電波戦隊スイハンジャー#65
第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘
ミレニアムベイビーズ6
「聡介先生ー、沙智さんがおじや作ってくれたよー」
ん、何や…?こぽこぽこぽ。
「光彦、ご苦労…って、土鍋いっぱい作ったのか!?5,6人前じゃないか、作り過ぎ!」
聞き覚えのある声や…こないだお大師のオペした時に…
「どーせ大人数いるんだから患者さん以外の人も食べてくれるんじゃないの?だってさ。土鍋どっか置かせてよー」
「じゃ、テーブルの真ん中開けましぃ」
どんがらがっしゃん。
「ラファエル、てめーテーブルの上整理しとけっていつも言ってるだろーが!あーもう、外国の医学雑誌や論文でぐちゃぐちゃ…」
「まあまあ、研究機関が極秘にしてる論文も見せてるでしょ?winwinってーことで」
そのダブルピースサイン、なんか気に食わねえ。
と聡介はんの心の声が前頭葉のあたりから流れる。
ここはもしかして、聡介はんの治療室?全身を包む微細なゆらぎが肌に心地よい。
まるでとろけるぐらいの気持ちよさや。はるか昔、自分はこのような所で眠っていたような気がするんだが。
「どっこいしょ…っと、沙智さんが、『卵入れちゃったけどお坊さんにはNGだったかな?』だって」
「作る前に聞いてくれよ…姉貴はいつもそーなんだ。嫁入り先でお姑さんと揉めなきゃいいんだが」
いや、お大師はラクトベジタリアンです。卵と牛乳OKです。適度なタンパク質は必要です。
と泰範は言おうとし、口を開いたが、生温い液体が、鼻腔に口中に強制的に流入してくる!
8月3日夜7時3分、空海の弟子泰範は覚醒してかっきり両目を開いた。
桜色のインクを溶かしたような液体の中に自分が寝かされているのに気づくと、内側からばんばんカプセルの蓋を叩いた。
これは危機的状況に対する正常な防衛本能である。
ぴーっ、と泰範を入れたカプセルからアラーム音が鳴った。
「お、心拍数、血圧、アドレナリン上昇。目を覚ましたな」
聡介の顔と灰色の髪が透明な蓋ごしに歪んで見える。あれ?息が…苦しくない。ああそうや。高濃度酸素の羊水にわしは浸かってるんやった。前ここで研修受けたんやった。
「一時的なパニック状態、っと。液体の中で目ぇ覚ましたら誰でもそうや。たいはーん、最初はわしもパニくったでー」
こんこん、と軽く蓋を叩く指に、相変わらずお気楽そうな笑顔。
お大師、ああご無事で!あの怨霊を成敗なさったのだな。ほんまよかった…
「カプセル内の羊水を排液しまーし。ぽちっとな」
医聖、大天使ラファエルがカプセルの排水ボタンを押すと、数秒で泰範の周りの液体の水位が下がり、壁面から滅菌温水のシャワー、続いて肌を乾燥させるための温風を浴びる。自分を覆っていたカプセルの蓋が開くと泰範は、すっと半身起き上がった。
白襦袢姿のお大師、Tシャツに白衣を引っかけた聡介はん。緑色の髪の外人、ラファエルはんは濃紺のオペ着姿。それと、光彦くん。
急に強烈な違和感が胸からせり上がり、鼻腔胸腔口腔内の全てから、ほんのり塩味のする羊水を泰範は吐き出した。
「うおっえっえっええええ…」
絞り出す苦しみの後に来る、最初の自発呼吸。鼻孔にミントの香りの空気が入る。なんて爽快感や。
ああ、この感じは!
「よし、顔面と全身の熱傷は完全治癒してるな。だが、過労で余計に眠ってたけど…泰範さん、気分はどうだい?」
ふんどし一丁でカプセルから出てきた泰範の両目から、涙が溢れていた。
「なんか、母親の腹から生まれ出たような感じでしたわ」
同時に自分とよく似た若い女性の顔が脳裏に浮かんだ。
あれは私の母なのか?
