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限界と見るか、道半ばと見るか

書こうと思ったきっかけは、スマートフォン(iPhoneやAndroidの端末)の進化が停滞しているという見方を書いた記事。
筆者曰く、スティーブ・ジョブズさんの初公開プレゼンから、おおきな変化をしていないらしい。

画面を指でなぞる。
アイコンをタップしてアプリを立ち上げる。
カメラやGPSの機能があって、インターネットにつながる。

そりゃそうだ。
メインのコンセプトだもの。

それに対しての、対案をわざと思索してみる。
まだ、完成していないのでは?!?!

いろんな物事が、本当に実現したい世界を描いて産声をあげる。
完成されているように見えるものが、実は、まだ、道半ば。むしろ、まだ、走り出したばかりだと捉えてみる。

スマートフォンであれば、もっとやりたいことがあって、だけど、手のひらサイズで実現するには、「液晶を搭載することまでしか、現在地点の技術的にできない」と考えてみる。
そう考えると、ある意味で、毎年のように「完成形」だと騙しているのがメーカーであり、「もう、変化しない」と謳っている人が、まんまと騙されている優秀な消費者なのかもしれない。

iPhoneが目指しているのが、電話の再発明ではなく、コンピューター市場(エコシステム(経済循環))の発明と定着からスタートする、全地球人類のインターネット接続計画(だれもがインターネットを道具として使える)の始点だとしたら、椅子に座って使うデスクトップでは役に立たないし、ラップトップでも満足できない。
歩きながら、ワークアウトしながら、食事しながら、睡眠しながら、共にあるサイズ感のインターネット端末。
だとしたら、まだまだ過渡期で、今のスマートフォンの形式が量産可能なだけで、違う技術を絶えず探し続けているのかもしれない。
そういった、新しい世界を切り拓く挑戦は、何度も何度も何度も見せてくれている。

iPhone、iPad、iPad mini、Apple Watch、Apple Pencil、AirPods、Apple vision。

今は、小型化できない技術を家庭用のノートブックやデスクトップに役割を担わせながら、人間の手で扱える文化を、再発明してきている。

pencilの動きは、いづれ手首の端末で検知できる可能性があるし、
耳につけた端末は、頭の向きや動きと頭の高さをすでに検知して、人の動きをトレースしている。

それらのハブを、iPhoneという板状の端末が中継する方法しか取れないだけで、今後の技術革新は、役割分担を緩やかに移行させている。

すでに、iPhoneが中継地点の役割となっているけれど、数年前はデスクトップかノートパソコンにしかできなかったのだから、それだけでも、とてつもない進歩を秘めている。

「人は本当に欲しいものをまだ知らない」

私の好きな言葉。
だからこそ、正直、外野は黙ってろ。感がある。

進歩を止めたと現状を批判する頭で、なにかひとつでも未来を描いて欲しい。

未来を見つめる人が、自由に描いた未来を、僕らは享受することしかできないのだから。

この記事に反論がある人は、ぜひ、あなたの目から見た現状が「道半ば」であると仮定した場合に、あなたのオリジナリティは、どのような未来が描けるのか?noteしてほしい。
期待しています。

一緒に楽しもうよ。未来は来てるよ。

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