八方美人が惚れている男

今日は1ヶ月ぶりに好きな人のいる工場へ。
新しい服を着てきてしまったので、
おそらく彼は休みだなと覚悟していたけれど、
彼はいたし無事にお目にかかることができた。


「髪、切ったのね。」



たぶんわたしがここ1年彼を見た中で一番短い。
美容師か理容師か知らんけどちょっと切りすぎだ。
あの子は妙に色気のある男だから、
ちょっと長めくらいがセクシーでカッコいいのに。
あれじゃまるで少年だ。
大人の男の色気を消してどうする。
ちゃんとカウンセリングしてくれ!
わたしが彼女なら怒る。
おかんでも怒る。


前回のこともあって、(過去記事参照
彼の近くには行かないと決めていた。
でも遠すぎてもあれなので、
あの辺に行こうかなと思っていたポジションに彼はわたしを送った。
そういうところは通じるらしい。よくわからない。

わたしはこの人が本当によくわからない。



その後も何回かポジションの指示をされたり、
わたしが忘れていた作業を彼が後ろでやってくれていたりしたけれど、

今日はたぶん一度も目が合わなかった。

(イケメンに記憶を消された可能性もあるけれど)


彼が真後ろにきた時、
なんかぶつぶつ言っていたけれど、
相変わらずここは機械がやかましくて全然聞き取れなかった。
たぶん文句ではないと思う。
わたしは後ろから突然話しかけられると驚く悪癖があるので、彼もわたしに話しかけにくいんだろう。
「なんかぶつぶつ言ってるな」って好きな人にも思うもんなのかと思った。


今日は日差しがキツくて夏みたいだった。
夜まで働くのも久しぶりで、
わたしはここの会社の18時のチャイムが鳴ると、
去年の夏に毎晩通って彼が来ないか待っていたのを思い出してしまう。
(彼は当時過労で倒れて休養していた)
パートさん達が帰ってタイミーと社員だけの妙に気の抜けた空間になると、
去年の夏みたいだなと思わずにはいられなかった。

今年の夏は、彼がいるのだろうか。


暑くて制服のポロシャツの前をはだけている彼や、
汗をかいてセクシーな彼を見ることができるのだろうか。
汗臭い男の社員さんもいたけれど、彼も臭ったりするのだろうか。
ただでさえセクシーな彼が、もっとセクシーになるのを見れるのだろうか。(変態)


どうしよう。

今より好きになっても、

この関係では彼と話せない。


終業の時でさえ、
彼は「やめるわ、戻して」とだけ良い声でぼそっと言ってその場を去るような男なのだ。
「お疲れ様でした」と言う暇すら彼はタイミーに与えない。
1年通って、顔を覚えられていてもこれ。 
彼はどのタイミーともこんな感じ。
ここの社員やパートのおばちゃんでさえ、
彼と親しげに話す人はいない。
たぶん彼は職場では素を出さない人なんだろう。

だからわたしと彼の距離は絶対に近くはならない。



今日は暇だったので、終業近くになると彼はスマホを見ていた。
赤いカバーの付いた彼のスマホ。
あの中に女の子の連絡先がどれくらいあるんだろう。
わたしもその中に入れてもらえたらどんなに幸せだろうと思うけれど、
ここに何回通ってもきっとそういう仲にはならないんだろうな。
うん、絶望。



週に何回も運送会社に通ってトラックのドライバーさん達と会っていると、

ドライバーさんはやっぱり工場の人より優しいというか人間味がある気がする。


彼と顔の似たドライバーさんだって、
最初はめちゃくちゃ素っ気なかったけれど、
この前話しかけたらめっちゃはにかんでいたし、
「水分補給してくださいね」とか優しい声かけをしてくれた。
好きな人よりだいぶ若そうだけど、
ドライバーの彼の方が人間ができてるなぁと今日は思ってしまった。

チャラい男の子だって、
わたしが「ボールペン持ってます」と言ってもわざわざ自分のをポケットから出して貸してくれた。
あれはどうしてだったんだろうとか今さら考えてしまう。
返すときに話せてわたしもちょっと嬉しかったけれど。

やっぱり外で人と会う仕事の人は違うんだろうな。
いつも誰にでもタメ口の好きな人が敬語を使っているのを見たのは数回しかないし、
彼が「大丈夫?」と聞いてくるのはいつも慣れない作業をさせるときだけで、 
水分補給とか体調を気遣う彼なんて一度も見たことがない。

たぶん彼は目の前にいる人間よりも商品の出来の方が心配なんだと思う。


そんな気がしてならない。


わたしは話しかけやすい顔をしているせいで、
1ヶ月ぶりに行ったのにここの社員の女の子やパートさんは、
隣にいる他のタイミーではなくわたしに頼み事をしてきた。
わたしはニコニコしてそれを聞くし、
上がる人には「お疲れ様でした」と挨拶をする。
だからここの人が特別冷たいわけでもないし、
わたしが変なわけでもないと思う。

ただ、わたしの八方美人は好きな人にだけは効かない。


いろんな会社に行くけれど、
やっぱりどの人よりも感じが悪いのも、
何回会っても攻略法が全くわからないのも、
わたしの好きなあいつだけなのだ。

そしてわたしは好きな人に会って帰っても、
チャラい男の子のときみたいに幸せな気持ちにはならない。
デレデレもしていない。

一体なんなんだろう、あの男は。 
もやもやする。