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ハイブリッドゼミ〜虎の巻〜

 「原則対面」を打ち出した弊学(関西大学)の方針に沿うべく,この秋学期は「(オンラインとオフラインの)ハイブリッドゼミ」に取り組んでおります。

 度重なる事前のテストと実際の授業での試行錯誤を通じて,驚くべきことに「ほぼ完璧なハイブリッドゼミ」が実現しましたので,ご興味のある同業者もいるかと思い,以下で約二か月に亘る悪戦苦闘ぶりや,容赦なく襲い掛かる各種のトラブル,そしてそれらを一つ一つ解決することによって獲得された知見やノウハウなどについて情報共有したいと思います。ハイブリッドを一から始めたい方や,どれくらい大変かを知った上で始めるかどうかを決めたい方にも一つの指針となれば幸いです。

 説明すべきことが多すぎるのでだいぶ長くなりますが,現時点においておそらく日本で唯一のハイブリッドゼミ教則本なので何卒ご容赦を。


第1節~岩本,ハイブリッド始めるってよ!~


「いや,ハイブリッドなんてムリムリ(笑)」

 実は,秋学期開始時点ではこのように考えておりました。二回生の新ゼミ生の数人から

「実は【配慮申請】を出しまして…」

と告白されたのは秋学期開始直前のZOOM飲み会にて。文字通り,膝から崩れ落ちましたよね。弊学は秋学期からの「原則対面」を早くから表明しており,何らかの事情で対面授業に参加できない学生は【配慮申請】を大学に提出し,それが正式に認められた後に大学事務から授業担当教員に突然お知らせメールが舞い降ります。

「当該学生に関してできるだけ配慮してください(このメールには返信できません)」と。

 幸か不幸か,それが届く直前に【配慮申請】の存在を知らされたわけで,当時は感染も収束気味だったこともあり「ゼミは通常の対面でいけるっしょ」と油断して弛んだ下っ腹に強烈なボディーブローが炸裂したわけです。

「いや,【配慮】って,どうすればいいのよ(もっと早く言ってよ…)」

と愚痴っぽくなるのも無理はありません。だって,一部の学生がオンラインでしか参加できなくなると,ゼミ運営は根本的な見直しを迫られるわけですから。

 とりあえず,オンライン組には別途課題を課し,授業の三分の一程度をZOOMで(対面希望者は教室で受講),残りの対面授業にはオンライン組は参加せず,オンライン組には同じテキストに沿った課題を課し,オンラインで別途発表・公開させるという「平行授業」案を策定しました。つまり,大きさの違う車輪(オンライン希望者は2名,対面希望は14名)で一つの線路を走るかのように,対面組とオンライン組への授業を同時進行させ,時折ZOOM授業で接近する機会があるものの,基本的には双方が交わらないようなイメージです。バランスは極めて悪いし,実質的にゼミが二つに分かれるので手間も倍かかるけれど,それしか方法が浮かばなかったわけです。

 初回は対面のみでオンライン組にはレジュメのみ配布、2回目と3回目は全員へのオンライン授業でお茶を濁しつつ,いよいよオン&オフが二つに分岐して走り出しますよというタイミングで,とある機会が訪れます。これまで長い付き合いをさせてもらっている企業との共同プロジェクトのミーティングがあり,そこでは(表向き)フツーに「テレビ会議」が実現していたわけです。つまり,オンラインでの参加希望者はZOOMで,実際の会議出席者は会議室で,情報を共有することができていたわけです。よくよく考えれば当然のことです。だって「テレビ会議」なんて前世紀から行われてきたわけですから…

 テレビ会議のためには,会議室の声をオンライン組に届ける集音マイクが不可欠です。その企業が使用している集音マイクの値段を尋ねると「2万円くらいだった気が…」というものですから,俄然興味が湧くわけです。マイクの品番を撮影させてもらい,帰宅後,はやる気持ちを抑えつつAmazonでマイクを検索します。それが底なし沼への入り口とも知らずに…

第2節~ハイブリッドとは言うけれど~

なぜ「ハイブリッドなんてムリムリ(笑)」なのか?

 「疑似ハイブリッド」ならできますよ。教室の教員用PCでZOOMにアクセスし,研究室のオーディオ・インターフェイスと卓上マイクを持ち込んで接続し,オンラインの学生に向けて授業をしつつ,その様子を教室に集う学生が大型スクリーンで同時視聴する。でもね,これだと

「教室に集まる意味ってあるんですか?」

という軽いジャブがよけきれないのです。

「ねぇ,なぜ原則対面なのに少数派のオンライン組を優先した授業になるの?」

「教室でのプレゼンはなぜ教室にいる大多数のゼミ生ではなくオンライン組に向けてしなきゃいけないの?」

というワンツーでノックダウンするのです。「だって大学が【配慮】しろって言うんだモン」とディフェンスしても,対面を希望する大多数の学生の不満はくすぶり続けるでしょうし,オンライン組も「そんなに配慮されても困る…」となりかねません。ハイブリッドにして分断が深まる最悪の展開です。

 七月段階で自主的に取ったアンケートで,新ゼミ生の半分以上が対面授業を強く希望していることが分かっていたこともあり,オンライン組に過度に配慮して対面授業の意義が実質的に損なわれると,ゼミ全体の満足度が大きく低下することは自明だったわけなのです。

 とはいえ,授業の様子を撮影・配信し,さらにどのようにオンライン組を巻き込んだ議論を実現するか。ビデオ会議とは異なり,コの字型の机のセッティングも教室のキャパ的に不可能です。感染対策も欠かせません。音声&映像担当の専門スタッフはおろか部下も秘書もおりませぬ。「中途半端にハイブリッドをやってみて悲惨なことになっても後戻りできない」というリスクを踏まえると

「そんなのできるわけないやん!」

という結論になるのです。

 ただし,高性能の集音マイク&スピーカーさえあれば話は変わります。それが2万円で手に入るなら尚更です。Amazonで調べたところ,2万ではなく5万だったのはご愛敬。在庫不足で入手困難なのは想定内。狭い会議室でコの字に座ればマイクとスピーカーの一体型(5万円)で済むものの,教室内で十数人の学生がソーシャルディスタンスを保って座り,各自の発言の音を拾うためにはスピーカーと集音マイクとが別離している必要があり,すると価格は10万円を超えてしまいます。ここで本来なら「はい,しゅーりょー」となるところですが,

「諦めたら試合終了ですよ」

という声がどこからか聴こえてくるではありませんか…

第3節~先生,ハイブリッドがしたいです…(泣)~


なーんて言えたらいいですよね。

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