電波戦隊スイハンジャー#52

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

そうだ、京都行こう2

京都市内の寺、椿守寺ちんじゅじ


名前の通り冬は椿の名所で観光客が多く訪れる。


室町時代後期創建。かの利休居士がここの椿を愛し、度々訪れたという謂れがあるとかないとか。


マダム・ドメイヌことウズメは「榎本家之墓」と刻まれた苔むした一基の墓石に手を合わせていた。


体型にぴっちりした喪服のスーツ姿である。


「久しぶりやな、クリスタちゃん」


ドメイヌは親友に挨拶でもするような気軽さで墓石に声をかけた。


人生とは分からんもんや。ドイツ人のあんたがこうして千年の都、京の寺のお墓に入っとるとはな。


昨日、ご亭主の俊之はんとお茶したで。


安心せい。好みのタイプじゃないから手は出さへん。


俊之はんは元気そうけど、やっぱり寂しそうやった。


でもまだ48だからそっちに逝く気配はないなあ。


ご亭主は神戸から動く気配はない。よほど生まれ育った京都が嫌いみたいやねえ。


「クリスタの墓参りと、娘に会いにしかいかへんねん」ってゆうとったで。


榎本クリスタ 平成二十三年没 享年三十六 


墓石の横に刻まれた文字をウズメは指で撫でた。


「若すぎるで、クリスタ」


榎本クリスタ。旧西ドイツ生まれで、神戸で育った。


「すすり泣くバイオリン」と評論家たちから絶賛された。まさしく天才だった。


2年前の初夏に公演の直後に倒れ、心不全でそのまま逝った。まだこれからという時に。


それにしても、とウズメは思う。


「芸事の天才」ちゅーんは、逝くのが早すぎるで。


芸術を守護する女神とされたわが身だけが、こうして現世に居続けている。


みんなみんな、いってしまう。


残ってくれるんは連れ合いの小角ちゃんだけや。


人ならざる身とは寂しなあ。なんか空も、うちの心を代弁してどんよりしとるやないかい。


「おばちゃん誰や?」


曇り空を見上げるウズメを呼ぶ声がした。


腰まで届く長い黒髪をおさげにした、12,3歳くらいの少女がウズメを物珍しそうに見ていた。


深い緑色の瞳に、乳白色の肌。こめかみの両脇からくせっ毛が2房、触覚のようにぴょん、と跳ねている。


怜悧な感じの、顔立ちの整いすぎた混血の少女である。


薄灰色の制服に黒いスカーフのセーラー服姿。


八坂の名門お嬢様学校、輝耀女学院の制服だという事はウズメもすぐに分かった。


少女の顔に、ウズメは亡きクリスタの面影を見た。


「お嬢、あんた榎本クリスタの娘か?」


うん、と少女はうなずいた。


「おばちゃんは?」


「お嬢のお母ちゃんの知り合いや。マダム・ドメイヌいいます」


ウズメは旧友の遺児に丁寧にお辞儀した。


「おばちゃん、いやマダム。すんまへん、うちは榎本ようこいいます」


ようこ、と名乗る少女はつられてぴょこん、とお辞儀した。


「ヨーコ…漢字はなんて書きますのん?」


「葉っぱの葉に、子供の子。8月の葉月に生まれたからやて」


「ほな葉子ちゃんか。お母ちゃんが付けたん?」


