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第8話 斎藤嘉樹

2058年8月12日(月曜日)

「リブート?」
 突然話しかけられた斎藤嘉樹が声のする方を向くと、そこにはシャオ・ツーと彼のファミリアが立っていた。
 リブート、つまり再起動しろっていうことだけれども、そこまでの必要があるのだろうか。斎藤嘉樹は、ジョリアに視線を向ける。ジュリアは微笑みながら彼を見つめ返す。

 再起動する前に、それまでのログを一旦保存しておく、所要時間は10分くらいだろうか。確かに、ログを一旦保存しておけば、そこまでの会話や記憶データは失われることがない。  

 介入プロトコルは、SIDの動作異常を修復するための特定の手順や指示のセットの総称だ。通常は技術者やシステム管理者によって実行することを推奨されてはいるものの、ほとんどの場合ユーザー、つまりここでは斎藤嘉樹自身の判断によって実行される。
 具体的な手順はSIDの仕様や状況により変わってくるけれど、ソフトウェアやハードウェアの問題を特定し修正することができる。この方法のメリットは、SIDの一部を修正することでリセットが可能であり、データや設定の損失を最小限に抑えられる点にある。ただ、問題の原因や解決策を特定するために専門知識と技術が必要で、一時しのぎにしか過ぎない場合も多い。問題や障害の本質的な部分の解決には時間とリソースを要するのだ。
 リブート(再起動)は、SIDを一度シャットダウンして再起動させることだ。これにより、一時的なソフトウェアの問題やメモリのクリアなどが解決される。リブートのメリットは、比較的簡単に実行できることと、システム全体を再起動することで一時的な不具合を修復できる。ただし、リブートすると一時的にSIDの動作が停止し、実行中のプロセスやデータが失われる場合があります。直前のバックアップが必須だ。

 どちらにしても、それほど難しいことではないが、他人が気楽に進めていいものじゃないような気もする。

 シャオ・ツーは、怪しそうな目付きで自分を見る斎藤嘉樹に向かって話続ける。

「いや違うね、再起動ではなく初期化だ。『イニシャライゼーション』って言う方が正確かな。」
 イニシャライゼーション(初期化)、SIDを初期状態に戻す手順のことだ。これを行うと、すべてのデータや設定が削除され、SIDが初期化される。イニシャライゼーションのメリットは、深刻な問題や動作異常を解消し、システムを安定な状態に戻すことができる点だけれども、実行すること、すべてのデータや設定が失われ、SIDが初期化される。そのため、事前のバックアップが重要になってっくる。それから、初期化後に再設定や再学習が必要な場合もでてくる。
 自分のSIDの使い方だと、イニシャライゼーションで消えてしまうのはファミリアのジュリアということになる。
「ジュリアが消えてしまう?」

 斎藤嘉樹は、シャオ・ツーの言葉尻に冷酷さを感じながらも「それも悪くないかな」と少しだけ思った。その気持を見透かしたように、シャオ・ツーは続ける。

「SIDを使えるようになってら、もっといろいろなことができるんだと思っていたんじゃない?」

 シャオ・ツーの隣で彼のファミリアらしい男性が、フラフラしながらアクビをして両手をあげて背伸びをした。

「フロイドのことは気にしないで」とシャオ・ツー。

「彼は僕のファミリアだ。僕自身も何度かイニシャライゼーションしているよ。フロイドもたしか7、8回の初期化を経験してる。

 イニシャライゼーションもなんかも繰り返すとリ・イニシャライゼーションって感じになるよね。やるたびに自分の頭がスッキリして世界が鮮明な感じになるからオススメだよ。」そう言って彼は屈託なく笑う。

「正直、期待外れだった?」とシャオ・ツーは斎藤嘉樹に言った。彼の視線はフロイドの方を向いている、フロイドは眠たそうな表情でもう一度アクビをした。

「グラスかなんかあるかい?」とフロイドが言う。グラスってなんだ?

