電波戦隊スイハンジャー#41
第三章・電波さんがゆく、グリーン正嗣の踏絵
時は光のように4
気前がよくて二枚目で
チョイとやくざな遠山ざくら
御存知長屋の金さんに
惚れない奴は悪人(ワル)だけさ
オッと金さんまかせたよ~、まかせたよ~♪
7月19日の夜、週末バー「グラン・クリュ」
下町古民家の1階を改装し、外人観光客をターゲットにしたチープかつお洒落なバーの店内に、
雰囲気ぶち壊しの江戸っ子の香りぷんぷんの唄が、響き渡る。
大昔の時代劇「遠山の金さん」初代中村梅之助バージョンの主題歌を唄っているのは、
シルバーエンゼルこと野上聡介である。
別に彼は、上機嫌で酔っている訳ではない。彼はおちょこ1杯で酔いつぶれるほど酒に弱いので、
聡介が長崎の学会の折に立ち寄った喫茶店で覚えたリクエストドリンク、
「カルコーク」をちびちびすすっていた。
ちなみにカルコークとは、カルピスをコーラで割った、非常に甘ったるい飲み物である。
この男がどんだけ甘いもん好きか、容易に推察できるであろう。
カウンターごしでシェイカーを振っているバーテン勝沼悟はさっきからこめかみをぴくぴくさせていた。
野上先生…その唄、とても気になります。
というか、普通の歌唱力なら聞き流せますが、
フレディ・マーキュリー並みの声と歌唱力だから、他のお客さんめっちゃ聴き入っているじゃないですか!!
隣でつまみ作っている隆文くんが笑いこらえてるじゃないか!!
「あ、あのー…その唄なんですか?野上先生」
隣の席でたまりかねた琢磨が、聡介のワンピースキャラのチョッパーTシャツの袖をつついた。
「え、知んねえの?梅之助の金さん。中村梅之助は、中村梅雀のお父さんだぞ」
「僕が知ってる金さん、ギリギリ松方弘樹です…
ってーか、お茶目な主題歌ですねー。
野上先生、まだ30なのに妙に古い時代劇好きですよねー」
「じーちゃんが時代劇好きでさー、坂妻とかー市川雷蔵とかー大川橋蔵とかさー、ビデオ録画した再放送の時代劇ドラマ見て育った訳、あ、梅之助の神髄知りたかったら
『伝七捕物帳』のDVD完パケ貸すぞ」
この人完パケ持ってんだ…。
下手したら「鬼平」の完パケ持ってそうだな。
(事実、聡介は『鬼平犯科帖』のDVD完パケを持っていた)
「…気が向いたら借ります、って、きららさんまで唄ってる!ひこちゃんまで!?」
「おっと、金さん名調子ー名調子ぃー♪」
「めいちょうしー♪にゃー」
琢磨の右隣では、カシスオレンジでほろ酔いになったきららがあと10日で夏休みだぞー!とうかれながら歌っていた。
ひこは調子に乗って、箸で小皿を叩く始末である。
ほーれ、馬刺し出来たべー。と支配人の柴垣さんが、熊本在住の聡介と正嗣に、馬刺しの皿を差し出した。
うわぁお!と熊本県人コンビは嬉しく叫んだ。
馬刺しは高価なんで、肥後っ子でもしょっちゅうは食えないお御馳走である。
「これは僕のおごり。今回1番頑張った2人だからね。ドリンクも今夜はフリーでいいよ」
ヒーロー戦隊スイハンジャーのブルー兼スポンサー(要は金づる)悟は、嬉しい事があると、めちゃくちゃ気前がよくなる。
さすがは飲料メーカー最大手、勝沼酒造の御曹司である。
白岳しろゴールドを飲んでいた正嗣は、手放しで喜べない、というような、神妙な顔をしている。
「正嗣、お前、これでよかったのか、とかまだうだうだ考えてんだろ?お前はできる限りの事をしたんだ」
「そうですよ、あとはあの子たち次第ですよ」
聡介の言葉に、悟も賛同した。
「まあ、そうですけどね…」
正嗣は、馬刺しをひときれ口に入れて、うまっ!と呟いた。
「ところで、なして冒頭がマニアック時代劇ノリなんだべか?」
オイルサーディンの乗ったピザの皿を差し出しながら、隆文は聡介に聞いた。
熱いピザにかじりつき、くっくっくっ、と聡介は思いだし笑いしながら、昨夜の出来事を話し始める。
「だってさー、昨夜のいじめっ子達んちに家庭訪問した時、完全に時代劇オチだったもん…」
昨夜、大天使ラジエルから借りた映像記録から編集した
「野上聡介特別編集、いじめの実態45分」DVDを見た林芽衣子と平井みちるの両親たちは、愕然とした顔で、
「育て方ば間違っとった…いや、仕事にかまけて、全然子供を見守ってなかった…七城先生、ご指導ばお願いします」
と、正嗣が出した懲罰措置の同意書にサインした。
