論文要旨紹介: The HCI Innovator's Dilemma
ACMのINTERACTIONSという雑誌に掲載されているChris Harrison氏の論文[1]が面白かったので, その概要紹介と感想について書いてみます。
概要を紹介するので, 興味のある方はぜひ原文をご覧ください。ACM Digital Libraryに登録されているので学生さんはすぐに見れるかと思います。またResearchgate(研究者用SNS)で無料でPDFを公開してくださっています。
本論文ではHCI研究の第一人者であるChris Harrison氏自ら、ビジネスや技術の歴史を整理する中で見つけられた発明やイノベーションのパターンについて解説しています。
Introduction
はじめにこの論文では過去に多く議論されているTechnology とBusiness Drivenな例を元にHCIのイノベーションの議論について開始しています。
1960年代を振り返ると、テクノロジーライフサイクルは下のS-Curveを描いているとされています[2]。
Embryonic(まだ不確かな退治の状態)から、実現性を高め成熟させていく過程でマーケットのサイズは一気に増大していきます。広がってくると市場の維持や継続的な改良、最終的にはコモディティ化していきます。
Figure1. Technology Lifecycle S-Curve, adapted from [2]
この様なグラフは一般的に理解しやすいかと思います。Chris氏はこの様な整理の仕方は, 技術やビジネスの視点で書かれているが, デザインの視点が抜けているということを指摘しています。
HCIの発明者にとってImpactは、S-curveの発明に沿うようなマーケット的なインパクトもありますが, 同時にIntellectual Impactも追求しています。
HCIの研究成果には、新しいセンシングハードウェアや、巧妙なインタラクション技術、新しいコンピューティングの体験の形を作るといった賢いインタラクションの技術が存在します。
1975年に発表されたJames UtterbackとWilliam Abernathyらの論文[3]によると, 研究の初期段階にHCI Intellectual Impactはもっとも大きなチャンスを秘めています。ここでは新たな領域に対して、ユーザーの要求や
、特徴を定義し、新たな言語を作るという可能性があります。この現象を"Innovation dynamic"と呼んでいます(Figure 2)。
Figure1と2の関係は表裏一体のように見えますが, Chris氏はHCI領域における, プロダクトの成熟とイノベーションのRoll-offの関係は, ここまで綺麗に対応しておらず, 実際にはもっとUgly(原文まま)なカーブを描いていると主張しています。また, そこにHCI領域のイノベータが向かい合わなくてはいけないジレンマが存在すると主張しています。
彼はこの論文は広範に渡る調査やインタビューに基づいたものではなく, アカデミックな研究と彼自身が立ち上げたStartup "Qeexo"の経験に基づいたものと述べています。
Figure2. Innovation rate over time, adapted from [3], overlaid approximately onto our earlier technology lifecycle epochs
HCI Innovator の Dilemmaとは?
続いて本論文では時間軸をもう少し長いスパンで捉えながらHCIの歴史を語っています。ここではMyer氏の1998年の論文 "A Brief History of Human Computer Interaction Technology" [3]が引用されています。
ここではまさに今日盛り上がっているAR: Augumented Reality (1960年代), 音声インターフェース(こちらも1960年代), Internet of Things (1980年代)といったものが紹介されています。
Figure3は各技術がいつ頃アカデミック or 産業界で開始され, いつ頃に商品化されたかが示されています. 長いものですと20年以上経過しているものもあ れば, まだ世の中に出ていないモノも見受けられ,非常に興味深いです。
Figure3. Research and commercial development timelines of various HCI subjects, adapted and extended from [3]
アカデミックで発表されたユニークな成果は, 商業化の視点とは別にアカデミックの領域などでその可能性が検討されます。そこで作られたプロトタイプはすぐには(時には永久に)実現されない可能性がありますが, HCIの研究者やイノベータの思考を進めることを可能にしている要因とも言えるでしょう。
この時間の大きなギャップはBill Baxton氏に
"any technology that is going to have significant impact in the next 10 years is at least 10 years old."
今後10年に大きな影響を与える技術は少なくとも10年は経過している
と言わしめています[5]。Baxton氏はこの時間のギャップを"long nose of innovation"と呼び, これはFigure 4のextended S-Curve に対応しています.
