸与されていない。最早祥次郎以外に相応しい奏者は出てこないんじゃないか?
ってくらい伝説になってるバイオリンだ」

「あなたは見たことあるんですか?」

あるよ、と聡介はうなずき、
「二十歳の時に祥次郎の遺族として一度だけ。見た瞬間、うっわ!これは相手を選ぶ気難しい楽器だ。って思ったね。俺なんて演奏家になる覚悟無いから無理無理」と肩をすくめた。

「じゃあどんな奏者をそのバイオリンは選ぶんでしょうかねえ?」

とニニギが祥次郎そっくりの顔で小首をかしげて問うと、

「音楽と心中する気のある者しかあの楽器は選ばない」と聡介は即答した。

11月の第二土曜日の晴れた日の午後、先月行われた勝沼酒造主催の学生音楽コンクール。通称「勝沼杯」の部門別優勝者である学生たちは特典として東京郊外にある勝沼美術館地下にある特別展示室に招待された。

と言っても招待された学生はバイオリン中学生の部優勝者である榎本葉子を入れてわずか4人。
その中でバイオリンの大学生の部優勝者である八神英明は、

「勝ち残るまでずっと都市伝説だと思っていたけど…まさか伝説の名器を見せてもらえるとはね」

とさっきから興奮気味に前髪をかき上げ、やたら葉子に話しかけて来るが、

「そうですねえ、うちも都市伝説やと思うてました」と適当に相槌を打った。

それもそのはず葉子は洋館のホールのアクリルケースの中に陳列されたストラディバリウスや、グァルネリやガダニーニ等のバイオリンの名器には目も呉れず、

これは、祥次郎サマのにおいや!と真っ先に向かったのが…手前の方のケースに収められているバイオリンの真ん前。

「榎本くん、19世紀のフランスの名工ジャン・バティスト・ヴィヨーム作の『ヴィヨーム』で野上祥次郎愛用のバイオリンだよ。しかしよく『それ』だと分かったねえ…」

と学生たちを引率している指揮者、氏家元胤うじいえもとたねはううむ、と細い顎に手を置いて感心して頷いて見せた。この子、相当マニアックな祥次郎ファンか…

それとも犬並みの嗅覚か?

と心の声が葉子にだだ漏れなのを知らずに氏家は「さて諸君」と手招きして学生たちを集め、

「本日はバイオリン部門の優勝者である君たちに特別に勝沼記念財団が所有する弦楽器を見せていただけるのです。
これからは所有者である勝沼弘氏はご多忙の身なので代理という事でご子息の悟さんにお越し頂きました」

と上等な背広を完璧に着こなしたずばぬけて背の高い青年を促し学生たちの前に出させた。どうも、と勝沼悟は表情その12「子供受けする優しいお兄さん」の顔で軽く会釈する。


「えー、父の代理でこの秘密の展覧会の案内役を務めます勝沼悟です。
大学生の部、八神英明くん、
高校生の部、佐香朋世さこうともよさん、中学生の部、榎本葉子さん、小学生の部、江藤鵬えとうほうくん。優勝おめでとう。ここに並ぶのはが皆が知ってる巨匠たちが制作し、名演奏家がその優れた腕前で世界の聴衆を酔わせたバイオリンの名作揃いです…」

あーあ、朝礼の校長先生か式典に呼ばれた地方政治家みたいな長いうんちくを聞かされるのか…と葉子はじめ学生たちが内心うんざりしていると、

「展示物のことは僕より君たちの方が数倍詳しいと思います。30分間たっぷり眺めて後は親御さんに聞くか自分でググって下さい。以上」

と所有者のご子息がほんの10秒でスピーチを終えたので学生たちはわっ!と散りそれぞれがお目当てのバイオリンのショーケースの前に立って食い入るように見ている横で氏家が

「バイオリンの歴史は16世紀、北イタリアのアンドレア・アマティ、ガスパロ・ベルトロッティから始まりアマティの弟子のストラディヴァリウスやグァルネリ・デル・ジェスで最盛を極める…」

