好きな人に会えなくても普通に生きてる

今日は水曜日。
そろそろ今週末のタイミーの予定を入れていく。
田舎は本当に求人が少ないので、
前日や当日ではキャンセルが出ない限りほぼ求人がないのだ。
旅行でもイベントでもない日に1日オフなんていらない。
千円でも稼いで、少しでも遠征費の足しにしたい。


そんなわけで倉庫と食品工場の仕事を入れた。
不本意だ。どちらも全然行きたくない。金のためだけって感じだ。
本当は今週末は好きな人のいる工場に行きたかったのに。
募集が出ないんじゃどうしようもない。

ねぇわたし本当にもうあの彼には会えないの?

新しい人入ったんならとっとと辞めてくれねえかな!!!



月に数回でも、彼のいる工場に行くのは本当に楽しみだった。
日々遠征費を稼ぐだけのアラサーが、
王子様に会えるかもしれない日。

予定が入った時から何着て行こうかウキウキするし、
食事とかも気を遣うし、
前日にはパックやトリートメントをする。
当日は目覚ましが鳴る前に起きて、
またパックをして念入りに化粧をする。
服にホコリが付いていないかもよく確認して、
髪や身体に石けんの香りのする軽い香水も付けていく。
ついこないだまで当たり前のようにあったそんな日々はもう二度と戻って来ないのだろうか。


最近生理前で食欲が止まらず、
今週はめちゃくちゃ食べている。
不安のせいかお酒も結構飲んでいる。
そのせいで体重が遠征前より増えている。やばい。

なんか緊張感がないのだ。
あまり意識していなかったけれど、
今までは「週末は王子様のところに行くから」と無意識に節制していたのだろう。
今のわたしには気を遣う理由がないのだ。
なんてつまらない日々だろう。


それでも意外と普通に生きられるもんだなと感心する。
あんなに好きだった、いや今でも毎日彼のことを考えない日はないくらい大好きなのに。



わたしは好きな人に会えなくなっても、
他の仕事を探して普通に働いて生きていけるらしい。





20代後半の頃、
好きな人に会えなくなって鬱になった時も、
頭の中は死ぬことでいっぱいなのに、
現実のわたしは淡々と仕事をこなしていた。


当時は添乗員だったから、
愛想笑いや雑談もせずに事務的に仕事をこなしているだけでは客からクレームの嵐だったけれど、
仲の良い同僚や業務上仲良くしなければならないバスガイドさんやドライバーさんとは笑いながら普通に話していたはずだ。
毎晩毎晩泣かずには眠れず、
どこでどう死んでしまおうか考えて、
レクサプロを飲んでなんとか生きていたけれど、
きっとそんなふうには見えていなかったと思う。
食べないととてももたない仕事だったし、
風邪を引いても休めない職場だったので、
ご飯も普通に食べていた。
あの頃もわたしは自分では気づかなかっただけで、
きっと普通に生きていたのだ。


今日もチャラい男の子の職場に行くけれど、
ここも来月の募集は出ていないから、
あと5回で終わるのかもしれない。
初めて行った時、わたしを異性として見てくれた9歳年下の男の子。
彼にも来月は会えなくなるのだろうか。


そうなると来月からわたしは食品工場で白い作業着を着て髪をひっつめておばちゃん達に紛れて働くか、
カッコいい人のいない倉庫で重たい荷物を落とさないかハラハラしながら働くくらいしかないわけで。
先月は好きな人に会えたり好きじゃない人にちやほやされてちょっといい気になっていたけれど、
来月からはただのおばちゃんタイミーに戻るのだ。
わたしの魔法は切れた。
もしかしたら女としての賞味期限も切れたのかもしれない。
神様がくれた最後のささやかなモテ期だったのかもしれない。感謝。合掌。


それでもわたしは働かなければならない。
今週末のライブこそ諦めたけれど、
推しバンドは夏にまた遠方でライブをするようなことを言ったらしいし、
その前の振替公演だって行ってしまいそうな気もする。

推し活にはお金がいくらあっても足りないのだ。


だから暇な時に稼いでおかなければならない。
わたしが若くて可愛い女の子でも、
疲れた醜いおばちゃんでも、
お金がないと推しには会いに行けない。
逆に言えばババアでもお金があれば推しに会えるのだ。
現実の男性はそうはいかない。
縁なんてすぐに切れてしまうし、
人間の気持ちなんてすぐに変わってしまうから。


それでも今日もあそこは働きやすかった。
チャラい男の子が絶対にわたしとトラックに乗ろうとしないのがどうも気になるけれど、
他のおじさんと毎回乗っていたらなんか仲良くなってきた。
おじさんは勤続25年だからか副業に興味津々でタイミーのことをいろいろ聞いてくるし、
チャラい男の子は口が上手いので、
常連さんの方が教えなくていいから楽だと言ってくれる。
わたしはわたしで、
「ここはみんな優しいから来るのが全然苦じゃない」とニコニコしながら言う。
なんだこの優しい世界は。タイミーありがとう。


好きな人ともこんなふうに雑談ができたらよかったのに。
彼も「慣れてる人の方が楽だよ」とか「俺もタイミーやろうかな」なんて言うのかな。
あのいい声で。ああもう絶対好きになっちゃう!
明日の天気とか気温の話とかどこに住んでるのとかいろんな話ができたらいいのにな。
ふたりきりでなんて贅沢言わないからさ。

他の男の人と話せば話すほど、
彼だったら何て言うんだろう、
彼だったらどんな表情で話すんだろうと思ってしまう。
今日もきっと同じ区で働いているはずなのに、
駅の近くにある彼の工場と、
流通団地にある運送会社ではとても会うことはなくて、
わたしは気づけば運送会社の方に馴染んできている。
彼じゃない男の人と毎週毎週会って一緒に仕事をしてお喋りまでする。
本当に話したいのは彼なのになと思いながら。(失礼)

いつになったら、本命と話せる日が来るんだろう。
あと何回働けば、彼に会えるんだろう。
わからないけれど、わたしは働くしかないのだ。