きっと君は来ない。忘れられないクリスマスイブ
父は都内のその先まで片道2時間を定年退職するまで通った。朝の通勤ラッシュを避けるために家を出るのは始発電車に間に合う時間で、帰宅はいつも21−22時頃だった。
母は看護師で、近所の市立病院に勤めていた。日勤、夜勤、夕方から夜まで勤務。不規則な勤務スケシュールが、リビングのカレンダーに毎月欠かさず書き込まれていた。
「日」「夕」「深」「休」。
「日」の文字にホッとする自分がいたのは、確か小学校高学年からで、母はわたしを「不良」と呼び始めた頃だった。
16時から勤務の「夕」の日