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電波戦隊スイハンジャー#143

第七章 東京、笑って!きららホワイト

静かの海2

あの「TOKIO,japan」と日本中が湧いた朝から3週間が経つのか。

と思いながら魚沼隆文は9月30日の夜7時、神田神保町にある「鮨や さぶらふ」の暖簾をくぐって

へい、らっしゃい!と声を張り上げる店主に「あのー、インドラさんの招待で来たんですけど…」と言うと

店主の奥さんらしき和服の女性が出てきて「ご予約のお客さんですね?座敷席の方へどうぞ」と店の奥にある襖を開けてくれた。

7~8人が座れる和室には、主催者の帝釈天がぽつねん、と奥の座布団に座っている。

薄い灰色のジャケットに白いコットンシャツとスキニーパンツ姿で長い黒髪をポニーテールに束ねた帝釈天は、いかにもふらっと日本に遊びに来た、小金持ちのインド系の青年といった印象である。

隆文と目が合うと「まあ座れや」と手招きして自分の隣に隆文を座らせ「びっくりした?」と耳元で囁いた。

「祝勝会を兼ねて俺の送別会やるから来い、って電話来た時にはびっくりした。

帝釈天さんが今日まで東京で遊んでたのも知らなかったし、自腹で自分の送別会やる人なんて聞いた事もねえよ」

帝釈天は菓子折りが5つ6つは入っている紙袋を手で指し示してから言った。

「妃のスージャに頼まれてた浅草名物の草団子も買ったし、下界の視察も終わったし。この宴会終わったら夜の内に戻る」

「へえ、おらも早めに切り上げるつもりなんだ。早く家戻って嫁さんの腹に触りたい」

「そっか、おまえの嫁さん妊婦だったな。何か月?」

「ちょうど4か月になるんだ。嫁さんのお腹も少しぽこっと出て来た。ああ、ほんとにおらと美代子の子供が育ってるんだべなあ…ってやっと実感湧いてきた」

「あんなに小さかったおまえがもう親父になるのかあ…」

と遠い目をする褐色の男を横顔を、隆文は怪訝そうに見つめた。

…随分前からおらを知ってたような口ぶりでねえか!?

「覚えてないか?覚えてないよなあ。だって俺が忘れさせたんだもの」

と言って帝釈天は隆文の額に人差し指を当てると…

故郷の稲穂の海の中に自分は倒れている。遥か頭上の空は不吉なほど曇天で、ごろごろと雷が鳴っている。

たいへんだー!兄ちゃんが死んだーっ!と叫びながら走り去っていく弟。

褐色の肌をした人物が2人、自分を見下ろしている。一人は、やっちまったね、と平坦な声で呟く薬師如来ルリオ。

もう一人は、やばい、やってしまった…。と頭を抱えてパニクる帝釈天である。

自分が下界に下りたついでの落雷が人間の子供に当たってしまった、

なんて大ポカやらかしやがって…あと2分50秒でこの子は死ぬ。

と水かきのついたルリオの手が自分の息を探る。少年仏の手のひらに刻まれた法輪がすぐ目の前にあった。

だから助ける方法を請いに医薬仏のおまえを呼んだのではないかっ!と帝釈天の慌てる声がルリオの体に被さった。

助かる方法は一つ。インドラ、自分の力を分けてやるんだ。時間が無い!