「あとは、いじめのボス、安藤裕美の父親、県会議員の安藤裕一。こいつが難物だったよ…」
正嗣、悟、聡介の3人は、さすがは国政に出ようとする勢いのある、県会議員の実家ともいうべき豪邸の応接室に通されて、大きな革張りのソファに並んで座った。
室内の壁にはどこやらの団体の感謝状が飾られていて、棚の上にはゴルフ大会のトロフィーとか、マホガニー製の馬の彫像とか、ロイヤルコペンハーゲンの深青色の皿とかが並んでいる。
「まさに成金の応接室だ、センスのかけらもねぇな」
と聡介が揶揄するのを正嗣が慌てて止めた、が、悟も
「ええ、美しくない」
とばっさり県会議員のセンスを斬り捨てた。
「勝沼さんまで!」
いきなり来訪してきた青年たちの、不調法極まる毒舌を軽く聞き流しながら、県会議員安藤裕一、46才は、テレビや選挙で見せるにこやかなロマンスグレイといった雰囲気は全く出さずに、DVDプレーヤーで娘の所業を、表情の無い顔で眺めていた。
コイツ、娘のえげつない正体を前に、顔色ひとつ変えねえな…。
聡介は安藤議員の顔を怪訝そうに見た。
「詳細は分かったよ…で、いくら欲しいんだね?」
青年たちは、はあ?という顔を露骨にしてみせた。
「安藤さん、私が求めているのはそんな事じゃありません」
「いきなりカネの話かよ。安藤議員、あんたやっぱりクソだな」
正嗣が訴えている所に聡介が割って入った。
ふてぶてしい光を灰色の瞳に放って議員を睨みつける。
この外人の若者、大した胆力だな、と安藤議員は思った。それとも私の「力」を知らないだけか?
「正直この映像が他に知られると、私の地位がかなり危なくなるのでね。言い値で買い取らせていただくよ」
「僕達が求めているのは金銭じゃなくて、お嬢さんの悔悛なのですが…」
悟が、片眉をぎっと吊り上げて安藤議員を見た。彼にしては珍しく激しく怒っている。
「何だね?若僧が。私の口利き一つで、県の企業の流通を変えられるのだぞ。提案を聞き入れないというなら、七城先生はクビだ。貧乏寺の住職にでもなるがいい」
「ほらな、正嗣。議員せんせーから『爆弾』投げやがったよ」
聡介が正嗣の肩に手を置いた。こっちも爆弾投げようぜ、という合図だ。
「えー、安藤せんせー。俺達の真ん中にいるこのスカしたポールスミス野郎は、何百億積まれても動かねえよ」
「野上先生、ポールスミス野郎は余計だ…」
安藤議員は吸い込まれるように、向かいのソファの中央の、長身の青年を見た。
どこかで見た事が…数年前、財界のトップが集まるパーティーにいたような。
悟がずば抜けた長身なので、印象に残っていた。
「紹介しましょう。彼は勝沼酒造社長の次男の、勝沼悟さんです」
どうも、と悟は眼鏡のフレームをずり上げた。
げぇっ!と安藤議員は内心、内臓中に鳥肌が立つような畏怖の感情に襲われた。
「正直な所、僕達は一銭のカネも求めちゃいないんだ。安藤議員、といったね。いち地方の議員ごときが、この『勝沼』の僕を買おうと言うのかい?
…そうだ。あなたの選挙区にある勝沼ビール工場、あそこには有権者さん達が大勢勤めているね。さあて、どうしようかなあ、どうしようかなあ…」
悟が煙草をくわえて、ジッポライターで火をつけてふかして見せた。わざと、安藤議員の顔に煙が当たるように。
「逆に私を脅す気か!?ふ、ふん!娘が警察に届けられても、私の力で揉み消すっ!県警の人事だって口を出せる私だぞっ!ぐ、愚民がっ!」
「安藤の罵り言葉『愚民』は、あなたの口癖だったのか…子供は親の背中を見るとですね…」
これが、権力者の下卑た正体か…こんな人物が親になって子を育て、国政に出ようとしているのか…正嗣の胸中をいくつもの失望が襲った。
「ですってよ、聞こえましたか?」
聡介がシャツの胸ポケットからiphoneを取り出し、電話の相手に語り掛けた。
「おう、よーう聞こえたぞ。聡介ぇ」
iphoneから、野太い男の声がした。
「な、何だ?さっきからこの無礼な外人は!電話の相手は誰だ?」
安藤議員は聡介からiphoneを取り上げ、誰だ?誰だ?と冷静さを欠いた声で怒鳴りつけた。
数秒後、安藤議員が血の気の失せた顔で立ち尽くした。マンガで真っ白になったジョーみたいだな、と聡介は思った。
「本宮県警本部長…!!」
いつから、いつから会話を聞いていたんだ?
