電波戦隊スイハンジャー#91

第六章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行

惑星調査員ウリエルの現地報告2

この国の中には、古(いにしえ)の日本を再現した「夢の国」があるらしい。

読者の諸君、私の名は大天使ウリエル。

地球の中では「破壊天使」などと不名誉な呼ばれ方をしているが、この際旧約聖書で得た微小な知識などはかなぐり捨てて欲しい。

伝説の中に事実など、ほとんど書き残さないのが人間という生き物なのだ。

私の主な活動は、星の破壊。「気に入らねえ」と思ったら壊していい権限を私は持っている。

何が悪い。元々私は燭天使、神の代行者だったのだ。

実は約1200年前、私は堕落しきった地球の人間どもを一掃するためにこの惑星を爆(や)りにきたのだが、調停に来られた日の本の女神、ウカ様の美しいお姿を拝見して…

初めて私は「上」の命令を拒否した。

結果大天使にまで降格、元々宇宙の流刑星だったこの星で30年謹慎したために「堕天使」と呼ばれるようになった。カソリックでは私はハブられているらしいな。まあいいか。

降格した事に別に不満はない。多少は責任から解放されて前より自由に仕事が出来る。

だが、ひとつだけ言わせてもらえば、体もメンタルも永遠の16才の直属上司、ミカエル坊やが私を最低でも1000光年先の星雲にわざと派遣させてウカ様から出来るだけ離そうとしている魂胆が、見え見えなのが気に喰わない。

…上司の悪口をネット小説で吐露するのは見苦しいのでよそう。

さて諸君、この宇宙にひずみを起こしかねない「事件」は、地球時間2013年8月8日の夜に起こった。

その時私はたった2000光年先のM20星雲、いわゆる三裂星雲で星の破壊活動をしていた。

三裂星雲についてはハッブル望遠鏡のサイトで調べるように。

「うわぁ、あの綺麗な赤色の爆発はウリエルさんの頑張りなのね」と思ってくれたら、私も仕事のやり甲斐がある。

地球の日本国にだけ棲息する超知的生命体スクナビコナの長であるスミノエの

もう手詰まりだべー!助けてけれー!!!

という彼の角からのテレパシーを受け取ったのだ。

実はスクナビコナの角は「宇宙の智慧」と直接交信できるアンテナなのである。

あのスミノエのSOSなら只事ではない!と作業を中断した私は光速超えで地球に降り立ち…見てしまったのだ。

半分昆虫と化した姿の少女が放った光子爆弾レベルのエネルギーを、変身したわが友野上聡介が力任せに抑えつけているのを!

まさか素手で抑えるとは、高天原族恐るべし…!と驚嘆している場合ではなかった。

私のトールハンマー攻撃によるエネルギーの相殺があと2.5秒遅ければ、この惑星は次元のひずみに飲まれ灰塵と化していたであろう。

私の機転は見事大成功し、ミュラー邸の半壊だけで済んだのは喜ばしいことではないか。

少女が重傷を負い手術を受ける結果にはなったが、空海医療団の処置は完璧だったと聞いたし、聡介は高天原族形態なら自力で傷を癒せるし。

屋敷の修復もちびスクナビコナが請け負ってくれたし。いやはや見事な魔法であった。

むしろ少女の祖父で屋敷の主クラウス・フォン・ミュラーは「よくやってくれた、ウリエルはん」と私に感謝するべきなのに…

2日後の朝、傷が癒えた少女榎本葉子を抱きかかえて送り届けた玄関先で

「おどれはここの敷居をまたぐんやない」

と指差し冷たく言われた私の傷心がいかほどのものか、読者の諸君は分かってくれるだろうか?