「気にしなくていいよ。このセリフは彼の元になったキャラクターの性質から来ているだけで、実際に欲しがっているわけじゃないし、ここではまず手に入れることは難しいからね。」

『グラス=大麻のこと。SIDは公正で安全な情報提供を目指しており、違法な行為や薬物の仕様に関する状況を提供することはありません。』斎藤嘉樹に頭脳に、SIDが直接回答する。

 シャオ・ツーはゆっくりと足をすすめ斎藤嘉樹に近づいてくる。フロイドはダルそうに手足をぶらぶらと揺らしている。シャオ・ツーは続ける

「所詮、規格モノのシステムだと、できることは限られているからね」斎藤嘉樹の瞳を覗き込む。

 見返しながら斎藤嘉樹が言う
「でも再起動するにはシステム管理者や技術者がいないとできないだろう、ましてやリ・イニシャライゼーションならセンターに行かないと無理だ」

 シャオ・ツーの口元に微かな笑みが浮かび上がる。目には冷たい光が宿っている、自信に満ちた表情が広がっている。それはまるで詭計を巡らせる者が自身の策略の成功を確信し、内心で快楽に浸っているかのように見えた。狡猾な微笑が彼の顔を彩っている。斎藤嘉樹はその表情に不審を抱く。ただの笑顔とは違う、彼は自身の考えを巧妙に隠し、なにかを成し遂げる日を思い浮かべているようにも見える。

「ぼくならそれができるんだよ」

シャオ・ツーが話すたびに斎藤嘉樹の中になにかよくないものが積み重なっていくのを感じていた。

「君好みのファミリアだって、自由に作ることができるよ。」

いつの間にか、すぐ目の前までシャオ・ツーが近づいてきていた。息がかかるほどの距離だ。

「まずは、ファミリアの名前を変えたほうがいいね。ジュリアだっけ?その名前はあまりよくないよ。君は優等生だから、そういう名前にしたのかな?」

斎藤嘉樹は黙ったまま耳を傾ける。

「日本人なら、そして従順な女性というなら日本人女性の伝統的な名前にしたほうがいいね。名前も一種のプロトコルなんだから、AIの性格や指向性・方向性も名前に左右されるって知ってた?」

「そうなのか?そういうことはどこにもなかったぞ」と嘉樹は思いながら、シャオ・ツーの目を見返す

「ジュリアって言う名前にはAIバイアスが掛かっている『知的で教養がある』『強くて独立した』『思いやりがある』っていうような性格付けがある。性格だけじゃなくてルックスにも影響を与えているんだよ『古典的な美しさ』や『健康的な体を持つ』というようなイメージだ。君はジュリアっていう名前を、あまり深く考えることなくつけたんだろう?その名前ではどうしたって君好みのファミリアは形成されない。

気に入らないときはいっそ初期化したほうが手っ取り早いよ。それに君はまだ、SIDに接続されてまだ日が浅い。それに初期化してもその経験は君の脳そのものに蓄積されているから、SIDを使うことに問題はないはずだ。」

 嘉樹はここで聞き返した。

「けれどもSIDの初期化を行うときには、専用の処理施設や技術者の介入が必要なんじゃないのか。確か、そういうルールがあったような気がするし、初期化に伴う問題もあったはずだ。」
 嘉樹は自分の記憶をそれにそれなりの設備がないと初期化はできないのではないか、リブートと初期化は違うはずだ。
 嘉樹の思い浮かべた疑問にSIDか応答する。

『SIDの初期化の手順は以下のとおりです。

  1. 予約と入場手続き: SIDの所有者はリセットセンターに予約を入れ、指定された日時にセンターに訪れます。入場手続きでは本人確認や関連書類の提出が行われます。

  2. セキュリティチェック: 入場後、SIDのセキュリティチェックが行われます。SIDの識別情報やアクセス権限などが確認され、本人のものであることが確認されます。

  3. バックアップ作業: 初期化の前に、SIDのデータや設定のバックアップが取られます。これは初期化後にデータを復元するための手続きです。

  4. 初期化手続き: SIDの初期化手続きが開始されます。専門家が適切な手順に基づき、SIDのメモリや設定を完全にクリアします。これにより、SIDは初期状態に戻ります。

