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EP011. 小さな仕事も必ず誰かが見てくれてるよ

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「スキャン終わりました!」

紙の資料を複合機でスキャンする。

仕事自体はとってもシンプル。でも簡単そうで結構疲れる。
意外に体力仕事だと言うだけではない。まだ担当し始めてそんなに日が経ってないのに、ページをめくる人差し指の指紋が擦れて消えてきた。しかも擦れた部分が痛痒くて辛い。この仕事に指サックは不可欠だ。

「次、これお願いします。」

大きなファイルが次々と出てくる。
一つ終わると、また次のファイル。これの繰り返し。

「了解です!」

カラ元気を出して受け取ると、またスキャンを始める。

スキャンが終わった書類はチェック担当の同僚がチェックしてくれる。このチェックがまた大変で、スキャンしたPDFと実物を1ページ1ページ見比べないといけない。気の遠くなる作業だ。グラフや表が続くと、ページを飛ばしていても分からなくなる。もちろんページを飛ばしてしまうと再チェックでやり直し。時間と体力の大きなロスになる。

「ここと、ここに付箋を貼って…っと。」

チェック作業でページを飛ばし易そうな部分があると、私はPDFにはしおりを付けて、書類の同じ場所には付箋を貼っておく。少しでも同僚が再チェックすることにならないようにしておきたくて、自分で工夫していた。

「でも…、こんな細かいことをしても誰も気付かないんだろうな。」

最近よく思い悩む。

「この仕事って必要なのかな…。私ってこの職場に必要なのかな…。」

以前、私は経理部門で購買を担当していた。主な仕事は各部門の数字のコントロール。

簿記の資格を持っていたし、数字には強かったので自信があった。仕事は面白かったし、我ながら良い評価を得ていたと思う。

しかしある事件をきっかけに状況が一変する。

会社が他社を吸収した。
そして、吸収された会社の経理課長が、私のグループのリーダーとして配属されて来たのだ。

吸収や合併ではよく聞く話だし、それだけなら何も心配はなかったのだけど、残念なことに新しいリーダーとは相性が悪かった。衝突ばかりで、何か問題が起こる度に私の責任にされていた。

とっても辛かったけど、とっても悔しかったけど、弱音を吐いていると思われたくなくて上司には相談しなかった。なにより自分のメンタルの強さには自信があったから。

でも、結局1ヶ月と経たない内に、私は職場へ行けなくなってしまった。
3ヶ月の休職。ただただ悲しかった。

人との関わりが少なくて、シンプルで負荷が少ない仕事だからと、復職した時に与えられた仕事が今のスキャン業務だった。

でも、将来を考えると、とっても不安だ。

紙資料がなくなったらこの仕事はなくなる。
その時に自分の居場所はあるんだろうか?

ここに居る自分に価値はあるんだろうか。
このままこの仕事を続けていて良いのだろうか。

不安が嫌で、不安を感じないようにと目の前の作業に没頭するようにしていた。

「ちょっといいかい?」

上司に呼ばれた。

「何だろう。ミスしちゃったのかな。どうしよう…。」

まだ何も言われていないのに、どんどん不安が膨らんでいく。
今の上司は穏やかで物腰も柔らかな人なので不安に感じる必要はないはず。
まだ私の心は元に戻れていないのだろうか。

「これって君が貼っているのかい?」

私が貼った付箋を指さして上司は言ってきた。

「はい…。何か問題だったでしょうか…?」

「いや、実はね、君がスキャンを担当してくれるようになってから…」

何を言われるのかが怖い。

「後のチェック作業がとても速くなってね。担当の彼になぜチェックが速くなったのか聞いてみると、この付箋があるおかげでとっても楽になったって言うんだよ。」

「………」

「それでもしやと思って、君に尋ねてみたんだよ。やっぱり君だったんだね。優秀だし気が利くと聞いてはいたけど、本当だったんだね。」

「………」

何も答えられない。
涙が頬をつたっているのが分かった。

上司は黙ってその状況を見守っていてくれた。

しばらくして落ち着いた私はようやく声を出すことができた。

「すみません。とっても嬉しくて…。」

「良いんだよ。焦らなくても。」

「でも…、私の仕事なんて…、細かい仕事なんて…、誰も…、見てくれていないと…、思ってて…。私の仕事なんて…、本当に…、必要なのかなって…、最近思い…、悩んでて…。」

喋るとまた涙が溢れてくる。

「一つ覚えておくと良いよ…」

上司は何を咎めることなく、優しく続けてくれた。

「小さな仕事も必ず誰かが見てくれてるよ。必要のない仕事なんて何一つないんだからね。そして、もちろん君もこのチームの大切なメンバーなんだよ。」

「ありがとう…、ございます…。」

この職場にこれて良かった。
ここは私の居場所だ。
ここに居て良いんだ。

とめどなく溢れる涙が、私の心の不安を洗い流してくれているような気がした。

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