泣かないでカレン

信じてくれなくてもいいけれど、俺は君だけには、
決して嘘はつかない。
鉄の味。鼻に抜ける生々しいニオイ。この感覚はいつぶりだろうか。子どもの頃、仲の良かった友達とひどい喧嘩をしたことがあった。きっとその時以来だ。

「………痛い」

一人、声に出して言ってみたら、ひどく空虚だった。殴られた頬は熱くて、切れた口の中は大惨事。
ああ、どうしてこんなことになったんだっけ。はやく口を濯げばいいのに、冷たいフローリングに寝そべったまま、俺はぼんやりと天井を見つめていた。何秒、何分たっても変化のないその景色は、俺の心を安心させた。
窓の外からは静かな雨音が聴こえている。優しいその音にカーペンターズの「雨の日と月曜日は」を思い出す。ああ、そうだ。今日は月曜日だった。そんなことが頭をよぎったもんだから、俺は少しだけ笑った。
ビビ、ビビ、と、俺の耳の横で何かが震える。携帯電話だ。友人からのくだらない電話だったら無視してやろう、と考えながら携帯を手にすると、ディスプレイには彼の名前。点滅する名前を指でなぞったら、頬がずくんと痛んだ。

「……………はい」
『………………』
「もしもし」
『………………』
「もしもし?」
『………………』
「………黙っていたら、分からない」

俺はエスパーじゃないから。そう言おうとしたけど、止めた。

「もしもし?聞いている?」
『……分かっていたんだ』
「………何を」
『お前が絶対に僕に手をあげないこと』

声が、震えている。

『……分かっていたから、僕は……」
「…………うん」
『なんてことしたんだろう』
「………………」
『勝手に嫉妬して、ひどい言葉で罵って、殴った』
「……………」
『……お前は絶対に僕にひどいこと言わないから、分かっていたから』
「………………」
『なんて、なんて馬鹿だろ、もう別れてくれ、ごめん。こんな僕、嫌いになっただろう』
「………………」
『お願いだ、僕と別れてくれ……』

そうやって携帯電話の向こう側で彼が泣きじゃくるのを、俺はぼんやりと聞いていた。

「…………雨」
『……………?』
「雨に濡れやしなかった?」
『………………』
「……や、今…降ってるから……」
『………責めろよ』
「………………」
『……僕を責めろよ!こんなひどい男にもう優しくする必要なんてないだろ……』

雨音は、とても穏やかだ。

「………カーペンターズが、聴きたいな」
『…………』
「雨の日は、カーペンターズが聴きたくならない?」
『…………』
「君の部屋にレコードがあったね。俺じゃ探せないから、どこにあるか教えてくれないか」
『……もう、ないよ。学生の時の話だ……』
「そう。なら一緒に買いに行こう」

彼の泣き声が大きくなる。

「……泣かないで、俺は少し殴ったくらいじゃ壊れないさ」
『………………』
「戻っておいで」
『………………』
「………愛しているよ」
『………………』
「……君を、愛してる」

俺は、君の全てを許せるよ。君が罪を犯したって、
何をしたって、俺はいつでも君の味方だ。

『……大嫌いだよ。僕を惨めな気持ちにさせるお前なんて……」
「俺は好きだよ」
『嘘』
「嘘はつかない。君だけには、決して」
『馬鹿』
「馬鹿だよ」
『狂ってる』
「そうかもね」
『嫌い嫌い嫌い嫌い』
「俺は好きだ」

だから、君は僕を信じてくれればいい。不安になったら、もう一度殴ってくれてもいい。僕はその度に何度も何度も愛を囁くよ。そこに決して嘘はない。君が信じてくれなくたって。
ほらこんなにも雨音は穏やか。


end.


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