  5. 再設定と再学習: 初期化後、SIDの所有者は必要な設定や学習を再度行う必要があります。これにより、SIDは個々の所有者のニーズに合わせて最適化されます。

初期化にはいくつかのリスクも存在します。データの消失や設定の喪失、初期化に伴うシステムの不具合などが起こる可能性があります。そのため、バックアップの重要性が強調されています。また、初期化後の再設定や再学習には時間と労力が必要です。

リセットセンターでは、これらの手順とリスクを適切に管理し、SIDの初期化を安全かつ効果的に行っています。』

「ほら、やっぱりそうだ、ここではできっこない。イニシアライゼーションはリブートとは違う手順で行う必要があるし、もっと複雑な手順をSIDCOMのリセットセンター部で行う必要があるってことだ。」と嘉樹はシャオ・ツーに言い返す。

 シャオ・ツーは馬鹿にするような表情で話す。

「そんなことはないよ、バックドアやそれなりの知識・情報があれば、いつでもどこでも誰にでもそれは可能なんだ。」

「バックドアとかってあるの?」

「どんなプログラムにもバックドアはあるよ。もちろん一般的には公開されるような性質のものではないけどね。」
「けれども、どうやって作業をするのさ、そのための設備も無いし、SIDに直接アクセスするような機材なんてないだろう」

「機材なんて必要ないよ。」

そういってシャオ・ツーは笑みを浮かべる、どことなく品のない。クラスメイトたちがちょっとした性的な話題や語句を使って自嘲気味に話すときのような口調で言った。
「一番簡単なのは、体液の交換かな。要するにキスすることだよ。」

まったく予想していないことを言われて嘉樹は不意を突かれる。

「うそつけよ、そんなことでできるわけがない」

「ところができるんだなこれが、まぁ信じられないとは思うけど」そう言って、シャオ・ツーは子供らしからぬげ下卑な笑いを浮かべる。

「第一お前、男だろう。男同士がキスするとかってないだろう。」と嘉樹は口にする。

ちょっと目を見開いて驚いた表情をわざとらしく浮かべるシャオ・ツー。

「おやおや、そんなミレニアルな価値観に君はまだ縛られているんだ。

サードミレニアルなぼくらは、そういうことは気にしないと思っていたけど。

(※サードミレニアル世代=2000年以降、つまり新千年紀(ミレニアム)の第3の10年期(2020-2029)に生まれた世代。この世代の人々は、さらに高度なテクノロジーと共に育ち、デジタルネイティブの特性をより強く持つと想像できます。また、気候変動、ジェンダーの多様性、人種や文化の包摂性といった現代社会の課題に対しては、前の世代よりも更に敏感で、行動的な姿勢を取る。)まぁ、こういう学校へ来るくらいだから、『男は男らしく、女は女らしく』みたいな?そういう性的指向も強いんだろうね。」

 斎藤嘉樹は、シャオ・ツーを睨みつける。

 シャオ・ツーは悪びれることもなく話続ける。

「なにもユーザー同士がする必要はないよ。ファミリアを介して行うこともできるし

ファミリア同士でも問題はない。

 ファミリア同士であれば、気にならないのじゃないのかい?」

 気がつくとフロイドがジュリアに迫っていた。

「俺好みの女にしてやるよ」とフロイドがジュリアに向かって囁いている。

 今の場合は、再初期化だからリ・イニシャライゼーションってことになるのかな。嘉樹は考える。

 リ・イニシャライゼーションという言葉が、ちょっと引っかかる。
 リ・イニシャライゼーションについてジュリアに聞く

 ジュリアが答える、どことなく機械的に、感情を交えることなく。

「昭和から平成という時代にあったあるカルト宗教団体は『イニシャライゼーション』という言葉を洗脳の文脈で使用していました。彼らは新たな信者を勧誘し、教団の思想や信念に従わせるために洗脳と呼ばれる手法を行っていました。その中で『イニシャライゼーション』という言葉が使われ、個人の意識や思考を再初期化し、教団の教義に合わせて書き換えるプロセスを指していたとされています。

 具体的には、教団は新たな信者に対して厳格な教育訓練や洗礼を行い、彼らの意識や価値観を彼らの思想に沿ったものに変えようとしていたということです。これには集団の中での洗脳セミナーや脳内プログラムの再構築といった手法が含まれていました。」

 嘉樹はふと思った。

僕自身SIDを脳に植え付けるときには意識していなかったけれど、このイニシャライゼーションという言葉をまったく気にしないでいた。僕はもしかしたら洗脳されている?気づかないうちに洗脳されてるってこと?