親の顔も覚えてない自分は幼い頃から仏門に入れられ、同郷の近江国出身の最澄師匠に育てられたようなもんやった…
自分にとって家族とは、師匠、円澄はん、他の仏弟子たち。僧侶の世界しか泰範は知らなかった。
は、は、う、え…泰範はもう一度、声に出さずに形の良い唇だけでその言葉をなぞった。喉の奥から形容しがたい感情が溢れ、嗚咽する。
嗚咽し切った後、泰範は急に冷静になった。
んんっ!?
なんか自分の周りの人たち、お大師以外全員顔真っ赤にしてはる。
どないしたんや。あれ、壁ぎわにまで下がって。変なお人ら。
「ちょっと泰範さん、ふんどし姿で近寄るな!」
聡介はんが思春期の少年のように照れて手でこっち制してはる。あ、可愛いな。
「うわあ…泰範さん福山ばりの、いやそれ以上の美坊主…オレ、ドキドキしてる?オレの初恋の相手坊さんなの!?」
思春期真っ只中の光彦くんが震えている。やっぱり可愛い。
「ワタシ、心の性別は『男』なんでしけど、きゅんきゅんしていましー!」
心の性別って、肉体の性別どないなっとるねん?大天使はややこしや。でも、キレイやな。
あ。
「はい、眼鏡かけなはれや」
お大師が、新しい伊達メガネを渡してくれた。そやったそやった。
わしのこの面(おもて)、どんな男はんも『男狂い』させてまうんやった。
泰範は眼鏡をかけて自分の「魔性の美貌」を隠すとばつが悪そうに顎を掻いた…。
「BLって、坊主ラブの略なのか?」
エンゼルクリニック院長、野上聡介は、あながち間違ってないが実に手前勝手な解釈をした。
「てな訳で、泰範はこの美しすぎる面(おもて)で最澄はんはじめ比叡山の僧たちを愛憎渦巻く『昼ドラ地獄状態』にしくさってな、わしの元に逃げ込んで来たっちゅーことや」
空海は平然と、眼鏡で美貌5割抑えした愛弟子の肩を気安く叩いた。
「正嗣はんにはカミングアウトしたけど、(第2章・電波さんがゆく参照)私元々ガチゲイなんで。
私のこの、男もおなごも引き寄せる魔性の顔面に動じなかったのは空海阿闍梨だけなのでこの方の下に走り、ほんとーに、心安らかに修行できましたぁー…」
「うんだって、わしの方があんたよりええ男やと思ってるし」
と空海はこともなげに言った。
「泰範のこと『天台の教え極めたいい人材』以上に思うてへんし。僧同士のビジネスライクな大人の関係で割り切ってるし」
それでもオフィスラブみたいに聞こえるのは俺だけなのだろうか?
