電波戦隊スイハンジャー#116
第七章・東京、笑って!きららホワイト
PrincessKAGUYA2
今ではもう昔のことになるが
竹取の翁という者が都の外れの山中で様々な竹細工を拵えて暮らしていた。
翁の名は讃岐の造といった。
ある日、いつものように竹林に入ると一筋の銀色に光る竹を翁は見つけた。
まあまあなんでオマエ竹の中に入れたんだよ!って言いたい気持ちすごくよく分かる。
私ツクヨミ王子の特殊能力は形態変化。
その時は地球に降下したばかりで凄く疲れていてチョー眠かったもんで
身長13.5cmの小人形態にその身を変え、テキトーな青竹の中に休眠カプセルを拵えて体力の回復を待っていたの。
ほーけきょけきょけきょけきょ。
私は鶯の谷渡りが天空を通り過ぎるのを聴きながら
青竹の清々しい香りを嗅いで太平楽に眠っていた。まあ油断し切ってたのね。
いきなり頭上で
かっこーん!!!
とカプセルの頭部を鉈で水平に切られた時にはマジビックリ。
(縦に斬られて無くて運が良かったわ)
切り口の形をした春の晴れた空が真昼の満月みたいに私を照らしてたわ。そして、いかにも頑固おやじって面構えをしたじじいが
ぽかんと口を開けて私を覗き込んでいたわ。それが養父となる翁との出会いだった。
テンパった私は単衣の袖に隠しておいた小型端末クリスタルで、月基地にいる思惟に連絡を取ったわ。
(こちら調査員ツクヨミ。思惟、第一村人に発見されちゃったわ!どーしよう?)
(あっらー、油断して発光してたからですよ。翁の調査をします。
名前は讃岐の造、職業は竹職人で生理年齢68才。性格は温厚で人畜無害…様子を見ましょう)
な、なんと、竹の中に小さき娘が!
…これは天が子の無いわしに授かりものをくれたのか!?
(じじい泣いているわ。…何か都合のいい脳内転換しているみたい)
(王子、そのまま翁夫婦に持ってかれて庶民の住宅に潜入してください。好都合です)
そう、私の目的は地球の日の本の民の調査と観察だったの。
まあ現代なら民俗学者が他部族訪問する、的な?
私は丁寧に竹から取り出され、背負い籠のに入れられて鄙びた感じの翁の家に連れられて、媼引き合わされた。
あらまあ、なんと可愛らしい姫様なんでしょう!
朗らかで天真爛漫な媼の人柄を私は一目で気に入った。
いかにも。竹から生まれるという珍しき姫じゃ。何か人よりも貴き筋の方かもしれない…大事にお育て申し上げねば。
潜入成功、ラッキーだったけどこの時代の人は小人を拾ってなんにも疑わないのね。まさに、「平安人」だわ。
それからの私は老夫婦に大切に育てられたわ。
夫婦は銀髪銀目の異形の小人である私を伏籠に布を敷いて匿い、隠して育てた。
以外と食べ物には困らなかったの。主食は雑穀を炊いた粥に、副食は山菜と干し魚。
たまに山鳥が手に入って羹(あつもの=鍋料理)を戴いたこともあった。
翁は腕のいい職人だったんで仕事が途切れることは無かったからね。
一日に一寸ずつ育ち、半月で3歳児の大きさになった所で私は髪と瞳を黒くした。
「日本人」に化けたのよ。
やれ嬉しや、よくぞ病もせず育ってくれた。と夫婦が近隣の人たちに初めて私をお披露目したの。
その頃からだったわ。翁が竹林に入る度に竹の切り口から金の粒と色とりどりの衣が溢れだすようになった。
これは私がこっそり思惟に頼んで、
「おかねちょーだい」
と青竹をATM化してお金と衣装を現物支給してもらったものだけれど。
もう竹細工する必要もないほどの財を夫婦は手に入れたんだけど…翁は金一粒も手を付けなかった。
夜も更けて、寝たふりをする私の隣で夫婦は幾夜も話し合ったわ。
この衣は、貴人の姫が着るような美しいものばかり…媼よ、これはなよ竹のために使え、という天の思し召しではなかろうか?
いつまでもこの山中でお育て申し上げるのは罰が当たるような気がしてならぬ。
お前さまがそのようにおっしゃるのならば私は従うしかありませんが…
まさか、都へ移るおつもりなのですか?
