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メタバースに人々は集まりたいのか?

開いた世界と閉じた使い方

にわかにメタバースが流行している。
数年前から、とくに世界的新型コロナの流行が始まってからはGAFAのような大企業からベンチャー企業までが、たくさんのメタバース系プロジェクトを立ち上げた。大資本を所有する企業はメタバースに関するノウハウを持つ企業を積極的に買収していた。

そしてこの言葉が一気に広く世間に知られるきっかけになったのは、アメリカ時間2021年10月28日にFacebookがMetaへの社名変更を発表したことだろう。

現在 当社はソーシャルメディアの会社として知られています。しかし人々をつなぐ技術の開発こそ当社のDNAです。そして私たちはソーシャルメディアから新しいフロンティアに踏み出します。それがメタバースです。
出展:The Metaverse and How We'll Build It Together -- Connect 2021


マーク・ザッカーバーグの声明を皮切りに、有名なYoutuber解説者がメタバースについて解説動画を出したり、各種ニュースサイトで緊急特集が組まれたりとネット上で一気に注目度が上昇した。
Facebookは若年層の利用率の低さや The Facebook Paper と呼ばれる内部告発文書が明るみにでたことにより近年批判が集まっていた。しかしGAFAの一角として数えられ、2021年においても最もアクティブユーザー数が多いSNSだけあり、やはり存在感は大きい。

MetaがSNSに次ぐ社会インフラとしての地位をどのくらい得られるかは未知数である。しかしメタバースという言葉を一般認知させたきっかけがMetaだというのは、消費者の印象において大きなリードを獲得したといえるだろう。

公式動画において紹介されたメタバース「Horizon World」のうちのほとんどは、ごくプライベートなイメージに占められている。親しい家族や友達同士が家にいながらにしてバーチャル空間で集まり、様々なアクティビティを楽しむことにより、より絆を深めるようなプライベートな使い方ができるといった様子だ。
交流の舞台はあくまで部屋や建物などがメイン。パブリックな空間も登場するが、あくまで家族や知り合い同士で楽しむ印象が強い。

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友達とバーチャル空間に集まってポーカーをプレイする
出典:The Metaverse and How We'll Build It Together -- Connect 2021

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友達とライブのアフターパーティで一緒にクラブに行く
出典:The Metaverse and How We'll Build It Together -- Connect 221

バーチャル空間に人々は集まりたいのか?

一般的にメタバースというと、こうした友達同士のプライベートな使い方よりも、広大でパブリックな空間がひろがり、知らない人がたくさんいる街に入っていく、というのがこれまで一般的なイメージだった。
メタバースは一般的に仮想空間・仮想現実(VR, Vertual Reality)と訳される。ここではないどこか世界といった感じの、どこか空想的な響きがあるニュアンスだ。

日本企業ではグリーがメタバース参入を表明しているが、代表取締役社長のDJ RIO氏はこう語っている。

REALITYでは平和なコミュニティを形成できるようかなり強く意識しています。ギスギスした感じの場所はREALITY内にはあまりないし、変なことをするとすぐユーザーから通報されるようになっている。絵柄や機能など、いろいろな側面から「悪いこと」をしづらい空気を作っています。
出典:メタバースは「ほとんど国創り」。100億円投資を決めたグリー傘下・REALITYの挑戦

つまり、この発言内でもメタバースは「見ず知らずの他人と触れ合う可能性のあるパブリックな空間」なのだ。

よくメタバースの元祖として引用されているのは2003年開設のSecond Lifeだ。Second Lifeは一般的なメタバースのイメージにあてはまる性質を備えている。

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出典:セカンドライフはなぜ失敗したのか、そしてclusterはVRリビングルームで何を目指すのか?