「Why?」

ぬけぬけとその単語を使いやがって、こいつは…!とマエストロの思考がいやでも私の前頭葉に流れ込んでくる。

ただ、孫娘をよこせ、と両手を広げて受け取る無言のジェスチャー。私と極力目を合わせないようにしている。

「あのね、ウリエルさん」と夫人の上條孝子が夫の複雑な心中を端的に説明してくれた。

「葉子と私たちを救ってくれたのは主人も本当は感謝してるのよ。

でもね、せっかく手に入れたマイホームを吹っ飛ばした張本人の顔をまともに見たくない主人の心中も察してあげて下さいね…繊細な70代だったら心臓発作起こしてたかもよ」

マエストロは心臓に毛の生えた70代の部類らしい。

「すまぬ、地球外勤務が多いもので私は人間の気持ちに疎い所があるのだ…」

夫人のいたく気を遣った説明に感謝しながら私は眠る葉子をマエストロに渡した。

「榎本葉子は体重45キロジャスト。果たして寝室まで運べるのかな?ご老体」

「余計なお世話や!」

沸騰しすぎて蓋が弾け飛んだ薬缶のような勢いでマエストロは叫んだ。

また私は余計な事を言ったようである…

「だってしょうがないじゃない。あなたは宇宙人。宇宙神?かしら。とってもとーっても浮世離れした人なんだから。年寄りってね、天邪鬼な生き物なのよ」

久しぶりの京都の厳しい夏で食欲が落ちた私は、ウカ様がこしらえて下さった遅い朝食、宮崎県の郷土料理「冷や汁」(例えていうなら冷たい猫まんま?)を

駆けつけ三杯平らげた後でミュラーの対応について愚痴をこぼしていた私をウカ様はやんわりとフォローして下さった。

「あら食欲あるじゃない。単なる暑気あたりだったみたいね」食後に麦茶を出してくれたウカ様は安心したようであった。

「うむ、エネルギー補給で回復した。どうですか、久しぶりに『でぇと』でも行きませんか?貴船にでも行って涼もうじゃありませんか」

うむ、貴船で川床料理も乙であるな。あそこは涼しいを通り越して肌寒いから鍋にしよう。そうしよう。

「そうねぇ、貴船参りもいいんだけど、今日はテーマパークに行きません?」

「は?」

テーマパークとは子供が遊ぶ遊園地の事であろう?

列に並ぶのが大っ嫌いで「順番待ちするくらいなら予約をお取り!」とアントワネットな発言なさっていたウカ様が?

「旅行ならやっぱり鎌倉か金沢よねー」とのたまう渋好みのウカ様が?

どういう心境の変化か。という私の反応にウカ様は少し後ろめたそうな上目遣いで一枚の薄型クリスタルカードを私の手に握らせた。

古代ルーン語で浮かび上がる文字の内容を要約すると…

緊急指令、地球時間8月10日、本日11時よりテーマパーク『東京伝統ランド』に潜入し、豊葦原族の子孫、都城琢磨の観察、調査をすること。

尚カモフラージュとしてパートナー同伴を許可する。入場チケットとアトラクションのチケットは経費で持つ。以上。
大天使ミカエル

半分仕事、半分「でぇと」の今日の予定は決まっていたのだ…

「私もたまには雰囲気変えてテーマパークもいっか、って引き受けちゃった…西陣織の帯買って貰っちゃったし」

報酬はすでに先払いされていた。私の唯一の弱点ウカ様から懐柔し、断る隙も与えないミカエル。…悪魔のような天使め。

そして話は冒頭の「夢の国があるらしい」に戻る。

一旦受理した任務は完遂するのがウリエルの主義である。

東京伝統ランドに着いたウリエルは潜入捜査がバレないように

「本日は扮装割引がござりまするぞ!」という案内係の薦めるまま幕末に暴れまくった組織、新撰組の『鬼の副長セット』に変装する事にした。

腰の刀はスポーツチャンバラ用のスポンジ製である。

ウカノミタマは珍しく白いワンピース姿。「やだぁ!本当に江戸時代の街みたいじゃなーい、懐かしいー」とパンフレット片手にきゃっきゃ騒いでいる。

「つまり私たちは、都城琢磨と小岩井きららを尾行、観察するだけでよいのか?なにか若いカップルの『でぇと』を覗くようで気が進まぬ…」

ミカの奴、一体何が目的なのだ?

「まあ今日は経費で遊んでいきましょうよ。どーせ何も起こりゃしないって」そう言ってウカノミタマはウリエルの手を引いておよそ10メートル先を歩く琢磨ときららの後を付いて行った…

2時間後、店員が全て坊さんコスプレの美男子というのが人気の

「さとりカフェ・sin-zei」で席に付いた琢磨はやっと鞍馬天狗の頭巾をはぎ取るようにして脱いだ。

「やっぱりクソ暑い真夏の戸外で和装なんてするもんじゃないですね…」と出されたお冷を一気飲みする。

「琢磨さん汗ダラダラですよー、でも我慢してキャラになりきるっていうのがここの魅力なんですねー…和風なハロウィンみたいな感じ?あ、ボーイさん、じゃなくてお坊さーん」

ときららは作務衣姿の若い店員を呼び止め、本日の精進ランチと食後にアイス抹茶くまモンラテアートを二人分注文した。

「お客様、梵字ラテアートもございますが…」近くで見ると店員は本当に頭を剃っているのが分かる。コスプレの完成度が高すぎる、すげえ!と琢磨は思った。

「あ、くまモンでいーですぅ、ここってカクテルも出すんですね」

「はい、女性のお客様にはこの『沙羅双樹』が人気ですよ。旬の桃のジュースを使ったカクテルです」

「あ、なんかおいしそう…昼間だけど、一杯だけならいいですか?琢磨さん」

きららは「全部僕がおごります!」と宣言した琢磨にちら、と気を遣うような目線を送った。

だっていくら琢磨さんが官僚とはいえ「入省3年目ならまだ手取りは少ない筈だから、調子に乗っておねだりし過ぎないようにね」とバイト先の社長の勝沼さんに注意されていたからだ。