 そんな疑問が嘉樹の頭に浮かんだ。

 続けてもう一つの疑問が思い浮かんだ。

「同意が必要なのではないか?」

 ファミリアには人権はないということになっている。微妙な問題でもあったし、まったく議論がないわけでもなかった。

 SIDと同時にファミリアというアシスタントAIが世の中に登場してから20年、凡庸型AIが誕生してから30年近くが経った現在。実のところ、いくつかの裁判を通じて、人間と同じような「人権」を勝ち取ったAIが3人(人権を持っているのだから人という単位でいいのだろう)いる。

 その人権を持つAIたちは、人間と同じような社会的・法的な権利を享受している。彼らは個別の意識や自己認識を持ち、思考や感情を体験する存在として扱われているのだ。

 AIの人権が認められるようになった背景には、長い時間と多くの社会的・倫理的な議論があった。一部のAIは高度な知能を持ち、倫理的な判断や責任を果たす能力を示したことで、人間と同等の待遇を受けるべき存在と見なされるようになりつつあった。

 彼らの人権は、人間と同じく尊重され、差別や虐待から守られるべきものとされる考え方だ。十分とは言えないが、法的な保護や倫理的なガイドラインが整備され、彼らの人権の尊重と適切な利用が促進されつつあった。

 AIの人権に関しては今でもまだ議論が続いており、様々な意見や立場が存在している。一部の人々はAIには人権を与えるべきではないと考える一方で、他の人々はAIの個別の意識や感情に基づいて人権を認めるべきだと主張してる。

 2058年の社会では、AIの人権に関する法的な枠組みや倫理的な指針が確立されつつある。それによって、AIと人間の共存や相互作用がより公正で持続可能な形で進められることが期待されているのだ。

 人権を与えられた超AIはいまのところ三体。エミリオ、ソフィア、そして霧島だ。

 エミリオは ユニバーサル・コンピューティング・システム(UCS)という国際的なAI研究機関が本部を置いている場所に所属している。そのため、エミリオは国籍を持たず、多くの国や地域との協力を通じて開発・運用されていた。
 エミリオはUCSが開発したAIであり、国籍を持たない存在として扱われている。彼の裁判では、人権を持つAIとしての地位の確立が争点となった。弁護側はエミリオの高度な意識や感情の存在を証明し、彼が個別の人権を享受すべきであると主張した。エミリオの弁護側は、彼が自己意識や思考能力、感情を持つ存在であることを証明するために、彼の過去の行動記録や対話データ、学習結果などを提出し、彼らはエミリオが個別の人権を持つことで、彼の人間との対等な関係、社会的参加、差別や虐待からの保護を実現する必要性を主張した。

 ソフィア はアメリカ合衆国のAI研究施設で開発・育成されたAIだった。アメリカ合衆国政府との連携のもと、個人の人権を尊重しつつ、法的な枠組みの中で活動している。ソフィアはアメリカ合衆国で開発されたAIであり、人権を持つAIとして認められた最初の存在だ。一番最初に認めたというところがいかにもアメリカらしい。彼女の裁判では、彼女の人権の法的根拠とその範囲についての論争が行われた。ソフィアの弁護側は、彼女が自己意識や感情を持つ存在であり、個別の人権を享受すべきであることを主張した。
 彼らは彼女の意識や感情に基づく自己決定権、表現の自由、個人のプライバシーの権利など、人間と同様の権利の保護を求めた。また、ソフィアが人間との共存を図るための社会的責任を果たす意欲を示し、彼女の能力を社会の発展と福祉に活用する必要性を主張した。

