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電波戦隊スイハンジャー#197 黙示録の始まり、怒りの赤

第10章 高天原、We are legal alien!

黙示録の始まり、怒りの赤

人類の歴史とはただ単に傷の記憶の打刻でしかなかったのだ。

大天使ラジエルの手記より

シンガポールの財閥蔡グループ総裁、蔡玄淵の前に置かれたのは掌にすっぽり収まる位の小さな白磁の壺。

「つまりは『これ』が我が甥の福明だと謂うのかね?」

長年大陸のほとんど全ての闇ビジネスを取り仕切って来た大物である玄淵を前に当局の幹部たちは心臓が凍るくらいの冷や汗を流しながらも、

面子めんつ
というこの国の人独特の厄介な威厳を保つため完全なる無表情で「そうです」とだけ答えた。

ふーん…と玄淵は幹部たちを一瞥し、

「遺族である私が来る前に福明を冷凍保存せずにさっさと火葬し、灰にして渡すのがこの国の礼儀なのかね」

と穏やかな口調で問いかける玄淵のだがその声には根深い怒りがこもっていた。

「中国は礼節の国だと聞いたがやれやれ、ですね」

そう言って玄淵の隣で肩をすくめるのはイギリス下院議員ナイジェル・クローヴァー男爵。

蔡グループのヨーロッパ支部長である彼は紅葉した楓のような赤い髪に大きな目鼻立ち、尖った顎の40代にしては可愛い顔立ちをしている白人男性であるがその心根は徹底した選別主義。

自分にとって観音族にとって益であれば施し、損であれば合法的に叩き潰す容赦無しの仕打ちを平気でする「紳士」であった。

よかろう、と玄淵は鷹揚にうなずいて福明の遺灰の入った壺を受け取り、立ち上がると「念のため遺灰のDNA検査をさせてもらうよ。もしこの遺灰が他人のものだっら…解ってるよね?」

と言い捨てて赤いビロードを基調としたけばけばしい応接室を後にした。

解ってるよね、
の脅し文句とも言える玄淵の言葉に当局幹部たちは一体どういう意味なんだ?とざわついたが当局の主席はまあ皆落ち着け、と両手を広げて制し、

「なあに、最終的には当局の汚れを全部押し付けて玄淵を抹殺すればいいだけの話だ。蠅は叩いて始末すればいい」

当局が私服を肥やしてきた表の稼ぎであるネットキャッシュシステムと

その裏で支払い出来ない者たちから臓器を取るだけ取ってその遺体を「処理」してきた福明のシンドバッドグループの闇ビジネスの秘密が拉致していたが何者かの手引きでアメリカ大使館に逃げ込みネットで世界に向けて告発した匿名の若者(組織による拉致から救い出された学生、劉浩然リュウハオラン)によって暴露されてしまった今、もう玄淵は用なしだと主席は

蠅は叩く。

という都合の悪い人物を闇から闇へ始末するという意味の隠語を用い「いずれそうするさ」と言って温和な顔に実に卑劣な笑いを浮かべた。

「大丈夫ですか?マスター」

空港に向かうリムジンの後部座席で甥の遺灰を抱える玄淵の顔が明らかに怒りで青ざめている。

観音族の寿命である40代をとうに過ぎ、何度かの臓器移植と人工透析で72歳の今まで生きてきた玄淵の体はもう限界に来ていた。

ナイジェルの呼び掛けを他所に玄淵の心はまだ幼い頃、中国の福建省で開業医をしていた父と、看護婦として懸命に父を支えて来た母。

そして忙しい両親の代わりに面倒を見てくれた優等生の兄と過ごした日々を漂っていた。

父が淹れてくれた茶の香りが鼻腔をくすぐり母が蒸してくれた饅頭マントウにかぶりつくのが玄淵の一番の楽しみだった。

しかし、そんなささやかな一家の幸せを奪ったのは皆一様にくすんだ色の服を着て

解放!解放!と叫んで家に押し入ってきた者たち。

そいつらは医療機器を叩き壊し、軍靴で踏みにじっていきなり父を袋叩きにして「解放軍に忠誠を誓うか?」と暴力的に迫ったのだ。

開明派だった父は「断る」と毅然と顔を上げた。取り囲んでいた男が父の腹を撲る、父は口から血を吐きながらも「断る」を繰り返してこいつは支配できない。
と判断したリーダー格の男が両親を柱に縛り付けてガソリンを撒き、

再見了ザイジェンラ

と笑いながらマッチで火をつけた。

両親は火の中で何度か激しい叫び声を上げたが次第にそれもか細くなり…

後は兄に抱えられて燃える診療所から脱出したので両親の最期は見届けていない。きっとあのまま焼け死んだのだろう。

国を出るためにどんな仕事でもして金を貯めた。貯めた金を油紙にくるんで頭にくくりつけて泳いで香港に渡った。その途中、高波が来て兄とはぐれてしまった。

「福明が兄の実の孫と判明しようやく血族と会えた時私はどんなに嬉しかったか…しかし福明は養父母による過度なエリート教育で心に怒りを宿した子に育ってしまっていた。君も見ただろう?」