ネット上でリアル世界と同じパースの空間が作られ、ユーザーがアバターになって歩き回る。現実と同じように土地と家を購入し、リビングでソファに集う。屋外には街やライブ会場などがあり、様々な人たちが行きかう。
ゲーム内通貨としてリンデンドルというお金が流通し、ユーザー同士や企業が作成したアセットデータ(デジタルなモノのデータ)を購入することができる。現在でも毎日20万人のアクティブユーザーがいて、年間3億4500万件以上の取引が行われている。(*1) 

アクティブユーザー数こそ大手SNSに大きく引き離されており、VR対応もしていないが、セカンドライフの住人たちが長年積み上げてきた実態をもったメタバースコミュニティといえるのではないだろうか。

リリース当初は広大な土地に1サーバー50人制限などの理由で目に見えて人の密集が感じさせ、プレイ人口はあまり増えなかった。新規性が話題になったことでトヨタなど企業が相次いで参入し、サイバースペースバブルが起こるかと期待されていた落差もあり、セカンドライフは元祖であるものの失敗例としてゲーム史・ネット史に引用されることが多かった。

それがコロナ渦でメタバースの話題が持ち出され、再び注目を集めることになったのだ。現在Secondlife運営はリンデンドルを米ドルに換金できる仕組みを用意することで、メタバースとしての活性化を目指しているようだ。(*2)

しかし、結局のところデジタル空間にユーザーたちは集まりたいものなのだろうか、という課題がある。
そもそもコロナ渦でメタバースが話題になったのは、あつまれどうぶつの森やフォートナイトがリアルコミュニケーションの代用品とせざるをえない状況だったのも大きい。そしてすでに知っている人同士たちが集まるために使われたのだ。

知らない人々が集まって独自のコミュニティを時間をかけて作りだすのとは違う。Second Lifeは結果的にひとつの立派なコミュニティにはなったが、一部のコアなユーザーたちのニッチな需要にとどまったようだ。
機能的にはリリース当初より拡張され、長年後続の類似有力サービスが出てこなかったのにもかかわらず、である。

遠隔コミュニケーションならZoomやFacetime、Lineビデオ通話などのオンラインビデオチャットアプリがある。バーチャルなパブリック空間なら、ゲームという軸となるコンテンツがあるオンラインゲームや前述のフォートナイトやあつ森のほうが強い。

そして、Metaへアクセスするための高価なVR機器は大きなネックになっている。

Metaのメインビジュアルの変遷

しかし、MetaもSecondLifeの歴史から学んでいるようだ。例として、Metaのメインビジュアルの変化を挙げてみる。

Horizon Worldは2019年7月に「Facebook Horizon」としてお披露目された。この時のメインビジュアルはどこまでも広がる地平と街が主役だ。人は手前に少しいるが、あくまで地球よりも少しファンタジックでゲームのように広がっていく空間が目を引く。

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出典:VR SNS「ホライゾン」とは?FacebookのVRサービス「Horizon」を徹底紹介!


2020年あたり、ベータ版申し込みが開始されたころのメインビジュアルがこちらだ。手前には鉱山とトロッコ、西部開拓時代風の家、ロボットを開発する様子も見えたりして、まっさらな土地にフロンティアを開拓していくような印象を受ける。
テニスをする人たちもいるが、どちらかというと控えめな存在だ。目立った場所にいるドラゴンはデジタルゲームの影響を感じさせる。

当時のITニュースサイトでの取り上げられ方が「セカンドライフのようなVRワールド」(*3) だったのが象徴的だ。未知の出会いが待っているバーチャル空間で、土地を開拓し街を作り上げていくSecondLife寄りの雰囲気がある。

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出典:Facebook Horizon | New Worlds in the Making

そして、2021年11月現在、公式サイトのトップに掲載されているメインビジュアルがこれだ。

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出典:Facebook Horizon | Virtual Reality Worlds and Communities

まず、背景の空間よりも人がとても目立つようになった。マークの唱える脱アプリベース、People Firstという理念にもマッチしている。屋外空間でたくさんのグループがおしゃべりやゲームに興じながら各々過ごしている。