ううん、葉子は首を振った。


「クラウスおじーちゃん」


クラウス・フォン・ミュラー!とウズメは世界的指揮者であるクリスタの養父の名を小さく叫んだ。


「そっかー、マエストロは昔から日本通やったもんなー…お嬢もバイオリンやっとるんか?」


「うん、毎日レッスン漬けや」


バイオリンの話になると葉子は屈託なく笑った。良かった。好きで弾いているようだ。


そや!となにかいいことを思いついたよう顔してウズメは、首のネックレスを外して葉子に渡した。


ペンダントトップは奇妙な形をしていた。


正三角形をかたどるような3つの丸い鈴。振るとしゃりん、と高い音がした。


「お守りや。あげる」とウズメは言った。


葉子はごそごそとネックレスをつけて「おおきに、マダム」と嬉しそうな顔を上げると、墓地から銀髪の女性の姿は消えていた。


祖父クラウスの仕事柄、クラシックやオペラなど芸能に詳しいマダムたちを葉子はよく見てるが…


そういう女性たちに共通する「無意識の高慢さ」がドメイヌにはなかった。


おばちゃんの物腰は、なんというか日舞でも身に付けたような優雅さだった。


「あのおばちゃん、人間ではないなあー」


葉子のくせっ毛が、ぴょん、と蟷螂の触手ように動いた。


これが、芸能の女神アメノウズメと、謎を秘めた少女、榎本葉子とのファーストコンタクトであった。



部屋の奥の窓の外、通り雨がさらさらと椿の葉を濡らしている。


この部屋はいつも左右の壁が天井いっぱいに書物に埋もれている。圧迫感が半端ない。


「これは天河神社の『五十鈴』(いすず)やないかー」


椿守寺の跡取り息子で京都大学2年の椿勲つばきいさおは、葉子がマダム・ドメイヌから貰ったお守りを手に取るとすぐに鈴の正体を言い当てた。


お公家さんみたいに色白でのっぺり顔の、目の細い20才の青年である。


ドメイヌと邂逅後、葉子はすぐにこの寺の母屋1階にある勲の部屋に向かい事の顛末をこの知識豊富な青年に話した。


「いすず、ってなんや?勲にいちゃん」


出された水ようかんを冷たい緑茶でつるん、と飲み下してから葉子が訊いた。


「五十鈴は内田康夫サスペンス『天河伝説殺人事件』のマストアイテムやで、葉子ちゃん。1年にいっぺんくらいの割合で2時間ドラマやってるでー」


答えたのは葉子の隣で、ぱらぱらと「京極堂シリーズ」を「益々ぶ厚くなるなー」と文句たれながら流し読みしていたクラスメイト、野上菜緒だった。


「あー、金曜夜の浅見光彦!あのもこみちくんのかー。いっつも旅行してて、推理は当たるけど真犯人には自殺されて、失恋までするとっぽい探偵や!」


「せやせや、光彦はそんな奴や。でもな、ドラマでは片手で握れるくらいでっかい鈴やなかったかー?」


と菜緒は辞書の如く分厚い小説を畳の上に置いた。


勲は細身の体を回転式座椅子の背に預けて、くるりと女子中学生2人の方の向き直る。


「そうや。天河神社の五十鈴にはサイズが3種類あるんや。葉子ちゃんが貰ったそれはストラップとペンダントの2種類ある最少サイズ。3000円。手のひらサイズ、15万円。ドラマに出てた特大サイズは30万するんや」


た、高っ!