大人の関係って言葉いやらしいよなー。と聡介はコーヒーすすりながらぼんやり思った。
それにしても、と光彦は聡介の肘をつついた。
「まさか、聡介先生のお姉さんがこの隠し診療所の存在も、大天使たちの存在も知ってて平然としてる方がオドロキなんだけどね」
「バレないと思ってたんだよ。普段は天使たちは、人間には見えない幽霊みたいな存在だし、この場所も俺以外のDNAの人間にとってはただのスライド書棚だ…
だけど4年前のある日、俺が大学の研究室から帰って書棚開くと…」
聡介の2つ上で国文学者の沙智が、診察室のチェアーに腰掛けて涼しい顔で三島由紀夫の「金閣寺」を読んでいた。
プラチナブロンドの髪に、すみれ色の瞳。まさに「読書する女」が絵になる光景。沙智の母はフランス人で聡介とは異母姉弟である。
「溝口(主人公の名)って稚拙な男ねー…あ、お帰り」
本借りてるから、とよっ、と文庫本の火焔が描かれた表紙を掲げて見せる。姉と談笑していたのだろう、金髪金目の見た目16歳少年の大天使ミカエルが、聡介と目が合うとびくっ!と顔を引き攣らせた。
「ここの道具、下手に触ったら帰れなくなりそうな予感したんで触ってないわよ」
「うん、正解。っちゅーか、なんで入れたんだよ!」とノリツッコミした俺はまだ27歳、まだ若々しかったなあ。
「て、手引きした訳じゃないよ!なぜかこの人普通に入って来たんだからっ。お道具に勝手に振れられたら困るんで…仕方なく社会見学させてあげたんでしぃ…」
「いーのよミカちゃん。野上家の人間は、少しの変な事も動じないんだから。
全員規格外の変人ファミリーなんだから。でもスライド棚開けたら隠し持ってるエマニエル夫人3部作じゃなくてこの部屋が出てきた時は驚いたけど」
まさか俺のエロDVD増えてる事、バレてないよな?とゆー事だけをあの時俺は心配していた。
「じゃあ、この金髪ガキの正体も?」
「うん大天使ミカエルちゃん、羽根も触らせてもらった。ふかふかー」
ミカエルの愛らしいてへぺろが、実に苦々しく思えた…。
こーして俺の最大の秘密「大天使どもと秘密の部屋」があっさりサチ姉にバレて受容されてしまった
のである。
今や大天使ガブリエル(唯一心の性別は女性)とサチ姉は一緒にランチも楽しむ「女子友」である。
「後で分かったんだが、入室のセキュリティプログラムに不備があって、俺のDNA認証でしか入れない所を…
『俺の3親等以内なら入れるDNA認証』になってたんだ!姉貴は2親等、入れてトーゼンだよな…ある大天使のポカミスでさー。しかも、そいつしかプログラムソース治せねーんだもん」
「その大天使にすぐ直してもらえばいーじゃん」
と無邪気な意見を言ったのは、見た目13才のインド風少年、薬師如来ルリオである。
長い黒髪を編み込みにして束ね、ハイビスカス柄のアロハシャツ。ひとり沖縄旅行気分なファッションなんで、診療室で凄く浮いている。
いくらセキュリティを整えたところで、それは人間用。こうして「人間でない存在」は、出入り自由なユルーい部屋なのである。
「ってーかさー、真魚(空海の幼名)、泰範さん、普段は幽霊なくせに、戦って怪我した時だけ実体持ってここに治療受けに来るなんてあまりにも都合よくね?
ボクもいち医者として聡介の代わりのツッコむけどさー」
見た目は子供、でも中身は地球より年上の56億歳のルリオが凄むとそれなりに迫力がある。
「…だってしょうがないよなあ、魂だって、癒されたいんだもの」
「演技」と分かる空海の疲れ切った表情はルリオには通じなかった。
「はぁ?みつをさんに謝れよ。おととい真魚らがバトルやらかしたせいで、いま東寺は、証拠が残ってないボヤ騒ぎで大騒ぎになってんだからね!ボクの管轄の寺で暴れてくれやがってさー、ああん?」
ちなみに東寺のご本尊は薬師如来である。
おらおらおら!とルリオは空海にデコピンの連打を浴びせた。
「白毫(びゃくごう)が痛い!」
子供にからまれて泣きそうな僧侶。これではカツアゲである。
「普段つけてねーくせに!ついでに脳の手術もしたろかぁ?怨霊取り逃がしやがって!」
