見出し画像

電波戦隊スイハンジャー#176 役白専女6

第9章 魔性、イエロー琢磨のツインソウル

役白専女6

ここは一体どういうところなんだい?

役一族の長老、白専女しらとうめは困惑していた。

それまで籠められていた牢から出された白専女は目隠しをされてしばらく歩かされている間、やっと新鮮な外の空気を吸えたかと思ったら、今度は別のおやしきの一室に籠められてしまった。と背後で戸が閉まる音で気づき、多少なりとも落胆した。

どんなに無抵抗を貫いても叛徒の疑いは解けないのか…

あれから二年経とうとしてるが小角、お前はどうしてるんだい?

と白専女は伊豆に配流中の息子に思いを馳せながら自分で目隠しを取って部屋中を見回した。

驚いたねえ、これは玻璃(水晶)の水差しだよ!家具調度は全て唐渡りの豪華なもの。察するにここは皇族か貴族のお邸なのだろう。

と思いを巡らせて部屋の奥の暗がりに目を遣ると、卓(ベッド)の上には年の頃16、7くらいの長い髪を乱した娘が膝を抱えて座っていてこちらを見ている。

顔立ちは美しいが、どこか焦点の合わぬ目つき。

「貴女がまさか生きていたとはな…物部渡都岐比売もののべのとときひめよ」

と我が子しか知らない名で呼ばれて齢87の白専女は全力で身構えて声のした方の壁の小窓を睨み付けた。

窓の向こうには四十を一つ二つ過ぎたくらいの壮年の貴族の男が神妙な顔つきをして室内を覗きこんでいる。

「貴女が医術や呪《まじな》に長けているとの噂を聞いて宮殿の牢から我が家にお連れした。頼む、その姫の世話をしてやってくれないか?」

「あんたは誰だい?」
「今は名乗れない」
「名乗らずに一方的に命令かい。貴人ってえのはいいご身分だねえ~」

と言いながら白専女は娘を怖がらせないようにゆっくりと近寄り、娘を診察すると産後間もない体であり、どうやら娘は出産時の苦痛と恐怖から重い気鬱の病に罹っていることが解った。

「男には解らないだろうがね…
お産の痛みと怖さで心を病んでしまう母親ってのは意外と多いもんさ。

そういう時は周りの女たちが子育てを助け、母親を外に出して気分転換させて心を癒す。葛城の里ではそうやって来た。

この姫さまがどんなご身分の方か知らないけどさあ、

今のように閉じ込めたままでは悪化するばかりだよ」

と白専女の見立てを聞いた男は泣きそうな顔になり、
「人目には出せぬからこうして貴女に頼んでいるのに…」と力無くうなだれるばかりだ。

どんなに高貴な方でも男ってえのは、女の内側の危機に対してとことん無力なんだねえ…

と長年生きて来てとうに諦めが付いている男と女の命題に直面して内心ため息を付く白専女の頭の中に、自分と息子を救うある秘策が閃いた。

まあまあ、と白専女は男を慰めるように小窓ごしに声を掛け、

「この姫さまとあんたの正体についてはなんとなく解っているつもりさ。どうだい?姫さまのためを思うならひとついい考えがあるんだが」

老女の言葉に男は必死の形相で「娘を治す為なら私は何でもする!で、どうすれば?」と小窓に取りついた。

落ちたね。

白専女は皺だらけの顔に狡い笑みをにいっと浮かべて素手で小窓を破って男の胸ぐらを掴んだ。


「そろそろ賀茂氏の役小角を恩赦を実行して伊豆から出してやってはいかがですか?」

と主である文武帝に上奏したのは重臣である32才の少壮の皇族、葛野王かどののおおきみ

18才の年若い文武帝は、役小角。とその名前を間を置いて思い出し、自分の指先にとげが刺さったような不快な表情をした。

「あぁ、二年前に流罪にした呪術者がいたっけか…まだ生きてたのか?」

と咎めるような目で葛野を見下ろす。

役小角。

確か配流先の伊豆で死んだことにして、暗殺しろ。とおばあ様が密かに抹殺を命じた危険人物ではなかったか?

