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電波戦隊スイハンジャー#146

第八章、Overjoyed、榎本葉子の旋律

神在月、神々の宴1

2013年10月2日、
出雲大社拝殿前は「平成の大遷宮」の最中ということもあってかあまたの観光客が大注連縄の下でひしめき合っている。

若いカップル、新婚旧婚の夫婦や家族連れ、婚活に必死な独身者などが二礼四拍手一礼で

よいご縁に恵まれますように。

と祈願している様子を、一組の父娘が見ていた。

「やれやれ、結婚率の減少、離婚率の増加、核家族化が問題だな。
昔は寝所で名乗り合えば結婚成立したのに…」

と、父親のほうが心配げな目で参拝客たちを眺めながら言った。

その言葉に娘のほうは

「お父様いつの時代の話ですの?それに私達、遠巻きに見られてるような気が…」と用心深そうに辺りを見回した。

それもそのはず、父親の格好が目立ちすぎるのである。

上下、龍の刺繍を施した純白のチャイナスーツ。上着の裾は地面に付きそうなくらい、長い。
秋の日差しの下、パナマ帽を被って丸型のサングラスで目を保護している。

腰まである長髪も、肌も、抜けるように白い背の高い男である。

「まるで映画に出てくるチャイニーズマフィアのボスですよ」

「うるさいぞ、カヤ。これは俺なりの盛装なのだ」

「それは盛装ではなく仮装です。『はろうぃーん』は月末ですよ」

「おまえこそその学生服をなんとかしろ、それじゃ修学旅行だ」

「一張羅なんです…」と人間の娘っ子に化けた水龍神カヤ・ナルミは自分の水色のセーラー服の袖を見て、語尾をすぼめた。

「同じ体格の人間の娘から分けてもらえばいいのだ、何処ぞ知り合いはおらんのか?」

はあ…と気の無い返事をしたカヤとその父親が二礼四拍手した瞬間、二人の姿は参拝客の視界から消えた。


「ひええええっ…!」と一眼レフを構えた大学生の若者が拝殿からすこし離れたところで腰を抜かした。

「ラストエンペラーとセーラー服のコスプレコンビが、消えたあっ!」

隣にいた若者の交際相手の女子大生は

「え~?たっくんバッカじゃないの?そんなコスプレいなかったよ」

と自分も肩出しニットにミニスカとおよそ参拝には似つかわしくない格好で彼氏を一瞥すると、

拝殿をバックにスマホで自撮りして

出雲なう!と自身のブログに投稿していた。


「あのカップルは3か月後に別れますよ。原因は、彼女さんの二股です」

と拝殿向こうの「見えない空間」からその様子を見て不吉な事を当然のように告げる男が居た。

「また始まった、おじい様のカップル未来診断」

といいつつカヤはおじい様ー!と一年ぶりに会う祖父に思いっきり抱き付いた。

カヤの父親も「久しぶりです、親父殿」とパナマ帽とサングラスを取って深く一礼した。

サングラスを取ったは、濃いルビー色をしている。

「よく来た。我が息子コトシロと孫娘カヤ・ナルミよ」

と八百万の神々の宴のホストで出雲大社の主祭神、大国主命は袴着に神紋の二重亀甲に剣花角を白く染め抜いた黒地の袷(あわせ・冬の上着)を羽織って招待客の神々たちを出迎えていた。

