電波戦隊スイハンジャー#40

第三章・電波さんがゆく、グリーン正嗣の踏絵

時は光のように3

2日後の金曜日の放課後、3年2組の生徒、安藤裕美、林芽衣子、平井みちるは

担任の七城正嗣に呼び出しを喰らった。


「君たちが呼び出された理由は、分かるね?」


誰も居ない教室で、紺色のジャージ姿の正嗣が3人に相対する。


裕美、芽衣子、みちるは、不安そうにそれぞれの目を探り合っていた。


ねえ、やっぱりこんな結果になっちまったよ。ユミは調子に乗りすぎたんだ。


みちるが半ば裕美を責めるような目で見た。


気弱な性格のみちるを裕美はきろっと睨み付ける。


うるさい、言いなりになるテメェも悪いんだ。パシリの愚民じゃねぇか。


3人が3人とも、自分たちがやった所業は棚に上げて、睨み合う。


自分たちにかかる「罰」に怯える子供。


いつもは穏やかな表情のマサは、北の大陸の永久凍土のような厳然とした表情で怒っている。


「先生を見なさい!君たちはいま、叱られてるんだよ」


腹からのしっかりした声で、正嗣が一喝した。


3人はマサがこんなに大きな声が出せるのか、と驚き、肩をすくめた。


マサが座る机の前には、レポート用紙の束がある。


「昨日、君たちが犯したいじめの実態調査を行いました。全校生徒54人のアンケートによると、直接間接に被害を受けたのは26人。


脅し取った金額は…48万6千円。これは、犯罪だよ。警察に届けてもいいくらいだ」


警察…!


みちるの体がひとりでに震えた。


芽衣子がうっ、と声を詰まらせる。

「あたしたちは、ユミに逆らえなかったんだ…やな奴だし、友達とも思っちゃいない。

けど、逆らったらお父さんの工務店が一発でつぶれると思って…」


芽衣子の言葉に裕美の神妙さを装った顔が強張った。


「林、お父さんの会社の心配は、おまえの思い込みだ。

従わない選択はお前にも平井にもできたはずだ。先生は3人とも同罪だと思う」


相変わらずマサは怖い顔をしている。


ああ、やっぱりこの人に、言い訳は通用しない。


芽衣子とみちるがうつむく中で、裕美だけが悪びれた風もなく、薄ら笑いを浮かべて正嗣を見ていた。


うるさい、いじめを受ける弱者が悪いんだ。


狩野や級長の光彦以外、抵抗できなかったじゃねえかよ!


抵抗しない奴なんて、クズだ。


クズをどうこうしたって何が悪い?


見て見ぬふりしていた先公も、


担任のくせにいじめを見抜けなかったマサも、


大人はみんな大したことねえ奴らじゃねぇかよ。



裕美と見つめ合う形になった正嗣は、化粧を取って傲慢な正体を現した教え子を、実に哀れんだ目で見た。


「職員会議と保護者会で決定した君たちへの処分を、今から言い渡す。


まず、いじめの被害者への謝罪をすること。


被害金額は、君たちのご両親から返してもらうこと。


そして、夏休み期間スマホの没収、GPS付きお子様ケータイにすること、君たち3人のメールやlineでのやりとりは禁止。


最後に、9月末日まで、君たち3人だけ別の教室で授業を受けること。以上だ」


「あ、あんまりじゃね!?夏休みじゅう監視されんの?」


と金切り声を上げたのは芽衣子だった。


「マサ…」


「先生と呼びなさい。君たちはいま、叱られてるんだ」


震える唇での裕美のつぶやきを、正嗣は遮った。


「つらいと思うか?3年間、いじめを受けた生徒たちはもっともっと辛かったんだぞ。それでも耐えていたんだぞ」


パパが、と裕美は用意していたセリフを口にした。


「あたしのパパが、『そんなこと』許すと思う?あんたがセクハラしたってパパに言いつけてやる。あんたも深水もクビだよ」


教え子の脅迫を正嗣はさらりと流した。


「ただし、処分に従わなかった場合は、君たちは警察のお世話になる。


なあ安藤…お前のお父さんから、ゆうべ承諾をいただいたんだよ。


安藤だけではない、平井、林。君たちのご両親全員の承諾と署名を、いただいてるんだよ」


正嗣は3枚の同意書を、裕美、芽衣子、みちるの前に広げてみせた。


確かに、見覚えのある、両親の筆跡と、捺印。


マサは、本気の本気だ…!


「安藤裕一。パパの字だ…」


裕美が、がっくりと肩を落とした。


どうあがいても太刀打ちできない大人がいることを、未熟な少女達は、この時初めて思い知らされたのだった。



時は遡って2日前、水曜日の夜。


聡介の部屋のスライド書棚を開けた先には、空間がひずんだ次元ワープの入口があった。


「おまえらのテレポートと理論は同じだ。いちいち驚くなよ」


先に聡介が入り、続いて悟、正嗣の順にゲートをくぐった。


白く眩しく輝く空間に、3人は立っていた。


壁面も床も柱も、大理石で出来た美術館か図書館の入口のようであった。


所々に、ダ・ヴィンチやラファエロの絵画が飾られている。


BGMはモーツァルトのピアノ協奏曲21番第2章「短くも美しく燃え」が流れていた。


やはり大理石で出来たカウンターの奥には、高さ数十メートル(てっぺんは見えない)の書架が何百、何千と並んでいるのが見えるから、図書館か?



