電波戦隊スイハンジャー#59

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

豊穣の女神5


プラトンの嘆き。

それが倒すべき秘密結社の名前。

荘厳で、格調高い響きすら感じる名前である。悪辣な行為を続けているにも関わらず。


すき焼き鍋の中で肉と野菜がぐつぐつと煮え、うまそうな匂いが部屋中に立ち込めた。


「いま、サキュパスの細胞を松五郎と一緒に分析中だ。あの小人夫婦は俺の研究室に詰めてる」


と聡介が口を開いた。道理で、あのはしこくしぶとい「乙ちゃんと松五郎」を見ない訳だ。


松五郎の正体は知性の神、少彦名すくなびこな、本名はスミノエなのだが。


他のメンバー全員は思い出す。


地中に深く食い込む大鎌。その柄を切り取られた子供の両手首だけが握っていて、雨が降りかかる光景を。


サキュパスの両手を切り落としたのは、シルバー聡介自身なのだ。


医師として人を助ける仕事をしていながら、戦いの時は「それはそれ。やらなきゃやられる」と冷徹にチャンネルを変えられる男なのだろう、と正嗣は思った。


初めて出会った時は縄文杉の下の暗闇で、お互いの顔も分からずに語り合った。

喋り方で気のいい青年だと思った。

俺の仕事は、嘘つきです。

あの時言った聡介の言葉の真意が、いまやっと理解できた。

心と行動が大きく矛盾しているのだ。この男は。

「細胞内に葉緑体を持つ、超能力を持つヒトと植物のキメラ生命体

…生理的年齢は13才。

分かっているのは今の所それぐらい。ノーベル賞レベルの学者たちより科学力が高いぜ。

俺が恐い、と思ったのは、敵さん達の目的が分からないってこと。

だって、その科学力でウイルスばら撒きゃ人類を滅ぼせるじゃねえか。

たぶん資金も潤沢にあるぜ。目的は別の所にあるんじゃねえか?」


「ぼくときららさんが、オレオレ詐欺集団のアジトで敵を倒した後です」

と琢磨がきららのほうを見やってきららのうん、という承認のうなずきを得て話を続けた。


「アジトの金庫には、現金の束が山ほど、無造作に突っ込まれてました。

…まるでゴミみたいにです。それで被害者たちに現金が還って来ると思いますが…僕みたいな事件の素人でも普通、だまし取った現金は上部組織…

やくざ、マフィア、シャドーバンキングにとかに上納するって思うんです。野上先生の言う通り、カネが目的じゃないのかもしれない」

僕は、と琢磨は言葉を切り、しばらくの沈黙の後に呟いた。

「詐欺集団に化けた怪物たちよりも、金がゴミみたいに転がっているという光景の方が、恐かったんです。僕達には」

若僧の感性に過ぎませんがね、と琢磨は卵液に浸したすき焼きの近江牛を豪快に頬張った。

場の雰囲気を切り替えようとしたのだろう。

そろそろ白ごはん下さいよ、と仲居さんにわざと大きい声で注文を付けた。

「出来れば中どんぶりで」


「若いなあ、僕は小食なのに」

と悟は珍しく笑顔を見せた。本当に九条ネギや、豆腐、小さな肉しか取っていない。

「若者に若い、と言うのはおっさんの始まりですよ」

「ぬかせ、ひよこ色め」

言い返したのは、メンバーで唯一30越えした聡介だった。ひよこ色、と聞いてきららがぷーっと吹き出した。

「イエローですよ、先生。おっさん故のシルバーなんですかねー、ぎっくり腰経験あるー?」

「年長者敬えよ。このバ○ボンマーク。あれは痛いんだ」

あ、経験あるんだ。と隆文は贅肉と縁のない聡介の腰まわりを眺めた。おらも稲刈りの時には気を付けよう。


「スーツは新調する予定なんで。もうバカ○ンとは言わせませんよ。ウカノミタマ様から約束取り付けたんだから。ね?」


琢磨は念を押すように可愛い笑顔で、取り箸で次々に具材を入れる件の女神に話を振った。


男っていつまでも子供ね。


ウカノミタマは醒めた目で二人のやり取りを見ながら琢磨にはいはい、と頷いて見せた。


「あ、蓮太郎ちゃんのパワースーツは完成しだいウズメに届けさせるから」


腑に落ちないわ!と取り皿を置いて蓮太郎は叫んだ。

「話を聞いてあんたたちがネットや都市伝説で噂のヒーロー戦隊やってるって事は分かったわよ…

神戸港で不良どもを成敗したのは聡ちゃんだって…だからって、なんであたしがヒーローなの?