Meta発表動画内の使い方例よりはパブリックであるが、2019年、2020年ののメインビジュアルと比べると「遊び」「プライベート」「コミュニケーション」の要素が格段に前に出てきたようだ。
また、Horizon Worldのサービス稼働が自宅のインテリアを構築するHorizon Homeから始まるというのも、非常にプライベート的というか、メタバースサービス開始ですと言うには内向きで閉じたイメージがある。

そして前述のように、一番多くの人のプロモーションの接触経路になったであろう動画内では、プライベートな使い方が強調されている。また、すでにベータ版がリリースされているHorizon Workroomsはリモート会議用のアプリだ。
これはやはりすでに知っている人同士の繋がりを再生産するような用途で使ってほしい、あるいは仕事の利便性を増すツールになってほしい、そういうオンラインビデオチャットのような使い方をする人が最初のターゲットということを表明しているのだろう。

メタバースに無くてゲームにある "サービスの軸"

知っている人同士の繋がりを再生産するような用途が重要なのは、現在のサービスでメタバースに一番近いのがネット回線を使ったゲームであることをMetaが意識しているのは間違いない。

2021年、Facebook時代に可処分時間取り合いのライバルとして名指ししていたのはフォートナイトだった。フォートナイトは世界中で大人気のバトルロイヤルゲームである。2020年には3.5億人のユーザーを到達し、コロナ渦でさらにユーザーを増やしたと考えられる。

フォートナイトは学生たちが放課後ボイスチャットでつながってだべるような使い方がよくされている。そしてパーティロイヤルやクリエイティブモードという、ゲームなしメタバースよりの空間も用意されている。
しかしやはり一番の人気コンテンツは独自のバトルロイヤルモードで、奥深い競争要素があるからこそたくさんの学生たちが何時間も何回でも集まる理由になるのだろう。

コロナ渦で話題になったあつまれどうぶつの森は、直接会って遊べない小学生が放課後集まるのによく利用されたという。もちろん子供でなくても遠隔地で会えない家族や友達同士であったり、あるいはオンライン卒業式や結婚式、企業説明会や政治活動にも使われた例もある。

あつまれどうぶつの森は競争要素こそないが、膨大なコレクション要素がある。集めるべき家具や展示するべき虫や化石や魚、開発すべき施設、獲得すべき称号が山ほど用意されていて、ゲーム側でたくさんの遊ぶための導線が敷かれている。

SNSで目立つのはクリエイティブな想像力が発揮されたオリジナルな街だが、そういった自主的な遊び方をしてくれるユーザーは少数派であり、多くのプレイヤーにとってはゲーム側が敷く導線やゲーム側が設定するレアな魚・虫といったものが分かりやすいモチベーションになるのだ。

「ゲーム」「なにかを作り出す機能」「コミュニケーション」というのはMetaでも用意されているだろう。しかし、(それがメタバースの基本性質ではあるのだが)メタバースが用意するのはあくまでプラットフォームであり、導線や価値基準を提供するわけではない。

もちろんユーザーがアセットやミニゲームを好きにつくれる環境は用意されるだろう。人気クリエイターNFTも流通するだろう。
しかし、それでもユーザーが定着して内部の文化が成熟し、Metaならではの集客力がある軸が立ち上がっていくには長い時間が必要になるだろう。

規模が違うかもしれないが、ニコニコ動画はそのプラットフォームの特性が独自の影響力のある文化を生み出したといえる。コメントが流れることで動画とツッコミを同時に楽しめ、疑似的にみんなで一緒に動画を視聴しているような体験はとても独特だった。

創作がつぎの模倣創作を生むN次創作(*4)文化を生み、2000年代後半から2010年代前半あたりまでの若者(特にオタク層)カルチャーを牽引した。
ニコニコ動画からニコニコ生放送、ゲーム実況へ連なる歴史があり、実況者のリアクションや視聴者のコメントなどで発生するコミュニケーション自体がまるごとコンテンツとして楽しまれるようになっていく時代の流れの上で大きな役割を果たした。
ニコニコ動画側が「これが良い動画」と提案するのではなく、ユーザーたちが文化を作り上げるのをコメント機能が促進したプラットフォームといえよう。

