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文化人物録68(前橋汀子)

前橋汀子(バイオリニスト)
→世界的に活躍する日本人バイオリニストの代表格。5歳から小野アンナにバイオリンを学び、桐朋学園子供のための音楽教室、桐朋学園高校を通じて斎藤秀雄、ジャンヌ・イスナールに師事。17歳の若さで旧ソ連国立レニングラード音楽院(現サンクトペテルブルク音楽院)創立100年記念の一環として、日本人初の留学生となりミハイル・ヴァイマンのもとで3年間学んだ。

ニューヨーク・ジュリアード音楽院でロバート・マン、ドロシー・ディレイなど、さらにスイスではヨーゼフ・シゲティ、ナタン・ミルシテインの指導を受け、小澤征爾など桐朋学園関係の音楽家との関わりも深かった。

個人的にも関わりが深い音楽家の一人であり、たびたびお話を伺った。最近肩の故障のため長期療養することが発表されたが、僕が見る限り80歳を超えた今でも技術の衰えをカバーできるほどの優美で情感あふれる音楽を奏でており、水準は極めて高い。焦らず治療し、復活していただけることを切に願っている。

*J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ」全曲演奏会など

・小学校の時、学生音楽コンクールの時にバッハが課題曲で、30年前にはアルバムで全曲レコーディングをした。コンチェルト、ソリストとしていろいろなコンサートに今も出ているが、無伴奏の全曲演奏会は是非やりたいと考えた。30年前の録音は今聞くと若さ故の未熟さもあったが、もう一度やりたいという思いだった。
・2014年からはチェロの原田禎夫さん、ヴァイオリンの久保田巧さん、ヴィオラの川本嘉子さんとベートーヴェン:弦楽四重奏曲の演奏会を行うなど、室内楽コンサートも開催している。室内楽によって楽譜の見え方、弾き方が大きく変わった。小品でもカルテットをやった後だと新たな気づきがたくさんあった。バッハに再び向き合おうと思ったのも、室内楽でベートーヴェンに取り組んだことがきっかけだった。

・バッハについては30年前からリサイタルに入れたりバロック音楽を深掘りしたりすることで継続的に取り組んできた。宗教曲やオルガンの曲にも出会い、バッハには少しでも近づこうとしてきた。だからこそ全曲演奏への思いにたどり着いた。ヴァイオリンは私の感情的表現にふさわしい楽器であり、巡り会えたことに本当に感謝したい。

・カルテットをやっていると、バッハの和声的な部分がよく見える。ヴァイオリンの曲はほとんど自分1人でやるので、4人で縦線を作りメロディを弾くカルテットの弾き方は新鮮だった。ソリストは自分中心だから、カルテットとは弓の使い方、スピードが全く違う。バッハの無伴奏はソロだけれども、和声的な視点があるのでカルテットでの経験が大いに役立つ。

・30年前とは曲の見え方が全然違う。人生を奏でる、この曲に人生をそのままぶつける感覚だ。全曲録音をしたのは30年前だが、今も無伴奏に挑戦できる気力、体力が残っている。今私くらいの年代でバッハの無伴奏に取り組む日本人奏者は他にいないと思う。

・全曲を弾くのに今はむしろ時間が短く感じる。これもカルテットでの経験があってこそで、曲の全体像が見えるからだろうと思う。ヴァイオリンで表現できるあらゆる奏法が使われていて、ストーリーが語られているのがよくわかる。これは技術的な要素だけではなく、考え方でしょうか。レストランでも料理を出す順番や大きさなどが全体的に考え抜かれているが、音楽でもこうして全体を見ることで見えてくるものがある。

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