EP003. 無理しないでちゃんと食べるのよ
「ただいまー!」
実家を出てからもう20年になる。
色々あって5年前に離婚した。一度は実家に戻っていたんだけど、ちゃんと自立しなさいという母の言葉もあり、今は実家の隣り町に住んでいる。
でも週末はできるだけ実家に寄ってから帰る。
もちろん楽だからということもあるけど、老齢を向かえた母の様子を見に行くことが目的だ。
今日も急いで仕事を終わらせて実家に帰ってきた。
最近はなかなか友だちや同僚たちと食事にも行き辛くて、実家直行が多くなった。
「お母さん、調子はどう?」
母は少し膝が悪くて、時々足が痛む。足が痛むと、私がさすって痛みを紛らせてあげていた。
「今日は暖かかったからね、調子良いよ。気にかけてくれてありがとうね。」
優しい笑みを返してくれた。
母の笑顔は素敵だ。私は子供の頃から母の笑顔が大好き。私が悲しかったり辛い時に、いつも優しく包んでくれた自慢の笑顔だ。女手一つで育ててくれた母はとても厳しかったが、その分、笑顔が見られたときは本当に嬉しかった。
「あなたはどうなの?仕事は。」
昔からそうだ。母はいつも私のことを心配している。もう大人なんだから大丈夫って言ってるのに、一度も安心してくれない。私には子供がいないから分からないけど、よく耳にするように私の母もそういう生き物のようだ。
「もう、忙しくてさー。ほんと大変よ。人間関係も難しいし。それに、もう少し部下たちが自分で考えて動いてくれると楽なんだけど…」
その気はなかったのに愚痴ってしまった。
「あなたね、仕事があるってことはありがたいことなのよ。文句を言ってないで感謝しなさい!」
しまった。お説教が始まった。
甘えるとそうなると分かってるのに、母の笑顔を見ると子供に戻ってしまうんだろうか。ついつい甘えてしまう。
子供の頃から厳しく何度も聞かされていた「感謝が全てだ」という母のお説教は食事中ずっと続いた。
「そろそろ行くね。」
食事もいただいたし、母の様子も見られたから帰ることにした。
「最近は物騒だから駅まで送っていくよ。」
母は未だに一人で夜道を歩かせてくれない。私ももういい歳なのに、本当に心配性だ。
「駅まですぐだから良いよ。膝に障ると良くないし。」
母を一人で夜道を歩かせる方が心配。
「良いから黙って支度をしなさい。」
厳しくて心配性で頑固。言い出したら聞かないから従うしかない。
駅までは数分の距離。他愛のない話をしていると、もう駅の改札に着いた。
「じゃあ帰るね。また来週末に来るから、必要なものがあったらメッセージしておいてね。」
改札を抜けようとした時、私の肩越しに母の声が届いた。
「あんまり無理しないでちゃんと食べるのよ。」
「え?」
いつもは叱咤する母の声が、あまりにも細く心配そうで耳を疑った。
優しい口調で母は続けた。
「あなたは昔から頑張り過ぎるから。頑張るのは良いけど無理は禁物。ちゃんと食べてしっかり体力をつけるのよ。」
「お母さん…」
母は振り返ると、膝をかばいながらゆっくり家へと向かっていた。
街灯が母の後ろ姿を浮き上がらせていた。
母の愛が体中に染みわたる。
その感じがあまりに心地よくて、母の言葉を心の中で何度も何度も繰り返した。
「いつも心配掛けてごめんね。ありがとう。」
感謝の気持ちが、涙が、わーっと溢れ出してくるのが分かった。
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