帝釈天が組んだ両手の中で黄色い光が閃き、やがて凝結した光から雲を貫く稲妻の形をした直径2、3センチほどの宝石が生まれた。

お願いだから帰って来いよ…と帝釈天が隆文の胸の中にそれを入れ込むと、胸の奥から心臓の鼓動が戻って来るのを感じる。

運の強い子じゃないか。とルリオがほっとしたように眉を広げた。

ヴァイシャ(薬師如来)よ、人の子に自分の法力を与えた事は重大な仏法違反…

神妙に頭を下げる帝釈天を前に、ああ、わかってるわかってる、とルリオは手のひらをひらひらさせた。

インドラ、僕の居場所を天部に通報さえしなければこの事は黙っておいてやるよ。

すまぬ。と最後隆文に詫びて帝釈天とルリオの姿が霧状になって消えて行く…

「お前は6歳の時、雷に当たって助かったんだ、った母ちゃんが言っていた…

おらはその頃から『風と雷』のエレメント持ちだったのか!」

額から指が離れて隆文は6才時の落雷事故から2013年の現在に戻っていた。


「そういうこと」と帝釈天は白い歯を見せて笑った。

「おらも3日前から考えてたんだ。エレメントの力無しに工場丸ごと減圧できるなんておかしいって…

ぜんぶあんたのポカが原因かーい!」

「だーかーら今夜の支払い全部持つから許せ」こともなげに帝釈天は言った。

「おらを蘇生させて、それが原因で戦隊に選ばれて人生狂って…もう帳尻が合うのか合わんのかもわかんねー!」

と座敷の奥で隆文が無性にビールを飲みたい気持ちになったのと同時刻、

神保町の古書店街で時間をつぶしていたきららと琢磨が、並んで歩いていた。

「カナメ本社には桃香さんと荻生の息子さん、サプリメント工場には荻生のおっさんと風間さんが潜入したそうです」

「ふーん、警察が踏み込んだら従業員はみんな気絶していて、ヤバい証拠が全部ばら撒かれていたなんて、不思議に思ったでしょうね~」

「サプリメント工場の中に別の合成麻薬工場があったなんてまさに『二重の箱』状態だったって風間さん言ってましたよ。
まあその中から商売用のシャブも大麻も見つかり、捕まったカナメ社員と、ボスの李以下幹部と構成員逮捕で花龍(ファロン)は終わりですよ」

「ねーもー、生々しい話はやめにしません?ほら、空がきれいですよー」

薄く帳のかかった青鈍色の空にかすかだが星がまたたいている。

「ほんとだ、上京して以来まともに空なんて見上げて無かったな…」

「琢磨さんも上京してすぐは辛かったんですか?」

「上京したての頃は省庁の研修がキツくてね、空どころか自分の顔ちゃんと上げる余裕も無かった。きららさんも?」

「ええ、大学に入って仲良くなった友達に、実はlineのグループで陰口叩かれてたんです。『巨乳マシュマロ女』って。
そのくせ一緒に旅行に誘うんだから…変ですよね。ま、その旅行でひこちゃんに会えたんだけど」