「お大師、えぇーっ逃がしたんでっか?」
泰範がおじやを食べる手を止め、驚愕と失望の混ざった目でわが師を見つめた。
「怨霊の正体が、事態がわしらの予想をはるかに超えていた。真雅に命じて隠(オニ)を動かすようにした」
「正体って何だよ?オニって?」
もー訳が分からん!と言う風に、聡介が投げ捨てるように言うと、空海は表情を強張らせて押し黙った。
「ちょっと待ってよ空海さん。あんたがそんなにシリアスな顔するの初めて見たよ。やめろ。不吉な予感がする」
「野上一族は、勘が強おすなぁ」
「一族?なあ空海さん、あんたもしかしてじいちゃんと俺の事も…」
2人の緊迫した会話を邪魔したのは、うわあーと感嘆に満ちた少女の声である。
ルリオの後ろからスライド棚を開けて入ってきたのは2人の少女、1人は聡介の3親等目。
「菜緒?」
年齢は光彦より下、中1ぐらいだろうか。灰色の髪と瞳をした少女が連れの長い黒髪の少女を連れて室内をじろじろ見まわしている。
「聡介。なにこの隠し部屋?坊さんに外人さんに、色んな人いるね。あれ?」
聡介の姪、野上菜緒が光彦と目が合った。光彦は菜緒の意志の強そうな瞳に吸い込まれた。
「フツーの男子もおるやん。中学生?」
可愛い。すごく可愛い。どうしよう?聡介先生によく似てるけど。
「あー、いま家庭教師してやってる受験生、藤崎光彦くんだ」
あぁ…どいつもこいつも入って来やがって。
聡介はめんどくさそうに姪っ子に光彦を紹介した。
「光彦…とっぽい光彦くん」菜緒は少し、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
可愛い。聡介先生に似て性格悪そうだけど。え、これって初恋?
「2人とも可愛いでしょ?ボクがナンパしたんだ。ちょうど東寺に遊びに来ててさ。聡介と天使たち。こっちの黒髪ハーフ顔の子が患者だよ」
ルリオに背中を押されてひゃあっ!と榎本葉子は奇声を上げた。
「憧れの祥次郎サマと生き写し」の聡介の顔を前に、葉子は過剰にどぎまぎしていた。
ひゃあー、実物5センチ前っ!髪も、輪郭も、甘い口元も、嗚呼、なんて惚れ惚れする顔(かんばせ)…
あれ?でも祥次郎サマこんなに目つき悪かったっけ?
「そうなんや、最近葉子ちゃん情緒不安定でな」
「おいおい15歳以下は小児科医の担当だぜー、年齢は?」
「じゅ、12歳…」
「単に生理前なんでねーの?」
聡介の目つきや口調に険があったのは、寝不足が原因なんだが。
初対面の子供にこのドクハラっつーか、セクハラ?このおっさん…葉子の胸の奥で、何かが爆ぜた。
聡介の目の前で葉子の姿が消えた。
え?次の瞬間に聡介の腰背部が攻撃された。たかが12歳の子供の蹴りだが、腰痛持ちの聡介にとってそこは「急所」だった。
電撃のような痛みが聡介の腰から脳天にまで突き抜けた。
あだーっ!車に轢かれたカエルのような恰好で聡介は床に倒れ込んだ。
「聡介だっさ」頭上からルリオが冷淡な一言を浴びせた。
「おいルリオ…いまこの子テレポートしたぞ…」
じいちゃん以外にこの俺を地に伏したのはこのガキが初めてだ。ちくしょう。
「そうだよ。榎本葉子、真性の超能力者。普通の医者にはとても診せられなくてね」
おい、そこのおっさん!とルリオの隣で怒り狂った葉子が聡介の顔を指さして喚いた。
「生理どころか初潮もまだ始まってへんわ!失礼なおっさんやな。聴こえとんのかおっさん?」
30過ぎたから呼ばれる覚悟はしていたが、5秒に3回のおっさん呼ばわりは精神的にキツイ。
惜しいなあ、あと10年すればどえらい美人になりそうなのに…
聡介は腰痛でくらみそうな視界で葉子の顔を見ながら思った。
「聡介先生…か、関西女子ってこんなに怖いの?」あまりの光景に光彦は涙声。
「泣くな光彦。まずは、ラファ、まずは俺の腰の応急処置…」
TKO負け。相手は12歳女子。おっさん呼ばわり。
武道家として成人男子としての聡介のプライドはズダボロだった。
女の子って、分からねえ…。
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