Figure 4. Extended Technology Lifecycle S-Curve, integrating a new "glint" stage and Buxton's long nose of innovation adopted from [1]
このFigure4では従来のS-Curveとは異なりGLINTのフェイズが加わっています。Chris氏はこのような状況(過去の技術進化の結果)から, HCIはイノベーションの先駆者として, 様々な業界に繰り返し影響を与えてきていると主張しています。
しかし, その実現までの道のりは, 論文からプロダクトへの直接的な道ではなくサイエンスの手法や, Shared Visionの構築, 才能ある人のパイプラインの構築といった形でなされていると説明されています。また, ある機能が自分の論文が元になっていると自信を持って言える人は少なく, UISTやUbicompなどの技術的なHCIのコミュニティから出てきたスタートアップが非常に少ないのが現状とも述べられています。
このように一度HCI領域などで提唱された技術は様々な形, 業界などを超えながら発展し, 商業化のタイミングで再発明”Reinvent"されると彼は考えています。そこまでが何もない状態からは産まれていないのではという仮説です。この部分はiphoneの話なども例に出されていて興味深かったです。
これらの前提を踏まえて, 再びプロダクトのライフサイクルを考えていきます。 プロダクトは先ほどの10年、20年をかけてReinventされ、徐々に広がりながら成熟して行きます。
そして、代表的なデザインなどが決まっていくとHCIの研究者にとって非常に苦しい時期に入ります。
この時期に入るとプロダクトはすでに新しいアイディアや大きな変化を求めておらず, 変化を望まなくなっているからです。これは既存のユーザーに基づき体験が形成されているためと述べられています。
論文中では大幅なインタフェースの変更を行なったWindows8やSnapchat の事例などが紹介されています.
つまりはこの時期に入ると細かなアップデートや改善による改良などは行われていきますが, Intellecutual Impactとして大きなものに, 耳を傾けてもらうことが難しいというジレンマが存在していることを述べています.
ジレンマゾーンについて
前節のジレンマに対して面白い考察も行われています。1997 年にClayton Christensensにより発表されたInnovator's Dilemma[6]と本論文のHCI Innovator's DilemmaをFigure 5.の形で比較しています.
Chris氏はBusiness Centricな見方ではジレンマとなるS-Curveの間(破壊的イノベーションにより脅かされる領域)こそがHCI Innovatorにとっては最大の機会になると主張しています。
S-Curveの間は前節までに述べたIntellectual Impactが最大化されている領域になっています. 一方で技術の立ち上げの時期(実現化までの長い期間)や成熟後(ユーザーが存在し, 体験を変更しにくい領域)はジレンマが存在しています.
この対比は非常にユニークですね. どのような立場で技術進化を捉えるかによってジレンマと機会が入れ替わって捉えられるのは興味深く、 HCI領域の研究者やイノベータにとってどのようなポジションで動くのが面白いかを考える上で非常に参考になる論考かと思います。
Figure5. Christensen's Innovator's Dilemma [6] versus the HCI Innovator's Dilemma [1].
まとめ
また本論文ではChris Harrison氏の視点に基づいたHCI TopicsのHype Cycleが記載されています.
上の論考と合わせて見ることで自身の研究成果のIntellectual Impactを最大化するためのヒントが得られるかもしれません。
[1] Harrison, C. (2018). The HCI innovator's dilemma. interactions, 25(6), 26-33.
[2]Rogers, E.M. Diffusion of Innovations (1st ed.). Free Press of Glencoe, New York, 1962.
[3]Utterback, J.M. and Abernathy, W.J. A dynamic model of product and process innovation. Omega 3, 6 (1975), 639–656.
[4]Myers, B.A. A brief history of human computer interaction technology. ACM Interactions 5, 2, (Mar. 1998), 44–54.
[5]Buxton, B. The long nose of innovation. Business Week. Jan. 2, 2008 (Rev. May 30, 2014)
[6]Christensen, C.M. The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail. Harvard Business Review Press, 1997.
11.
Cover Photo by Warren Wong on Unsplash
アイディアの具現化やプロトタイプを応援してくださる方はサポートいただけると助かります。個人プロジェクトで得た知見やツールの情報はnoteにて発信していく予定です。