緩やかなウエーブの長髪で顔の右半分を隠しているが、彼の右半身は火傷の跡で覆われていて、白く濁った右の瞳は視力を失っている。

だが、失った視力の代わりに、他の者には見えないものが見えるのだ。

例えば、人と人との関係。その者がお互いを実はどう思っているのか、それは愛なのか、憎しみなのか。

親しみか、嫌悪か。再生なのか、破綻なのか。その行く先が見えるけれど、特に、何もしない。

人との付き合い方は自分自身が勝手に選んでいるものだ。と思っている。クニヌシとはそういう男であった。

「実はもう、先に着いた神々たちは宴を始めてらっしゃるのだよ」

大国主ことクニヌシは自ら宴席まで息子と孫娘を案内しながら言った。

「毎度のことではないか」と長男のコトシロは何を今更な口調で返した。

本来なら2013年の「神有月」は旧暦に合わせて11月なのだが…現世うつしよならぬ常世とこよの招待客たちの、


「昔はそうだったけどさ、年末忙しくなるし、クソ寒い中宴会やってらんない!」

と大多数のワガママという名の「意見」を尊重し、新暦の10月いっぱいを神々のバカンス期間としたのである。

さて、父娘が奥の大宴会場に入るとすでに酒の入った先客たちから

「おおーっ、神獣親子のお出ましではないか!」とどよめきが起こった。

上座のほうの、空いたい草のスツールに座った途端、父娘は袴着に袷をかけた格好になった。

父親のほうは白い大龍神コトシロヌシ、大国主命の第一王子であり、娘のカヤ・ナルミは水龍神で大国主の孫娘にあたる。

大陸から来た龍族の血を引く父娘は人型にも龍身にも変化できる。

変装を解いたカヤは、瞳も髪も目の覚めるようなターコイズブルーであった。

「よっ、兄上、カヤ」と隣の席の筋骨隆々な若者が酒の匂いをほんのり漂わせてにかっと笑った。

彼の名はタケミナカタ。昔、高天原族が国譲りを迫った際にタケミカヅチと力比べのタイマン勝負を張ったクニヌシの次男である。

国譲りの後、諏訪(長野県)に渡り諏訪大神となる。

「叔父上!」「飲め飲め、お前は見た目は中学生だが、実際は齢三千年を超えるババ…」

「いやですよ~」とカヤは叔父から瑠璃杯を受け取り、中のワインを一気に飲み干した。

前述の通りカヤの飲酒行為は道徳的にも法律的にも違反していない。

「これは土産の信州ワインですね?」

「お、さすがお前の姪っ子、いけるクチだね~」と干しアワビとチーズの乗った皿を持ってやって来たのは銀髪銀目の天つ神、高天原族の…

「タケミカヅチ将軍!」

タケミカヅチと呼ばれた青年は「いや、もう将軍はやめてくれよ~今はデスクワーク三昧だ」と首を振って快活に笑った。

天つ神と国つ神の存亡をかけて戦った二人も、今ではこうして「ルネッサ~ンス!」と瑠璃杯をかちんと鳴らして飲んだくれる友同士になっている。

「冥界でのお仕事は?今の世情では大変なのでは?」

とコトシロが聞くと「タヂカラオに押しつけてきた」と事も無げに言った。

「しかしタヂカラオ様はデスクワークは苦手なのではないか?」

「だからハンコ押しだけで済む仕事押しつけたよ。冥界の王、スサノオ様が『アルジュナ計画』のために現世に降りて28年…
ちと長い、と思えてきた。やはりちゃんとした王のいない冥界も、混沌としてきている…」

とタケミカヅチは苦み走った顔面をしかめて、珍しく愚痴をこぼした。

からみ酒になりそうだな、とコトシロが思った時、宴会場の入口のほうで歓声がした。

女官長ウズメさまと猿田彦夫妻のお着きだそうだぞー!という客たちのざわついた声を聞いたタケミカヅチは急に落ち着かない様子になった。

「無理もない、実は生前惚れていた女が来たのだ」

とタケミナカタが友の心を代弁した途端、ぎりっと頸部を圧迫された。

(言うんじゃねえよ、この野郎…)

と高天原族将軍の強烈なヘッドロックを喰らったのだ。

大国主の次男はあう、あう!と必死になって床をタップすると友は腕の力を緩めてくれた。

「しかももうウズメは人妻だ。皮肉だな、惚れてた女が自分の直系子孫の小角と結婚するとはな」

「んだんだ」

矛で胸を突いた上に、スクリューをねじ込むような台詞を足元で言ったのは…

角の生えた小人の親子連れ。小人の松五郎と娘のきなこであった。

「相変わらずイヤミな一寸法師さまだな。婆様は来ないのか?」

「最近婆様めっきり弱ってな、今回は欠席だ。で、娘を神在月デビューさせようと思って連れて来た」

「こんにちは貴那古きなこだべ」

とお稚児さんの装束、水干すいかん姿のきなこが行儀よく挨拶をした。

「良い子だ。決して父親みたく性悪にはなるなよ」

とタケミカヅチはきなこを手のひらに乗せ、よしよしと人差し指で頭を撫でた。


おい、ウズメ様の入場が遅いな…「また」大国主さまの検閲に引っかかったか?

と宴席でひそひそ囁かれていた時、拝殿入り口ではスーツ姿のウズメと小角夫妻がクニヌシの鋭い嗅覚で

「奥様の方、硝煙くさいです。一体2泊3日の香港旅行で何をしてきたのですか?」

と先月下旬の行状を見破られていた。

うふふ、とウズメは艶っぽく笑い、

「グルメしてお買い物して…マカオでイカサマルーレットしたら偶然マフィアの花龍ファロンの本拠地で…
片手間に、組織本部を壊滅してきただけですわ」

「銃火器使ってるのに、血を流してないのが却って凄い。一体どんな壊滅の仕方を?」

「ただハニートラップで太ももと谷間見せたらボスらしき男が触ってきまして、奴のふところから拳銃取り出してお口にねじ込みましたの。
その時の私の啖呵、聞きたい?」

「どうぞ」

「中国語で『選べ、自分から組織解散させるか?それとも後ろの壁にてめえの脳ミソぶちまけるか?』って言って威嚇しただけですわ。
花龍無血解散です」

「んな事を歴史的偉業みたく言わないで下さい。まったく…3か月以内に殺生をした者は宴に出入り禁止。
の規則はギリギリ守られているようですのでどうぞ…」

「はーい」

「あ、宴席の前に禊の湯に入って下さいよ」

「夫婦同伴でいいか?」と小角が言ったので「…勝手にどうぞ」とクニヌシはため息まじりに行った。

この夫婦、乱世の時代には暴れまくっているので何度も宴を出禁にされた過去がある。

勿論、殺生をした。という意味で。

ったく、あなたはアンジーですか?とクニヌシは言ってやりたくなった。

後記
バカンスではっちゃけた、神々の宴。
アンジーが映画で暴れてた時代も遠くなりました。

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