出会った時よりもきららは大人びた口調になった、と琢磨は思った。

化粧も薄くなり、服装も今夜はサロペットジーンズと、体の線を隠すようになってきた。

大人になったというか、段々と「本来の自分」を取り戻しつつあるのだろう。

巨乳好きを自認していた自分が「巨乳」と「愛想」を差し引いたきららを前にしても、彼女に対する好意が変わらない事に琢磨は驚いていた。


「ほうほう、で、その友達とは?」

ときららの背後から手を伸ばしてきららのスマートフォンを奪ったのは聡介であり、

「つまらん、憎悪しか見つからない関係性なら離れてしまえ。私にも女友達はいないぞ」

と、聡介から受け取ったスマートフォンのlineつながりを覗いて

「なんだ、大学も学部も違うし、切っても実害はない」ときららの悪口を送信した女子たちを全部ブロックしてしまったのは、桃香であった。

ここまで無礼な事されたら普通の若い女の子なら怒るか泣くか、であるがきららは不思議とすっきりした顔になり、

「断捨離、ありがとうございました」

と「大人げない大人の外科医コンビ」に深々と一礼した。

強くなったな、と聡介は感心してから「まあ、今から言うのは独り言だから」と前置きして歩きながら話し続けた。


「東京ってぇ所は地方出身者が多くて、冷たい人達に辛い目に遭わされて心が荒む事があるだろう。

今回の事件みたいにまるで人間以前の酷い連中が行う悪事を見て心を汚すだろう。

しかし、東京の中にも小さな善や温かい思いやりが見つかる場所もある。

あー、まとめて言うと…」

「東京にも、空がある!」

ときららが元気よく上空の金星を指さした。


「そういえば今日、勝沼さんと七城先生は欠席ですって?」

琢磨が聞くと聡介は

「勝沼は今頃真理子さんと初デートだ、あの二人うまくいくかな?」

と口元をニヤつかせた。その数秒後に、悟から


今、兄さんのマンションでたこ焼きパーティーやってます 勝沼 悟


と写真付きのメールが皆の携帯端末に送られてきた。

写真の悟はたこ焼きを串でひっくり返して、隣で真理子が美味しそうにたこ焼きを頬張っている。悟の隣にいる男の子はおそらく悟の兄の子だろう。

「だあ~、色気もクソもない。家族で食事してるだけじゃないかっ!二人きりになるのがデートだろーがー!」

とじれったそうにする聡介に

「お前、不純だな」と桃香が冷徹な一言をくれてやった。

「七城先生は生徒のテストの準備やら採点やらで当分こっち来れないそうです」

「まあ初担任で中3の生徒たち受け持つんだから大変ですよ…まあでもいじめっ子たちを改心させた七城先生なら大丈夫。僕はそう思います」

琢磨の言葉にきららは確信を持って肯いた。


4人が路地に入ると目指す「鮨や さぶらふ」の灯りが入口の擦りガラスごしに漏れている。

聡介は連れの3人を包み込むように暖簾をくぐり、入口を開くと

「らっしゃーい、やっ、聡ちゃん!」と笑顔で受け入れる店主の史郎叔父に向かって

「叔父さん、これぜんぶ俺の友達」と紹介すると、

「こらアタシを忘れてない?」と遅れてやってきた蓮太郎が聡介の背中を小突いた。

「わりぃ!」と笑いながら江戸っ子の情が残る店に、聡介たちは入って行った…。


ここは世の中の喧噪とは、まったく縁のない空間である。

月基地に帰還したツクヨミは疲れ切った体と心を休めに居住スペースの自室にあるカウチベッドに身を横たえて、

一枚の極薄タブレットに映る女性の写真を眺めていた。

生け花講師で帚木哲治の妻、帚木まどかの輪郭をツクヨミは指でなぞった。

「やっぱり千鳥の面影が残っているわね…」

それは1200年前、月に帰る自分に唯一「おあとを追いまする!」と泣きながらすがったお付きの女の童。

「それは自己愛しかなかった王子が、唯一愛した少女の子孫だからでしょうか?」

と助手の思惟が温かい紅茶をサイドテーブルに置きながら人の心の聖域に土足で踏み込むような指摘をした。

「母性愛ですってば!あのね、12の少女を愛したって表現は今ではいけないフラグなんだから口には気を付けなさい」

「はいはい」

と王子の説教から逃げるように思惟は部屋を後にした。

しかし、あのかぐや姫騒動から王子は本当に、人類に優しくなられた。

基地に帰還なさって不眠不休で箱型爆弾を解体、中のウイルスを全解析し、特効薬のレシピまで作ってしまわれたのだもの。

最後は「自分たちが感染するのは嫌だから」

とウリエルさまの破滅の炎でウイルス処分を依頼なされた。

昔は「気に入らない」というお気持ち一つで

そこに生命があろうとなかろうと星ごと破壊なさっていたウリエルさまも…

「全く、人類に甘くなられたものだよ」

と機械的な重低音の声で、思惟は冷たく言い放った。

月を見下ろす宇宙空間で、大天使ウリエルが羽根を広げてツクヨミから依頼された「処理」を遂行している。

破壊天使の両手には、破滅の炎のオレンジ色の火柱が立っている。

「成程、これは確かに危険なウイルスだ…私の手間が省ける程のね」

炎の中でウイルスが死滅するのを確認すると、ウリエルは地下に基地がある月面、

「静かの海」を何を考えてるか分からない焔色の目で見下ろし、聴き取った思惟の言葉を反芻してから、思った。

思惟どのこそ本当に分かっていない。

私は人類に甘いのではなく、ウカさまにしか情を寄せないだけなのに。

スサノオ大王、その娘ウカ様、そして野上聡介と…

ほんの少数の、人としての善意と可愛げのある者たちの存在でこの惑星はぎりぎりもっているのに

人の中に「宝石」を見つけようとしない人類ってやつは、本当に馬鹿だよ…

ここは静かの海上空。地球の日本標準時刻では、もうすぐ10月。


エピソード「東京」終わり

スイハンジャー前半終了

後記

えげつなき後半は次回から始まります。
あー、江戸前鮨が食いたい。









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