うちは3000円を見ず知らずのおばちゃんから貰ったんかい。と葉子は思った。


「勲にいちゃんは、さも行ってきました、みたいな言い方すんなあ」と菜緒が茶化すと勲は


「実は去年の夏休み行ってきた。ドラマで見るよりは小さい神社やで」とあっさり答えた。


「行ってきたんかい!?」


葉子と菜緒はほぼ同時に勲にツッコミを入れた。


「だって、興味持った所は実際行ってみないと。夜は近くの洞川どろがわ温泉に泊まったで。

修験道の行者はんや山伏はんが普通に泊まってて、擦り切れたわらじが玄関に干してあって面白かった」


勲はふっふっふと笑った。


椿勲は、京都でも有名な「寺社仏閣おたく」。


なんでも香の匂いだけでどこの寺で焚かれてるか分かるという噂がある、超歴史好きの変わり者として有名であった。


「不思議なことがあったら、椿のお寺のせがれに聞け」と口コミで言われるくらいである。


しゅげんどー?また知らん単語が出てきたな、と葉子は思った。


「古神道と密教が合わさって出来た山岳信仰や。

山に籠って厳しい修行をすれば、験力げんりきという超人的な力を授かって、人々を救済できるっちゅー考えやな。


開祖は遠小角。遠行者とも呼ばれる。奈良の葛城生まれ。


…謎の人物や。資料を調べても荒唐無稽な伝説しかない。


実は天河を聖地として開山したんは役行者や。


後に弘法大師空海はんも天河でよう修行してはったていう記録がある。


だから天河神社には修験者や密教の坊さんも参詣すんねや。修行者中のスーパースター、2トップにあやかろうって事やな」


「役行者って鬼を使役してたってー人やろ?まるで安倍晴明はんやないか」


菜緒は自宅マンションの近所の堀川通にある晴明神社の境内を思い出して言った。


あの五芒星そのものな晴明桔梗。桃や狐の像があったり…なんかチャンポンになってるねん。見る度に、他の神社とはちがう、異質な感じがする。


そういやあそこで利休居士は切腹したんやったな。


この椿守寺に利休は度々訪れたために、後に寺の離れに茶室が建ち、代々の住職は裏千家のお免状を取らされるようになった。もちろんこの勲も。


「うん、晴明はんが使ってたんは式神やけどな。


僕が天河に行って興味深かったんは、主祭神がアメノウズメではなかったことなんやな。

元の主祭神は、弁財天、サラスヴァティー。

明治の廃仏毀釈政策で、市来島姫命(いちきしまひめのみこと)に変わった。

なんで福岡宗像の女神を据えるんやろ?もうわやくちゃや。それが日本の信仰のおおらかさとも言えるけど」


「なんでアメノウズメやないと納得いかんのや?」


五十鈴を手のひらに返してもらった葉子は聞いた。


「だって、天河神社のシンボル五十鈴は、ウズメの神器なんやで」


しゃりしゃり、と葉子の指にぶら下がった五十鈴が可愛い音を立てた。


「神代の頃、天照大神が弟の素戔嗚すさのおの乱暴ぶりに怒って岩戸に引きこもった時、


ウズメが五十鈴の付いた矛を持って岩戸の前で舞い、岩戸開きをしたっちゅーんが天河での伝説や。


だからあそこは芸能関係の人間の参詣が後を絶たない…


葉子ちゃん、そのドメイヌはんって外人、案外ウズメはんの化身かもしれへんなー」


「なんでやねん?あのおばちゃんは外人やったでー。日本の神って銀髪かい?」


「葉子ちゃん、あんたは神さん見た事あるか?」


「ううん、ない」


葉子が首を振るとくせっ毛が遅れて揺れた。


「僕も見た事はない。せやけど、日本の神さんだからって黒髪黒目とは限らんかもよ」


勲は座椅子ごと菜緒と葉子に背を向けて、通り雨で水滴をまとった椿の木々を見ながら言った。


「京都は不思議の町。なんでもありや…」


出た。イサオにいちゃんの口癖。今日の話はおしまい、という合図だ。


お腹が空いた、と菜緒と葉子は同時に思った。そういや終業式の帰りにここに寄ったんで昼食を食べていない。


時刻は2時を回ろうとしていた。


「勲にいちゃん、おおきに」と二人は座椅子の背もたれに声をかけて部屋を出た。


「いつでもどうぞ」と勲は何かの資料を読みふけったまま答えた。


お寺の近くのカフェでランチを食べた後、菜緒と葉子は通り雨で濡れた道を並んだ。


「ねえ葉子ちゃん」菜緒が不意に言った。


「まだ小人さんは見えるのか?」


「見えるというか、いまうちらの周りで普通に往来してるで。うちが見えるて気づいて挨拶してきたり、道端で行商してたりや」


実は葉子は、子供の頃から小人たちが見える。面白いなと菜緒は呟いた。


「ふーん、うちや勲にいちゃんは何も見えない普通の人間やからなー。でもあんたの話聞いて、見えたら愉快やな、と思う」


「面白いんは、京都の小人さんだけ白装束に白頭巾や。性格もよその小人よりプライド高い気がするし、用心深い」


なんか京都っ子の性質まんまやなあーと菜緒は思った。


「ふーん、小人さんらは自分たちをなんて言ってんのん?」


「『式神』と呼んでくれ、と言ってはる」



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