延命治療の限界はどこか

近年「長寿リスク」と言うことが言われています。私は自分の加入しているソニー生命の担当者に言われて「なるほどそうか」と思いましたが、平均寿命が延びすぎて、今や長寿であることは社会にとっても個人にとっても「リスク」になってしまったという事です。今女性の平均寿命が90歳を超えています。男は二歳ほど下です。日本人の寿命が突然延び始めたのは高度経済成長が始まってからで、それまでは戦前からずっと50ぐらいだったという話は先ほどしました。それが高度経済成長が始まるとぐんぐん伸びて、なんと90にまでなってしまったわけです。



元気で長生きならよいのですが、日本人の場合健康寿命は平均寿命より約10歳短い。つまり皆さん人生最後の10年間はなんらかの要介護状態で過ごすという事です。これが一つの大問題です。要介護状態で人生最後の10年間を過ごすというのは、本人にとっても苦痛ですし、この人達を介護、看護、治療するのにものすごいコストが掛かりますので、国にとっても負担です。高度経済成長期ならいざ知らず、国が左前になっている今、この傾向をどうにか食い止めないとどんな対策も無駄に終わるという事は明らかです。今の日本の社会福祉はお世辞にも褒められたものではないですが、それにしてもこのまま要介護状態で平均寿命が延びつつけたのでは、どんな対策も焼け石に水です。これは、はっきり言って、止めなければならない。そう言えば怒る人もいるでしょうが、現実的に考えれば、止めなければ成りません。



ではどんなやり方でこれを止めるか。老人虐待にならず、どうしたら平均寿命の伸びを止められるか。



私には一つの考えがあります。自分で飲食を摂らなくなった高齢者は、寿命と看做す、と言うことです。もちろん、高齢者がものを食べなくなるのは、色々原因があります。脱水だったり発熱していたり。そう言う一時的な原因でものを食べないというのは、私の言う寿命ではありません。脱水や感染症の治療をすれば宜しい。しかしそう言う理由がなく、お年寄りが自然に食べ物を受け付けなくなる時が来ます。その時は、寿命なのです。



今はこう言う高齢者まで、鼻から管を突っ込んで栄養ミルクを流す経管栄養、首の太い静脈に高濃度の点滴を刺す中心静脈栄養などで無理矢理栄養を入れてしまいます。しかしこう言う管や点滴はご本人にとっては邪魔で苦痛なだけですから、どうにかして外そうとします。外されると厄介だから手に抜けない鍵付きのミトンを付けたり、酷い時はベッドの柵に縛り付けたりします。こうなるともう、医療介護ではありません。拷問であります。こういうことまでして延命させてはいけないと、私は痛切に思います。



ある時、私はこう言う高齢者の経鼻経管というのは本当に抜けないのだろうか、と疑問を感じ、一人一人の嚥下反射を調べ、抜けそうな人は抜いて経口摂取を試みたことがあります。そうしたら、なんと14名の内7名は管が抜け、口からものが食べられるようになりました。もちろん普通の人が食べる量をパクパク食べられるわけではありませんが、寝たきりで運動量が非常に少ないわけですから、そんなに食べられなくてもよいのです。ある88歳のお婆さんは、管を抜いたあと1年間自分の口からものを食べ、1年後に亡くなりました。レントゲン上誤嚥性肺炎は認められましたが、私は死亡診断書の死因の欄には「老衰」と書きました。88歳の老婆が1年間自分の口からものを食べて過ごして89歳で亡くなったのですから、こう言う高齢者の誤嚥性肺炎も一種の老衰と看做して差し支えないのではないか、と言うのが昨今の高齢者医療の流れになってきています。



この結果を私は英論文にして欧米の医学雑誌に投稿したのですが、何処にも掲載されませんでした。理由は「そんな抜けなくなるような経鼻経管を入れたこと自体初めから間違っている」というのです。つまり欧米の高齢者医療の常識では、そう言う人に管を入れて栄養を流して生かしておくというのは考えられない、と言うわけです。結局インドの家庭医学の雑誌が取ってくれました。インドの平均寿命を私今調べていませんが、日本よりずっと短いでしょうから、インドの人たちにはこう言う問題が共有出来た、と言うことのようです。



実は「自分からものを食べなくなったらお終い」というのは、今から二千年も前の中国で書かれた医学書「黄帝内経(こうていだいけい、フアンディネイジン)に載っていることです。胃気無き者は逆となす、逆はすなわち死す、というのです。胃気無き者、とは自分からものを食べようとしなくなった者です。二千年前はもっと色々な理由で人間はものが食べられなくなったでしょうし、平均寿命も50歳どころか30歳も行っていなかったでしょうから背景は今とは違いますが、結局の所真実は黄帝内経の言う通りだなあ、と言うのが私の30年やってきた高齢者医療における実感です。このままずるずると延命を続け、要介護状態での平均寿命を伸ばすのはもはやリスクなのですから、どこかで一線を引かなければならないのです。その一線は、上に述べた辺りが妥当であろうと、一人の老年科医としては考えています。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7586527/

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