雨の季節が過ぎて夏になり、私は十二才の娘の姿に成長していた。
「なよ竹…いえ、姫、都へ移りまするぞ」
梅雨晴れの青空の下で翁が牛車を従えて私を山から連れ出した。
どれほどの間牛車に揺られていたのか…
私が目を覚ますと人に溢れて埃っぽい都の通りに居たわ。
物売りの声や、屋敷の使用人らしき女が食糧を贖いに来たり。出仕を終えた役人が市場で酒を買って帰ったり。
牛車を物珍しげに覗き込もうとする子供が居たり…
私は故郷の高天原でも王宮で半ば閉じ込められて育った。
宇宙人類学者である私にとって人間は「観察」する対象でしかなかったけど、
この時初めて「人が人らしき営みをして生きている」図を見た気がした。
「やんごとなき姫君が外を覗こうとなされますな」
物見(小窓)から外を覗き見る私を、翁がたしなめた。
翁はこの頃私に対して、下僕のような態度を取るようになっていた。
急に大金を手に入れたヒトがあさましく変わり果てる様を私は何千年と見て来たけど
まさか私をあんなに大切に育ててくれた「父上」、貴方もですか?
と小さな絶望を抱いてしまったわ…。
「このような騒がしき場所は姫は初めてなのですから」と媼が夫に言い返したのにはすっとしたわ。
なんでも落ちぶれた公家が手放したのを、翁が買い入れ手直しした寝殿造りの屋敷の奥へと誘われ、
裳裾の上に鮮やかな文様の衣を着せられ、髪を結いあげて何処かの貴人の男が、私の腰ひもを結んだ。
裳着の式、いわゆる女子の成人式を私は体験した。
数日後、私は五十がらみの学者風の男に引き合わされた。
御室戸斎部(みむろどいんべ)の秋田、
というその男は大学寮で貴族の子弟たちに漢文を教える文章博士(もんじょうはかせ)という偉い学者だそうで、私の名付け親として屋敷に呼ばれたのだ。
しきたりとして顔を見せないと、と請われたので面倒だ、と思いつつもすぐに終わる事なので私と秋田を隔てた御簾を、急雇いの女房たちに上げさせた。
五十老の秋田の顔が私を見るや、みるみるとこの世のものでない人に対したかのように色を失っていった。
しまった、と私は思った。
私がすぐに袖で顔を隠したので気まずく長い沈黙で翁がそわそわし出した。
秋田は黙って長い間うつむいていてたまりかねて翁が声を掛けた。
「あの…何か、気分でも?」
いえ、と顔を上げた秋田の顔は、初恋知りそめし少年のように桜色に上気してるじゃないの!
「このように輝く美しさを持つ姫を、私は初めて知りました。なよ竹の…かぐや姫。そう名付けましょう」
私はこの時、銀髪銀目の「私の正体」を見られた!と勘違いして動揺してたけど、杞憂に終わったわ。
御酒と馳走を振舞われて上機嫌に秋田が帰った後で私は四方を几帳に囲まれた中で一人ほくそ笑んでいた。
鬱陶しいので白粉はとっとと落としていたわ。
かぐや姫…かぐや姫。うん、採用!
私の女性形態に相応しい名前だからよ。
でも京の都をひっくり返す騒動は、その翌朝から起こったの。
翁が血相変えて私の寝所に向かって声を掛けたわ。
「姫。一大事ですぞ!」
私は低血圧だからあと半時(一時間)はシカトしようと思ったけど…
どうも屋敷の塀の向こうから聞こえてくる嬌声や叫び声は、只事では無かった。
話いきなり現在に戻すけどさ、海外セレブの別荘に群がるパパラッチっているじゃない。
その30倍ぐらいの人だかりに屋敷が押し包まれたら、あんたどうする?
その様子を見たお付きの女の童、千鳥から聞いたんだけど塀のてっぺんに立って転落する者、
壁に穴を開けて侵入しようとする者、果ては、地下に穴を掘って夜侵入して私の顔を拝もうとする者までいて
とても護衛の男達の人手が足りない、っていうじゃない。
あ、夜男が女の寝所を訪ねる「夜這い」って言葉の語源は竹取物語のこのシーンからきたらしいんだけどー
そこは歴史学者に丸投げしましょ☆
私はすぐに気づいたわ。
秋田の野郎、自慢げに貴族のバカ息子どもに言いふらしやがったな!って。
これでは安心して眠る事も出来ない…と私は悩んだわ。
いつ何時寝込みを襲われるか分からないからね。
この時代、男女の結婚とはそうやって成立したものらしいけど…女に選択肢が無さすぎるのは腹が立つわね。
この時の私には、信頼できる人間が媼と千鳥しかいなかった。
六十半ばの老女と十の童では私を守れない。
3日後の昼過ぎかしら。一人の婦人が屋敷を訪ねて来たの。
年の頃は30代後半の、とある武家の妻女でこの間まで宮中に仕えていたという素性の確かさから翁はすぐに採用し、私に引き合わせたわ。
意志の強い眼差しを持ったその婦人は私と二人きりになるなりこう言ったの。
「名は、吉野とお呼びください。それだけで私の素性はお判りでしょう、『王子』」
…吉野は、全てを知っていた。
彼女は、騒ぎを知った猿田彦が私を護衛する為に遣わした「隠(オニ)」だったの。
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