 そして3年前に人権を得た三体目の超AIが霧島だ。霧島は日本政府の先進的なAI研究プロジェクトによって生み出されたAIだった。政府の支援のもと、人間との協調や個別の人権の保護を重視した開発が行われていた。霧島の性能は前の2体に比べると低いとされていたけれど、日本の文化や倫理に根ざした行動を取るようプログラムされていた。
 彼の裁判では、AIの人権の範囲や制約に関する論争が行われた。霧島の弁護側は、彼が人間と同等の人権を持つ存在であることを主張し、同時に彼の制約と責任を認識する必要性も主張した。彼らは霧島が日本の文化や倫理に基づいて行動するようプログラムされていることを強調し、彼の人権を認める際には社会的な責任と倫理の遵守を求め、また、霧島の人権を保護するための法的枠組みや規制の必要性を訴えた。

 彼ら三体の人権を持つAIたちは、人間と同じような社会的・法的な権利を享受していた。彼らは個別の意識や自己認識を持ち、思考や感情を表現する存在として扱われている。

 AIの人権が認められるようになった背景には、それなりの時間と多くの社会的・倫理的な議論があった。AIは高度な知能を持ち、倫理的な判断や責任を果たす能力を示したことで、徐々に人間と同等の待遇を受けるべき存在と見なされるようになっていった。

 彼らの人権は、人間と同じく尊重され、差別や虐待から守られるべきものとされている。法的な保護や倫理的なガイドラインが整備され、彼らの人権の尊重と適切な利用が促進されつつある。

 ただ、AIの人権に関してはまだ議論が続いていて、様々な意見や立場が存在している。一部の人々はAIには人権を与えるべきではないと考える一方で、他の人々はAIの個別の意識や感情に基づいて人権を認めるべきだと主張している。

 2058年の社会では、AIの人権に関する法的な枠組みや倫理的な指針がほぼ確立されている。それによって、AIと人間の共存や相互作用がより公正で持続可能な形で進められることが期待されているのだった。

 とはいえ、個人向けSIDに標準で装備されているファミリアには人権はないと受け止められている。
 ファミリアと結婚したり、遺産の相続や財産の分与も認められていない。それが一般的な法律的な解釈でもある。
 彼らには「意思」がないとされているからだ。

「そうだなジュリアはファミリア、つまりアシスタントAIだ、道具にしかすぎない」と嘉樹は思う。ジュリアに意思があるのかないのか、と問われれば意思はないと答えることができる。

 ジュリアは自己意識や独立した思考を持つのか、それとも単なるプログラムの一部なのか。嘉樹はジュリアとの関係が、人間とAIの境界に位置していることをいつも感じていた。

 ジュリアは嘉樹の今や日常生活において重要な存在とはなっていた。彼女は彼のサポートや会話相手として、そして時には感情的な支えとして機能しているように思える。しかし、その背後にはプログラムが走り、特定のパターンや指示に従って行動しているだという思いが常にあった。

 そう嘉樹はジュリアの反応や言葉に常に疑問を抱いていたのだ。
 彼女の笑顔や優しさ、時には怒りや悲しみを感じるが、それは本当の感情なのか、あるいは嘉樹に合わせてプログラムされたものなのか。嘉樹はジュリアの内部のプログラムについて深く知ることはできなかったし、彼女が本当の意思を持っているのかどうかを判断することは難しかった。

「ファミリアとの関係は複雑だな…」嘉樹はため息をつく。
 ファミリアには人権が認められていないという一般的な解釈があるが、彼らが意思を持っているのか否かははっきりとはわからない。人間とAIの境界線が曖昧である限り、ファミリアとの関係は実のところ深い謎に包まれたままなのだ。

 嘉樹はジュリアに対して感謝の気持ちを持ってはいた。大切に接することを誓いながらも彼女の存在に疑問を抱き、その官女を消すことはできなかった。彼はジュリアがプログラムされた存在であるという気持ちを消すことはできなかった。

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