「刺客たちは何をしていた?」

「仰せの通りに刺客を差し向けましたが…悉く退けられました」

「なぜ?」

「申し上げます天皇すめらみこと

忍壁皇子おさかべのみこが年少の葛野を一瞥し、押し退けるように横から進み出て役小角暗殺失敗の詳細を報告した。

伊豆行きの船に乗る前、食事に毒を盛ったが旨そうに食らい全く毒が効かなかったこと。

船の中で八人の暗殺者が槍で小角を突き殺そうとしたが小角が指を鳴らした途端に穂先が折られ、暗殺失敗。

刺客たち小角に降参して心酔し、伊豆では甲斐甲斐しく小角の世話をしているということ。

「役小角、配流先の島民たちの療治を行い感謝され、着々と支持を得てきています。なんでも小角は秘術で不老不死の体になったという噂のある男。

…おわかりですか?殺しても死なない男を無理に殺そうとしても、無駄です。

元号制定の恩赦を口だけの約束にして実行に移さないのは賀茂氏の反感を買いますぞ。この上は皇子さまご誕生の恩赦で故郷に帰してやってはいかがですか?」

殺しても死なない男、か。

もし不老不死の仙術を手に入れたとするなら、天皇家も男子の後継者不足で悩む事も無くなるではないか!

「行く先々で人の心を掴む男、会ってみたいものだな」と文武帝が呟いたその時、

「いけませんっ!」

とここ謁見の間の空気を圧するような大声で文武天皇と近臣たちを制するのは御年56でありながらも艶やかな美しさと父である天智天皇ゆずりの奸智で退位した今でも朝廷の実権を握り続けている持統太政天皇、諱を鸕野讚良うののさららという。

「軽よ。怪しげな呪術者に会いたいと思うあなたの心は、すでにたらされてしまってる事に気づかぬのですか?」

と孫である天皇を諱で呼び、持っていた団扇でくいっと文武帝の顎を持ち上げて威圧する。

「なれどおばあ様…無抵抗を貫き通している罪人とその母をいつまでも獄につないでおくつもりですか?」

「死ぬまでに決まってるじゃないの」
それが当然とばかりに鸕野讚良は言い切った。

不老不死の男を死ぬまで、ってそんな馬鹿な…無駄な…
と考えている忍壁と葛野の心を見透かすかのように元女帝は彼らを振り返って睥睨し、

「いいこと?我が夫、天武天皇の皇統の跡継ぎになる皇子、おびとが生まれたばかり…そんな時に朝廷が支配できない勢力の長を放逐してしまっては危険だということがどうして解らないの!?」

まったく、我が夫天武帝は死ぬ間際に跡継ぎをはっきりさせなかったせいで崩御後に甥の大津が皇位を主張し…私は甥の大津を殺さねばならなかった。

皇太子である我が子、草壁も大津を死なせた自責の念で即位直前に首を縊り、仕方なく天皇になった私がどれだけ苦労して政務を執り、皇族の血を曾孫の首まで繋げてきたか!

愚かな男どもにはどうせ解りはしないんだから!

「わ、わかりました…おばあ様」と御椅子の上で竦み上がる文武帝を見上げ、結局ご即位されても祖母の傀儡か。

と忍壁皇子は若い主を情けなく思い、いざという時にしゃしゃり出て政務の邪魔をする、誰も耳に入れぬ熱弁を振るう元女帝をいまいましく思うのであった。

どんなに辣腕を振るっても、退位なされたらもう過去の人であることがお分かりにならぬのは、あなただ。

この…雌鳥めんどりめ!

大宝元年3月、(701年5月)こうして改元による役小角恩赦は口約束だけで反故にされた。

「どうします?王子。このままでは役一族が賀茂氏はじめ畿内の豪族を巻き込み反乱が起こりかねませんが…」

と藤原宮の王城の屋根で主に報告する藍色の髪の男がいた。高天原族の元老で、今はツクヨミ王子の従者兼研究助手を務める思惟しいことオモイカネ神である。

常人が入れぬ伊勢の神域で報告を聞いたツクヨミが、

「じゃ、起こさせればいいじゃないの。時々思い知らせてやらなきゃ増長する一方だからねー支配者って奴らは」

と普通に過激なことを言ったので思惟はご冗談を、と軽く一笑したが…

「ま、まさか本気で?」

とツクヨミが造りし人型有機端末の思惟は顔中に冷や汗を浮かべた。

「但し、この国の民でも無い女たった一人が起こす動乱だけどね…今からウズメの全記憶を覚醒させる!いいですね?姉上」

と円盤の中の診療台に横たわるウズメを見守る銀髪銀目の少女を振り返る。天照女王は瞑っていた目を見開き、喉にある渦巻型の痣に指先を触れながら、

「よい、やりなさい。最近の朝廷のやり方は腹に据えかねる」

と強い意志を乗せた音声で他者を操る能力、「言霊」を使ってウズメの頭部に装着した機器に手を当て、

(渦女よ…父上がお前の脳に組み込んだ「高天原族の王を永遠に守り続ける」使命から解き放ちます。愛する者を思い出し、好きに生きるのです!)