沙羅双樹480円、と琢磨は達筆な筆字で書かれたメニュー表の値段を確認して「オッケーです、休日だし僕はこの『蒸気船』にしようかな」

蒸気船380円(中身はただのハイボールです)、八百屋お七(ブラッディマリーです)、思春期(ファジー・ネーブルです)

と書かれているのが店主の奥ゆかしさを感じてしまう。かしこまりました、と店員が去ると二人は、アトラクションではしゃぎまくった疲れが急に押し寄せて来る。

二人ともぐだぁっとテーブルに両肘ついて頭を乗せてしまった。

「あー、『村上水軍の秘宝』楽しかったですねー。急に海戦モードになるんだものー」

「織田軍の鉄甲船が押し寄せて来たのは迫力でしたねー、思わず脳内ダース・ベーダーのテーマが流れてきましたよ。次に行った『倒錯の国の桃姫』は乙女チックでしたね」

「早飛脚さんが『てーへんだてーへんだー!』と走るのを付いて行った先に、あんな世界があるなんて!リピーターになりそうですぅ」

「気に入ってくれましたか?きららさん」

もちろん!と本気でうなずいてくれたきららの汗ばんだ笑顔を眩しく見て、ああ、僕は本当にこの子が好きなんだなあ…と実感せずにはいられなかった。

だけど、これ以上突き進んではいけない、本当に大事にしたい人だから。と思う自分もいる。

僕の「秘密」をこの人に見せてはいけない…それは野上先生のような分かりやすい変身能力ではなくて、もっと深い心の…

「ねえご飯食べたら、メインアトラクションの『ご落胤義時さまと悪の関白』に行きませんか?」

きららの明るい口調がうっかり翳りそうになる琢磨の心を「今の楽しい時間」の引き戻してくれた。

「そうですねっ、腹ごしらえしたら思いっきり楽しまないとねっ、でもその前に…」

25才という年齢の割には童顔の琢磨の可愛い笑顔と、次の瞬間彼が起こした行動は、まったく正反対のものであった。

琢磨は着流しの懐からシャープペンシルを取り出した。そしてダーツの矢のように右手の人差し指と中指で挟んで、カウンター席に座っている背に「誠」の文字を入れた陣羽織の男の頭めがけてひゅっ、と飛ばしたのだ!

さらに驚いたのは、カウンター席の男は背を向けたままこれまた左手の二本指でシャープペンシルをはしっ!受け取りそのまま指の力だけで琢磨の顔に向けて投げ返した。

右目の眼球5センチ手前で琢磨はシャープペンシルを二本指で受け止めた。やはり琢磨は笑顔のままだった。

「…バレバレなんですよね。NBAクラスの長身の外人は、テーマパークでコスプレしてても目立つんだよ。プライベートまで監視されて僕は気分が悪い。ウリエルさん」

カウンターからのっそり立ち上がった長身の外人の男は羽織袴にサングラス。一見歴史の国ニッポンを楽しみに来た観光客だが…薪が燃える時の美しい炎の色をした髪は、確かにおとといの夜に地上に降り立った大天使のものだった。

「流石だな、豊葦原族都城琢磨よ。だが自分から喧嘩を仕掛けるとは随分短気だな。その性格は戦隊に波紋を起こすぞ」

ウリエルは口では琢磨に説教しているが、内心はやれ嬉しや!豊葦原族と腕試しが出来るとは。とワクワクしていた。ここはいっちょう遊んでやるか。

「天然理心流、土方歳三」

「我流、鞍馬天狗…」

ウリエルと琢磨は自然な動作でスポーツチャンバラ用の刀を抜いて正面に構えていた。

と、とよあしはら?何?その少数民族みたいな響き。琢磨さんのご先祖のことかしら。

ウリエルと琢磨のガン飛ばし合いはまさに一触即発、喧嘩上等な雰囲気であるが、周りの客は「ああ、幕末乱闘イベントが始まった」と思ってあまり気にしていない様子。

中には「鞍馬天狗vs外人土方超ウケるんですけど」とこっそりツィッター投稿する女性客もいた。

「羽根付いた奴っていっつも上から目線なんだな、気に入らない。野上先生もよくこんなのと暮らしてるよ。あんたは先生が好きみたいだけど、やっぱり高天原族だからか?」

タカマノハラ…あれ、どっかで聞いた事あるよーな。確か日本の昔話じゃなかったっけ?