現状Metaはユーザーのモチベーションを生むゲーム性を抜き、オンラインゲームを換骨奪胎したようなものである(ように見える)以上、そういった文化をつくりあげるのを駆動する新たな仕組みがどこかで必要になってくるだろう。マークの発言では今後10年は収益を目指さず投資に集中するらしいので(*5)、Metaとしてもコミュニティ形成には長く時間をかけていくつもりなのだろう。

拡張現実的な使われ方をする仮想現実

仮想空間・仮想現実(VR, Vertual Reality)としばしば対比される言葉が拡張現実(AG: Augmented Reality)だ。
仮想現実が「ここではないどこか」を目指すならば、拡張現実は「いま・ここ」に暮らす人の現実性に即したユーザーニーズの最適化を目指していく。(*6)

拡張現実(AR)は現実世界と仮想現実が離れたものでなく、むしろその2つをレイヤーのように重ねた状態を指している
そしてしばしば現実にレイヤーを重ねることで現実の意味合いを拡張することができる。具体的には人間の現実に新しい意味合いを与え、行動や生活に影響をあたえることができるのだ。

たとえばARを一気に有名にしたのがポケモンGOだ

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出典:基本の遊び方 | 『ポケモン GO』公式サイト

現実世界がスマホの画面上に読み込まれ、プレイヤーの位置は現実の位置と連動し、実際に歩いて出現するポケモンをゲットしていく。世界中で大ヒットし社会現象になったスマートフォンゲームだ。

レアポケモンが出現する場所には人がたくさん押し寄せ、その地域の経済活性にも役に立った。現実世界と地続きでありながら現実に新しい価値を付与し、人の生活や行動に変化を与えたのだ。
ポケモンを探して歩きスマホが増えたことで一部路線の電車のアナウンスに「歩きながら位置情報を利用したゲームの使用はお控えください」とアナウンスが追加された。ある意味ではポケモンGOにより現実が拡張された結果、ポケモンGOに適応したルールの変化が現実に起こったとも捉えることができるだろう。

また、SNSも人のつながり方に変革をもたらし、「いいね」の数で可視化される「映え」という新しい価値観に基づいた新たな消費行動を生み出した。
AR技術が直接使われているものばかりがSNSではない。しかし現実に新しい価値レイヤー、コミュニケーションレイヤーをかぶせ、現実の人間の行動を変革した拡張現実(AR)な仕組みと言える。

そして重要なのは、Metaがしばらくは仮想現実ではなく、拡張現実的な運営のされ方をしていくだろうということだ。

Metaは現在はまだオンラインチャットツールとしての側面が強い。
フォートナイトやあつまれどうぶつの森のように放課後マクドナルドで集まる行動をする代わりにオンラインで集まっておしゃべりする行動を促す、その一大メジャープラットフォームになる、という方向をまずは目指すのであれば、用意された空間は仮想現実でありながらそれは拡張現実的利用であるといえるだろう。

そして拡張現実的な用途でアクセスするユーザー数を増やし、数十年を経て徐々にそこで文化が成熟されていけば、
現実よりMetaをメインで過ごす人が増え、独自の価値基準と大規模な消費圏が生まれ、現実とは切り離されたひとつの「国」としての本当の仮想現実になっていけるのかもしれない。

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次回からはゲームとSNSがいかに発展し絡み合いメタバースが登場したのか という歴史を書いていきたいと思います。


出典:

(*1)(*2) Second Lifeに再来したメタバースの波:年間6億ドルを生み出す元祖・仮想世界(1)

(*3) Facebook、メタバース製品グループ立ち上げ 「次のコミュニケーションプラットフォーム」とザッカーバーグCEO

(*4) 濱野智史(2008)『アーキテクチャの生態系』 NTT出版

(*5) フェイスブックが「Meta」に改名。今後10年収益を生まなくてもメタバースに年1兆円投資する本当の理由

(*6) 中川大地(2016)『現代ゲーム全史』 早川書房




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