とうんちくをたれる横では悟が部下の福嶋くんに、

「いちおうお父上から相続するかもしれない財産なんですからっ、少しは勉強して造詣が深いフリでもしてくださいよっ!」

と叱られているが、悟は本当に関心無さそうに眼鏡をずり上げ、

「だーって~、僕酒を造る菌と植物以外にあまり興味を持たない人間なんだもん。迂闊に浅知恵ひけらかしたってここにいる将来のソリストたちに笑われるだけだよ」

と部下のお説教を聞き流している。そ・れ・に。と口元に意味深な笑みを浮かべて、

「この子たちの中にここにあるどれか一台を永久貸与される将来の名ソリストがいるかもしれないじゃない?」

とわざと室内に響く声で言うとそれまでお喋りしていた四人の学生たちはひた、と静かになり、次に力のこもった眼で互いに見つめ合った。

「特にそこの小学生と中学生っ!実にいい目をしている…じゃ、僕は先にホールで待ってるから」

と言い残して颯爽と出て行く悟を、
なんて人だ。
ソリストの卵たちに名器を見せつけながら、言葉一つで…

自分以外は全て蹴落とすべきライバル。

という強烈な競争意識を彼らに植え付けるだなんて…まだ20代の若者なのに末恐ろしい。

と氏家は驚嘆の眼で見ていた。

さて、見学を終えた学生たちがホールに出ると既にチェロを構えて腰かけている黒のロングヘアーに紫がかった瞳の美しい女性を見て全員が、

「さ、蔡紫芳…」と口を揃えて世界的に活躍しているチェリストの名を呼んだ。

「優勝特典その2、君たちの中の誰か一人がさっき見てきたバイオリンでゲスト、蔡紫芳さんと共演できる」

「なんと贅沢な権利なんだ…で、その選抜方法とは?」

と氏家が既に血走った眼でにらみ合いをしている上は21才から下は11才の学生たちの剣呑な空気を背後に感じながら尋ねると、悟はなあに、簡単。と銀縁眼鏡の奥の眼を細め、

「最も文句のつけようがない選抜…伝統的な『最初はグーじゃんけん』で勝負してもらいます」

と宣言した。

それから2時間後、悟は榎本葉子を東京駅まで送るために自らハンドルを握りながら、

「しかしまあ…葉子ちゃんが小学生相手に本気でじゃんけんに挑み、まさか超能力を使ったズル勝ちまでして必死になるとはねえ…」

お育ちのいい坊っちゃん嬢ちゃん達が純粋に欲しい者の為に本性剥き出しにしながら

「最初はグー、またまたグー!じゃんけんぽん!」

と名器の使用権を争う光景を思い出しては…ハンドルに突っ伏してくっくと肩を揺すって笑い出した。

後部座席の葉子は膝を抱え、5才の頃から指揮者ミュラーの孫という世間体を取り繕うため被っていた「猫」を背中から振り払い、

11才の鵬くん相手に
「あんたいまグーで後出ししたやろ!?小狡いガキやな。もっぺん勝負や!」

とマスコミから神童と呼ばれる少年に本気で食ってかかってわざと動揺させ、

つ、次はチョキを出してやる!

と瞬間的に相手の心を読んで超能力でズル勝ちしてまで、祥次郎サマの愛器ヴィヨームが弾きたかったのだ。

でも、あの時の自分の浅ましさったら恥ずかしくて恥ずかしくて消えたくなってしまっている13才の乙女に戻っていた。

「…まさか、あの場で真性の超能力者二人いっぺんにだまくらかすなんて勝沼のおっちゃんはどこまで腹黒いねん?」

「蓮太郎さんが蔡紫芳に襲われた、と知らされてすぐに彼女のマネージャーに連絡して『未来の音楽界をリードする若者たちに是非会っていただけませんか?』とさりげなーく君の名を出して伝えさせたら、すぐに彼女は飛び付いて美術館に来てくれた。