「安藤裕一、せんせい」
熊本県警本部長、本宮史規《もとみやちかのり》は諭すような、叱るような口調で電話の相手に語った。
「私はあなたの『下』にいるつもりはないし、思ってもいない。いいかね、私たちが仕えてるのは警察にとっては守るべき人々、
議員にとっては、票を入れてくださった、有権者の皆さん
…つまり名もなき人々だと私は思っている。
私たちは、市民や県民の雇われ者なんだよ。さっきから話聞いとると、あんたは子供の過ちを正そうともせず、権力を濫用しようとした」
本宮本部長は、肚《はら》に力を入れてすうっ、と息を吸い、一気に思いの丈を吐き出した。
「私の目の黒い内は、いかなる政治の不正も、権力の不当な行使も見逃さんっ、覚えとけ!!以上」
震える手で安藤議員は聡介にiphoneを返した。
「もしもし本部長、時間を取らせてすいません」
「よかよか、面白い会話だった。それより聡介、県警の連中がお前の稽古、厳しすぎると不平を言っとったぞ」
「そんな根性で県民を守れるのか?ときつく叱ってやってください」
ははははは!!と本宮本部長はいかにも九州男児らしく豪快に笑った。
今度一緒に稽古しような、と言って本部長は電話を切った。
「本部長も合気道7段だからなー、あの人との稽古はいつも真剣勝負だよ…」
ぼやく聡介を尻目に、悟は懲罰措置の同意書と筆記具をてきぱきとテーブルの上に並べた。
「書いてくれますよね?」
ソファに座り込んだ安藤裕一は、こくっと幼児のように頷いた。
「妻にも、書かせます…。あの、娘が言うことを聞いたら、警察には届けませんよね…?」
さっきとは態度が一転している。
「それはまず父親のあなたが、娘さんに言って聞かせるべきでしょうが…」
悟が、なに?この大人は。といった、心底呆れた口調で安藤裕一に言って聞かせた。
「ああ、ひとついい事聞かせましょうか?」
瞳に意地悪そうな粒子を含んで、聡介が続けた。
「政治家が摘発されるきっかけのほとんどは、秘書や部下からの内部告発なんです。
部下からの人望が無い奴ほど失脚するんですよ。
さあて、あんたは部下から好かれているのかな?嫌われているのかな…?
あんたは談合疑惑とか黒い噂のある人だが…」
言葉はえげつないが、ハリウッド俳優ばりの涼しげな美貌で聡介は出されたアイスコーヒーをすする。
「ほんとうに、次の選挙が楽しみですよ」
煙草を灰皿に押しつけて、悟が締めくくった。
「何だべ、それ?まるで水戸黄門と遠山の金さんを掛けたみたいな展開じゃねーべか!?」
話を聞いた隆文は、度胆を抜かれた顔で聡介を見た。
「ぜーんぶ、小人の松五郎の描いたシナリオだぜ…まったくとんでもない智慧の神だよ。俺達はスミノエこと少彦名神の松五郎に従って動いていただけ、さ」
最後の「爆弾」、本宮県警本部長が聡介の祖父、鉄太郎の合気道の直弟子で、聡介にとっては兄弟子であることを知っていた上での作戦である。
「一つ不平を言いたいのは、僕の立ち位置が黄門様か、悪代官か分からない所なんだよねー」
と悟が呟いた。
キャスト的には、聡介=助さん、正嗣=格さん、本宮本部長=遠山の金さん。
だろーが、勝沼さんは黄門様と悪代官のダブルキャストだべ。と隆文は思った。
3枚目の同意書を手に安藤邸を後にした3人の青年は、夏の羽虫が集まる街灯の下で話し合った。
「最後は、いじめっ子達が本当に反省するか、だな。正嗣、人の歪んだ心は医学でも正すのは難しいぜ」
どうするよ?という目で聡介は正嗣を見た。
「私はあの子たちに、『大人の顔した強者』でなく、『1人の人間』として語り掛けます」
「そうだべ、神の力借りずに人事を尽くせ。まーくん」
正嗣の手のひらの上で、松五郎は励ますように言った。
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