よりによって…ピンクですってぇ!?あたしに断る権利はないのぉ?」


スイハンジャーのそれぞれが、自分がヒーローにさせられた当時の記憶を思い起こして時間にして1分ちかく遠い目になっていた。


ある者は松五郎の投げ縄に捕まり、


ある者は松五郎夫婦から喜んでしゃもじを受け取り、


ある者は押しかけ僧侶に土下座をされた。


そしてある者はウズメに誘惑されそうになり、現場に踏み込んで来た彼女の夫にボコボコにされた挙句、「バカ○ンマークのヒーロー」に変身させられた。


ある者は旅先から帰ったら可愛い女の子がついて来ていて、その保護者の神からしゃもじを押しつけられた。


そして、ある者は5年前に「行き倒れの小さな天使」を拾った事で他の天使たちに家に押しかけられ、200年後の医学を叩き込まれた。


「たぶん…ない」


全員の口からほぼ同時に、同じ言葉が出た。


「もう人間を超えた存在から頼まれているんだ、諦めろ」


聡介は幼馴染の華奢な肩を、ぽん、と叩いた。


「やだー!!!ピンクバタフライって絶対イロモノキャラじゃないっ」


「もちろんアナ○イと森○恵さんの許可は取っていません」


ウカノミタマがどーでもいい説明をした。


それぞれ腹が満たされるまで食べて喋って、どれだけ時間が経ったのだろうか。


悟はいつの間のかひとり山梨の実家にある温室の、葡萄の老木の下に居た。


腕時計を見ると8時15分だった。ああ、本当に時間も空間も関係ない「異界」にいたのだ。


老木の下にはいつもの小さな道祖神。悟は前まで来てしゃがんで、手を合わせながら心で道祖神に語り掛けた。


ねえ、お稲荷さん。今夜は壮行会のつもりで僕達を集めたんでしょう?

僕達が戦う敵って、そんなにネットワークが広くて根深くて、恐いんですねえ。

僕はあの部屋で言い忘れた話があるんです。

闇カジノのスタッフの右手には、花の刺青があったんです。

僕はそれがアザミだって、すぐ気づきました。


アザミの花言葉は「復讐」。


僕達の敵は一体、何にどうやって復讐するつもりですかねえ…


「サトルさん」とやわらかい聞き覚えのある声がした。婚約者の真理子が悟の顔を覗き込んでいた。


「夜に道祖神参りだなんて珍しいですわね」

「君は、残業?」白衣姿の真理子を見て悟は立ち上がった。


「ええ、野上先生の細胞検査の結果が出たんで…やっぱり普通の健康な成人男性でしたわ」


「そりゃ一般細胞診だね。細胞小器官単位で引き続き検査を頼む」


「科学的根拠のない『勘』なんですが、何も出てこないような気がします…」


真理子は自信なさげにかぶりを振った。この人のこの癖は、子供の頃から変わってないなあ、と悟は思う。


「君がそう思うの?」


優秀な君が?と言おうとした時、不意に、


なるようになるさ。という言葉が心に浮かんだ…いや。



「為せば成る 為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」

「誰の言葉でしたっけ?」

きょとん、と真理子は首を傾げた。この人の瞳は、相変わらず葡萄の粒に似ている。

「米沢藩主、上杉鷹山さ。なんだか赤ワインが飲みたくなったよ。付き合ってくれないか?」


ついさっきまで異質な体験をした興奮のためか、悟はしみじみと飲みたい気分になり、真理子の手を掴むと引っ張るように大股に歩きだした。


成るように、しなきゃいけないんだ僕達は。それが「実現」という稲荷の本質なのだから。


この人が手を繋いでくれるのは中学生の頃以来だ、という事を真理子は思い出しかなり照れながら悟と歩いた。


さわさわさわ…


この空気は覚えがあるぞ。古い石と苔の香り。


そうだ。稲荷神社での用事を終えたら寄ろうと思っていた椿守寺の境内だ。


深緑の椿の枝が、ぬるい風でざわめいている。正嗣は目を開き、お土産の菓子折りが入っている紙袋をぶら下げているのを確認した。


正嗣は母屋のインターホンを押した。


「マサ兄さん?」玄関が開き、父方の従兄弟である椿勲の驚いた顔が目の前にあった。


目を見開いたようでも細いままの目。この子は自分にそっくりだなあ、と正嗣はしみじみ思った。


「なんか微妙な時間に来たなあ。食事はしたの?」


「外で食べてきた。勲、お前の好きな不思議ばなしがあるぞ」


「はい?」


「さっきまで伏見のお稲荷さんに会っててな」


マサ兄さん冗談言うタイプじゃないのに…


勲は狐につままれたような顔をした。



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