間違いない、蔡紫芳は君を実の姪だと解って会いに来たんだ」

勝沼のおっちゃんは蔡紫芳が来日中、という蓮太郎兄ちゃんの情報ひとつで勝沼家の権力と財力ゴリ押しして紫芳にスケジュール空けさせ、うちを囮にしてまで今のところ最もヤバい敵で組織のプライムこと蔡紫芳を自分の前におびき寄せた、

悪魔的に知恵の働く自称参謀ササニシキブルーなのです。

「この装置付けてる限りは君は誰にも心を読まれない、僕の心も読めないので君までたばかって今回のデュオにこぎ着けたのは筋書き通りだったよ。やっぱりスクナビコナ族の技術は凄いねえ」

と悟は髪の毛に隠れているので外からは見えない「装置」を指でぷにっと押さえた。

悟と葉子が装着していたそれは、透明なシリコンヘッドホン型の精神感応防御装置。

解りやすく言うと他者から心を読まれないプロテクターを両耳から掛けて脳を保護していたのだ。

だから、紫芳はホールで会った悟と葉子の心が読めない、葉子も悟の心が読めない。しかし、葉子は紫芳の心が読めるので急いで全てのお膳立てをし、一曲限りのデュオで蔡紫芳の本音と組織の本当の目的を収集し尽くそう。
という危険を伴う「賭け」に出たのである。

「いち聴衆の僕の感想だけど、いきなりヴィヨーム持たされて動じない君の度胸も凄いけど、紫芳との二重奏は初めての共演とは思えない位美しい演奏だった…君には彼女の心象風景はどう見えたの?」

共演する時、奏者は互いに心を開き合わないとその音は調和しない。

パガニーニ作曲バイオリンとチェロのための二重奏曲第3番を遺伝子上の叔母である紫芳と合わせて弾いた時、紫芳の心には柔らかく芽吹く草原が広がり、薄青い空に紫色の蝶がひらり、と舞っていた。

「あの人、本当に蓮太郎兄ちゃん襲ったん?ってくらい穏やかな心で弾いてた、でも」

と葉子はそこで言葉を切り、

「心理学?的なことはうちはよう解らんけど…紫色の蝶である自分以外の動く生き物が心にいっこも無い人間って一体何なんやろ?あれで安らいでいられる人初めて見た」

ああ、と悟はため息を付いてから、
「風景画を描かせてその人の心理状態を分析するというのがあるんだけどね、目の前の造形物は精巧に描けてもそこにある植物や動物を描けない。って人が居てね」

そこで信号が青に変わり、ようやく車が渋滞から抜け出して東京駅の八重洲駐車場で車を停めた時に「これは僕の見解であって心理学的なことはやっぱり専門家に聞くべきだけどさ」と言い置いてから悟は、

「心に自分以外の生き物が居ない人、ってのは現実世界もそういう風にしか見えていなくてね。

元々居ない、と認識している他者を平気で消す事が出来る犯罪性人格の人がよくそんな絵を描く。

と聞いた事がある…だから蔡紫芳は蓮太郎さんと蓬莱ちゃんに平気で絶対滅を浴びせて消そうとした危険な人物だと思う。詳しくは真雅さんに聞いてみるけどね」

と言って葉子を降ろし、  

「ひとりで新幹線乗れる?ホームまで送ろうか?」

と心配する悟に向かって「自分の身を守る力はおっちゃん以上にあるから」ときっぱり宣言した。

構内で切符を買い、京都行きの新幹線を待つ間葉子は、

やはり、うちも祖父蔡幻淵や叔母の蔡紫芳と戦う時が来るんやろな…

と想いを巡らすのであった。

後記
「最初はグーじゃんけん」を初めて公で行ったのは伝説のコメディアン、K・シムラと云われる。

聡介の反骨精神は父親ゆずりだった。



































































































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