書架の間では、大勢のこてんしがぱぴーん、ぱぴーん!と忙しそうに動き回っている。


受付カウンターで居眠りしている若者を、聡介は軽く小突いて起こした。


「おいラジー、仕事しろよ」


「ぱ、ぱぴぃ!?」


ラジーと呼ばれた青年は、びくん、と起き上がった。口元のよだれを慌ててハンカチでぬぐう。


「ああ、そ、そーすけ」


夜のとばりの色をした床まで届く長髪が、銀ラメをまぶしたように輝いた。


やはり髪と同じ色の瞳をした、中性的な顔の青年であった。


ワイシャツにネクタイ。公務員必須アイテムの黒いアームカバーを両腕にはめている。


右腕には「司書」と印字された腕章をはめている。


「そーすけ、お友達を連れてくるのは初めてでしねー」


からかうように司書の青年は言った。


「うるさいよ…紹介しよう、大天使ラジエルだ」


「お初にお目にかかりましー♪」


ラジエルはななめ45度におじぎした。同時にだらりと長髪が垂れる。


ええーっ、この人も「天使」なのー?外人の学芸員にしか見えないー!


と言いたそうな顔で、悟と正嗣はラジエルに会釈した。


「勝沼悟です」


「七城正嗣です…」


「ああ、ボンボンのブルーと坊主のグリーンでしね。そしてグリーンは、生徒のいじめ問題をかかえている…」


当然そうにラジエルは答えた。悟と正嗣はぎょっと顔を見合わせた。


「ラジエルは何でも知っている。というより、知らないことはない」


居眠りで少しむくんだ顔の天使を見て聡介が言った。


しみじみと、こんな奴がねぇ。というような目で。



大天使ラジエル…正嗣は学生時代、文献で調べた彼の役割をやっと思い出した。


ラジエルは、宇宙の全てを記録する天使じゃないか!


「じゃあここって、アカシックレコード!!宇宙の全記憶を保管するっていう…」


「最近のニューエイジはそう呼んでましね。


エドガー・ケイシーが、見た夢からネタバレした時は焦りましたでしけどね」


ぱっぴっぴ、とラジエルは笑った。


エドガー・ケイシーはアカシックレコードが見せる夢にのめり込み、命をすり減らした…


大天使の罰ではないか?正嗣の背中に、氷を入れられたような冷たさが走った。


「ようこそ、『よろずや図書館』へ…ここには真実のみがあります」


ラジエルは指揮者が演奏後にするような、芝居がかったおじぎをした。


また、豊かな髪が銀色に光った。


ラジエルはにへにへ笑いながら「TATSUYAカードはございましかー?」と聡介に聞いた。


「ここ、Tポイント付くんだ…」悟が絶句した。


「分かってるくせにいちいち聞くんだよなー。ほい」


聡介は財布からTカードを取り出してラジエルに渡した。


「で、今回は誰の、どんな映像記録がご入り用でしか?」


ほら、と聡介が正嗣を小突いた。


「あ。安藤裕美、林芽衣子、平井みちるの、中学入学時からの記録、です」


カウンターに置かれた小さい呼び鈴を右手に掲げ、ラジエルは高らかに告げた。


ちりーんちりーん☆


「オーダー!安藤裕美、林芽衣子、平井みちるの、中学時代の映像記録っ!」


「イエス、アークエンジェル、ラジエル!」


書架の間にいたこてんし達がその場で静止し、びしっ!と敬礼した。


「ここはビストロスマップかー!?」


悟と正嗣が叫んだ。


「まずは『いじめと恐喝の証拠映像』ゲットして、親に真実を見せることだべよ」


と「悪」智慧の神、少彦名こと松五郎は言った。


「そして、さもコンビニやスーパーの防犯カメラで撮影したように、映像に細工するべ」


ラジエルから借りたUSBからロードした、いじめ現場の映像を、聡介がMacのibookで器用に加工する。テレビ局の編集さんも舌を巻く速さだ。


「よし、『証拠』いっちょ上がり!」


「さすがドクター。映像加工ソフト使い慣れてるべなー」


松五郎のお褒めの言葉に聡介は照れて灰色の頭を掻いた。


「カンファレンスや学会で患部のCG画像使うからなー。院生時代に教授にこき使われて散々やったよ…

ほら、このスーパーの物陰から撮影したように角度をズラした工夫。リアルだろ?」


「おめえさんも悪知恵に長けてるようだの…せ・ん・せ・い。過去にどんなやんちゃしてきた?」

乙ちゃんが意地悪く笑ったのを、聡介はしれっと無視した。


「野上聡介特別編集映像・45分」DVDを見ていた悟は、何か苦いものを飲み下したよう嫌な顔をしながら言った。


「このいじめの実態は…ひどい。暴行に恐喝。被害生徒を『貧民で愚民』と罵る精神的暴力…


これが中3の子供のすることか?

親はどんな育て方した?僕だったらこのまま警察に届けるよ」


まあまあ、と松五郎は悟の怒気をなだめた。


「この映像を親に見せる場面では『役者』が必要だべ。サトル、明日の夜は暇か?」


「経営者だから時間は作れるよ」


「聡介先生は?」


「俺も?」聡介は芯から意外!という風に驚いた。


「明日は日勤で夜は空いてるけど…なんで?」


「まあまあ、明日が楽しみだべ、な。3人とも、もう寝れ」


時計を見ると、もう夜の12時を過ぎていた。


松五郎は心の底から楽しそうににやり、と笑った。



コイツ、絶対敵に回したくない…!と聡介。悟、正嗣の3人は思った。


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