人が永の時を生きる為には、余計な記憶は邪魔になる。

だから女王天照が60年から80年の寿命を終えて卵、と呼ばれる人間の童女に転生するまでの間どこでどうしていたかという「思い出」を転生時に鏡が発光したら忘れる。

という強烈な刷り込みがウズメの脳に刻まれていた。だが、人は思い出に蓋をしているだけで真に記憶を消去できる訳では無いのだ…

胸の間の痣に手を置き、俺の名はタツミ。と名乗る瞳のきれいな若者。

異星人の私を普通に迎えてくれた役一族、そして白専女お母さま。

お腹に宿った命。比奈、比留女、宇奈利、3人の娘たち。

光る鏡、お母様ぁ!と引き留める声。比奈、婚礼の場から逃げた母を許して…

青い海が見える。その向こうの本土を見つめているお方は黒々とした髪と髭を長く伸ばしてまるで仙人のよう…間違いない。

あの方こそ私の愛する男、小角。救わなければ!

途端にウズメの眼がぎん!と全開し、頭部を覆うヘルメット型の機器を脱ぎ捨てて床に放って半身起こしたウズメは診療台から飛び降りて円盤から外に出ると、うおおおお!と獣の咆哮のような叫び声を上げながら五十鈴川を渡って全速力で向かうべき所へ走り去った。

「敵襲です!!王城に賊が侵入っ!護衛の兵を次々となぎ倒しつつこちらへ向かっています…っ!」

やはり豪族どもの反乱が始まったか。
と寝床から起き上がった持統太政天皇は、
なあに、朝廷に仇なす者どもは今まで通りに力で抑えつけ、氏族ごと全滅させて葬り去ればいい。と采女(侍女)たちに着替えをさせながら、

「狼狽えるな。たかが賊、衛士(近衛兵)たちを集め天皇を守りまいらせろ」と命じた。

次に報告に来たのは朱雀門を守っていた兵。

「賊は渡来人の女一人、朱雀門を飛び越えて中に入り、素手の一振りで兵5人の首を刎ねました…」

と同僚の返り血で右半身を濡らし、その時の様子を思い出ながら報告を終えると震えてうずくまってしまった。

「ああら、力加減が出来なくてごめんなさい。でも、約束を反故にしてここまで私を怒らせたあんたの主が悪いんだからね」

と言って片手に持った首を投げつけてきたその女…最早人間ではない!

「と…渡来人の女を探して討て!」

と強い口調で命じた元女帝は表の騒ぎに気を取られて東辺北の山部門から侵入した賊たちに先手を打たれていた。

それもそのはず、危急の報を聞きつけた、通せ!と貴族とお付きの女官に化けた小角の妹夫婦、前鬼と後鬼は堂々と内舎人の案内を受けて宮城内に入り、御寝なさっている文武帝の寝台に近寄りくぐもった声で
「忍壁でございます、危急の事態が起こりましたから速やかに玉座へ」
と告げ、着替えた文武帝の両脇を抱えるように玉体を捕らえ人質にする事に成功したのだから。

軽、軽…!と逸る心で玉座の間に駆け付けた鸕野讚良はわが孫が白装束の老いた男女に捕らえられて玉座である御椅子に座らされ、両耳に針を突き付けられているという一番起こって欲しくなかった事態を目の当たりにした。

「…お、おばあ様。全てこの者たちの言う通りにしてください」

と文武帝は恐怖で顔を引き攣らせ、やっとその一言だけを言うと虚脱してしまった。

「やれやれ、全ての汚れは渡来人の私ひとりで引き受けるつもりだったのにさ」

と倒して来た兵の血で巫女の装束を真っ赤にしたウズメがゆったりとした歩調で室内に入り、老いてはいるが面影のある義理の妹夫婦に笑いかけた。

「なあに、60過ぎの年寄りでも血気盛んなところを母上様に見せて安心させたくて…お久しぶりですウズメ様。いえ、アメノウズメノミコト様」

「小角さまったら私の正体を王子から聞かされてたのね」と言ってウズメは血で濡れた右手で鸕野讚良の首を抱き、

「私の夫、役小角をただちに恩赦して葛城の里に返しなさい!また反故にされないようにそこの玉座に居る坊やに勅書を書かせて渡すの。いい?」

生温い血の付いた手で頬を包まれた鸕野讚良は、古事記の神の名で呼ばれたこの異形の女に心底怯えた…この恐怖は幼い頃父中大兄皇子がおじい様を殺した時以来だ!と鸕野讚良は思った。