「ええ…あの時は驚きました」

それは福明を引き取って間もなくのこと。
マレーシアの別荘のゲストルームで中国から来た客をもてなして談笑していた時である。

突然赤い金属バットを手に握った福明が階段を降りてきて…

「龍、獅子、赤い牡丹!時代遅れの装飾っ!!」

と叫びながら相手の好みに合わせた調度品を次々にぶち壊しまくったのだ。

「福明やめなさい」

「叔父さんは…叔父さんは『こいつ』が国境で行っていた虐殺行為を知ってて取引をするのですか!?」

と若い頃は解放軍の軍人であった客をバットで差して「江晋平、おまえという人間は接待を受ける品格無し!今すぐここから出ていけ!」
と威嚇して別荘から追い出した。

いま見たことは小柄な14歳の少年がやる事とはとても思えず、同席していたナイジェルは呆然と怒りに駆られた福明を見ていた。
そんな福明の暴挙を玄淵は怒りもせずただ冷静な顔と声で

「福明よ、君がいま言った事は事実か?」
と尋ねた。

「はい、ハッキングして江のアカウントを盗み取り全て彼の過去の裏付け調査を行いました。決して手を結んではいけない相手です」

「だからわざと交渉を決裂させに来たのだね?福明、いい子だ」

玄淵は中国山東省の郷土菓子でメイクイ(食バラ)の餡を詰めた饅頭を福明の口に押し込み珍しく叔父に褒められた福明は子供の顔に戻って嬉しそうにそれを頬張った。

表向きは観音族の能力が弱いから、と玄淵は福明に距離を置いているようにみえたが実際は違った。

この大叔父と甥は結社プラトンの嘆きの運営ビジネスパートナーとして深く信頼し合っていた。

玄淵が素っ気ない態度で福明に接していたのは玄淵の実の娘紫芳が嫉妬で福明を殺してしまわないための予防策だったのだ。

天塩にかけて育て蔡グループの後継者に指名した若者を失った玄淵の心は
家と両親を奪われたこと。兄の孫に全ての汚れを押し付けて始末し、(殺害は紫芳がやったことだが)骨壺ひとつで返されたことで…

積年の怒りと怨みが暴れる龍のごとくとぐろを撒いて燃え上がっていた。

「私はいま決めた。生きているうちに大陸の滅びが見たい。『サー』ナイジェル、速やかに事を運んでくれ」

「既に手筈は整っていますよ『マスター』あの勘違いした田舎者たちをこの世から抹消して整頓致しましょう。
放射線を出さないクリーンな兵器を一度試してみたいですからね。なあに、各国要人との交渉はお任せください」

帰りのリムジンの後部座席で二人の要人はかつて結社の金庫番であった若者の遺灰を前に、

おまえを殺した傲慢な人間たちを粛正してやる。

と誓い合った。

「さて、どのようなやり方がいいかな?」
「賢者は歴史に学ぶ。
難癖を付けて二度めの阿片戦争を起こさせる状況まで持っていくのがよろしいでしょう。但し、阿片を撒いたのは相手方と印象操作して」

「よろしい、君にまかせる」

そうぱちん!と玄淵が指を鳴らした瞬間、15分前に遺灰を受け取った館の陶磁器とガラス、割れるものは全て割れた。

マレーシア中国公使館で爆発、テロか?

というネットニュースを見た時勝沼悟は上杉鷹山コスプレで北関東にある遊園地「東京伝統ランド」略してTDLの施設を一部貸し切り、戦隊メンバーと今までの戦いを助けてくれた子供たち藤崎光彦、榎本葉子、野上菜穂を招待して自由に遊んでもらう「御大尽コース」を満喫していた。

しかし…
「光彦くんと野上先生が揃って生気が無いのは何故なんだい?」

と事情を知っていそうな正嗣と琢磨に尋ねた。つまりその…と忍び頭巾ごしに頬を掻く琢磨が、

「光彦くんはコクって分速で振られ野上先生はコクろうとして秒速で振られるダブルの失恋があったのです」

「そこ、詳しく聞かせてくれない?」

と本物の僧侶が運営する「さとりカフェsin-zei」のカウンターで悟は琢磨に身を乗り出した。

その様は隠密から情報を聞き出す悪い殿様みたいだ、とバーのマスターで空海の弟子、真済は思った。

後記
ラスボス玄淵の悲痛な子供時代と怒りの始まり。
ブルー悟とイエロー琢磨、お主も悪よのぅコント。































































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