きららはこのままじゃ殺し合いになる!と直観した。とにかく二人に刀を収めてもらわないと!でもあたし、止められるかしら?

「あーあ、始まった始まった。ねえマスター、今個室空いてるかしら?この二人は公衆の面前でトップシークレットの重要単語ポロリしちゃう位おバカなのよ」

ウカノミタマにマスターと呼ばれた僧形の青年は「本当にそうですね」と渋い顔で答えた次の瞬間ぎょろりとした目をさらに見開いて

「喝!(かーっ)」

と店内の客が全員静止する程大きな声で叫んだ。

数秒の静寂の後で咎めるような客の視線を浴びてマスターは涼しい顔で話を始めた。

「はいはい、人という者は今のように大きい音や声で動きが止まってしまうものなんです。これは、人間がヒトに進化する前のお猿さんだった頃からの習性、

つまりは防衛本能なんですな。わざと人の注目を集めるのには一番効果的なんです。そちらさんの馬鹿な喧嘩を止めるのにもね」

緊張から一変、マスターの冗談で場が和んで店内でくすくす笑いが起こっている。

「ここは癒しと悟りと安らぎの坊主カフェ。幕末のお方も一旦停戦して個室へどうぞ」

マスターはよく通る声で言うと合掌して一礼した。ウリエルと琢磨は一気に闘争本能が萎えてしまった。要するに坊さんに叱られて逆ギレする奴はあまりいないって事だ。

琢磨は場を収めてくれたマスターだけが柿色の着物姿だということに気づいた。

「柿色の衣は、修験者と忍びの装束、そして真言僧の衣…マスターは本物の僧侶?」

琢磨ときらら、ウリエルとウカノミタマ。2組の男女は店の奥の座敷に通された。

窓から小さな坪庭が見える。築石と砂利で作られたミニ枯山水を見ているとさっきまでささくれ立っていた気持ちが自然と静まって来るのを琢磨は感じた。

実は琢磨は最初からウリエルペアの尾行に気づいていた。が、一体何が目的なのか分からないし、尾行している側も本気でアトラクションを愉しんでいるっぽいし。何よりも自分がきららとの時間を愉しみたかったから。

機会をみて自分から仕掛けるか、と琢磨は思っていたのだ。結果成功し、こうして天使と女神のカップルを密談の場に持ち込んだのである。

「このカフェの店員は半分以上が本物の僧侶よ。宗派は色々、天台宗だったり、禅宗だったり。大抵は寺の次男か三男がバイトで来てるわねー。

拓ちゃんが言う通り、マスターは本物の真言僧よ。私の古いお友達、真済(しんぜい)さん、空海の愛弟子の一人よ」

真済は空海十大弟子の一人で空海の詩文集「性霊集」を編纂し、真言宗で初めて僧官最高位の僧正に任ぜられた。別名、柿本紀僧正《かきのもとのきのそうじょう》。

まーた実体を持った幽霊坊主が出て来たよ、さとりカフェなんてふざけた名前付けちゃってさ、空海さん知ってるのか?と琢磨は醒めた反応であった。

「さっき話に出てたトヨアシハラ族とタカマノハラ族ってなんですか?琢磨さんって何かの少数民族?」

本日の精進ランチをぱくつきながらきららが無邪気に直球な質問をした。

「まあ少数っていえば少数ですねぇ…きららさん古事記って聞いた事ある?」

「日本史の授業でちょっとだけ。日本の国造りを神様がやったったおとぎ話ですよね、このなんちゃって鰻かまぼこ美味しいー」

「あの話に登場する神々たちは、ほとんどが実在した人間がモデルなんだよ。僕の先祖は天岩戸を開けたアメノタヂカラオと言われている」

「え、琢磨さん有名人の子孫?」

「そこから先は私に話させてくれないか」

精進ランチでけでは物足りないウリエルは追加でオムライスを注文してから話を切り出した。

「一昨夜の戦いからもう立ち直って遊園地で遊ぶとは、若さとはいいものだな…さて、お主らもあまり真相を知らされないまま化け物たちと戦い続けるのは腑に落ちないであろう?」

そりゃそーですよ!と琢磨ときららはほぼ同時に箸を置いてウリエルに詰め寄った。

「天上の国、高天原から神々が降りたち日の本を治めたという伝書、古事記。

あれは竹取物語と同じく異星人が地球のこの国に降り立った記録の書だ。

高天原とは宇宙そのものを差す」

時は今。オトヒコ様、とうとう貴方の蒔いた胤、豊葦原族都城琢磨に真相を話す時が来ましたぞ…

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