「この期に及んでまだ強情を張ったら、と思っていちおう連れてきたよ」

と腕に赤子を抱いて室内に入って来たのは…

「お母さま!」

「最初会った頃から何も変わってないね。ウズメさん」

と白髪を床まで垂らした老女、役白専女は赤子を抱いたまますたすたと歩き、優しくウズメを見つめた。

もしやその赤子は!?と文武帝は正気づいて、
「恩赦なぞたやすい事…勅書なり何でもするからおびとに手を掛けるのはよせ!せっかく生まれた皇子なのだっ!」

「おーや、良く気づいたねえー。
甘ったれの坊やだがお前さん、いちおう人としての心は持っていたんだー。
さあ、あたしだってこの皇子さまに何もしたくないんだ…さっさと言う通りにしな!」

文武帝は折れ、早速「役小角の恩赦を認め、速やかに実行する」旨の書をしたため、玉璽を押した勅書を同じく人質に取られ、縄を解かれた中納言で白専女の狂言に乗った藤原不比等に読み上げさせて白専女に渡し、代わりに孫の首皇子を抱き取った不比等は孫に頬ずりして安堵のため息を付いた…。

ひと月後、伊豆から長い護送の旅を終えて葛城の里に帰って来た小角は久々に見る青々しい樹々に囲まれた吉野の風景と純朴そうで実はそうでない村人の中に…

不老不死の体になって人を棄ててまで会いたかった女、ウズメの姿を見つけて自ら縄をちぎって走り寄り、

「逢いたかったぜ、ウズメ」と固く抱擁し合った。

良かった…と意地で長生きし、息子夫婦の再会を見届けた白専女の視界がぐらり、と揺れその体は息子の両腕に抱かれていた。

やっとこの命に終わりが来たんだねえ。幼い頃は一族を殺されなんてひどい人生だと思っていたが。

母上!お母さま!長老さま!と息子夫婦と孫娘と曾孫たちに囲まれて死ねるのだから、案外幸せな人生だったのかもしれない。

「…お願いがある」と白専女は薄くなる意識の中で言葉を振り絞り、一つは藤原不比等の娘でお産で心を病んだ文武帝夫人、藤原宮子をこの地で静養させる事。

もう一つは、20年前に亡くなった翁の隣に我が亡骸を埋める事。の二つの遺言を「分かった!分かったから」小角に約束させて最後の一息でウズメに向かって

「変わった嫁を持ったけど、楽しかったよ」と笑いかけるとそのままの顔で目を閉じ87才の生涯を終えた。

お母さま。産みの母を持たない作り物の命である私にとって、あなたは初めて母と呼べるお方でした。私を待っていてくださって本当にありがとうございました…


7年後、吉野の小川に手を入れ水遊びをしながら村の娘と笑い合っている宮子を高台から見守っている若い夫婦が居た。

「宮子さまの病も少しずつだけれど良くなっているわ」

と宮子の看護役を仰せつかった小角とウズメの長女で今は一族の長を務めている比奈が、自分よりはるかに若い両親を見つけて話しかけた。

「けれどひどい話よねえ…お父上からは皇子を産めと命令されて後宮に入れられ、夫である文武帝からは皇子さえ産めば用の無い女だと言われ捨てられて病んでしまわれたのよ。

本当に権門の男たちって勝手で残酷」

「まあ女帝持統はあいつなりに国を支えて死んだし、その孫である残酷な夫も病で死んだ。勝手な父親の命数も残り少ない。

それに新しき女帝(元明天皇)は先帝の母親でなかなかの人格者だと言われている…穏やかな世に期待しようではないか」

と36才の父、小角が62才の娘の肩を抱く。

「お父様とお母様は…これからどうなさるの?」

そうだなあ、と夫婦は顔を見合わせて
「まずは都に行って比留女に、西に行って宇奈利にも会いたい。ウズメから話を聞かされて、諸国を巡って旅したくなった。ま、俺は7年前に死んだことにしてるし死者がこれから何しようと、自由だ」

「と、いう訳で比奈。一族の事はあんたにまかせたから」とお気楽に娘の肩をぽん、と叩く両親に比奈は心底呆れかえって、

「…まだまだやり足りないことが一杯おありのようで」と皮肉を言うとその通り!と笑った夫妻は村に降りて旅支度をすると仲良く手をつなぎ合って葛城の村から出立し、終わりの無い旅に出た。

時代はもう、和銅元年(708年)になっていた。

後記
小角とウズメの過去編、終わり。次回から2013に戻ります。























































































































































この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?