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2話:調停1日目・静かに怒りながら話をするので必死でした。

弁舌合戦はアツくなってしまった方が負け。そんなことは分かり切っていたんだけど、冷静になる事が出来なくなるのが、自分が予想していた以外の事を言われる時。

毎回、『どうして、あの時冷静に話ができなかったんだろう・・・』って後悔ばかりだ。

「実はですね…相手の方が結婚生活中、原告者のあなたにモラハラを受けていたという風に言われているんですね。稼ぎが悪いと言われて精神的に苦痛を受けていたと慰謝料を請求したいって、仰っているんですよ」

調停委員さんが私を見る目が冷たく感じる。この人達から感じるのは私に対しての【軽蔑】

そうきたか。

私が唯一言ったマイナスの言葉を誇張して調停委員さんに伝えたんだな。

「それだけでは有りません。あなたは支払うべき税金を支払わず滞納し、相手方の親御さんが立替しているとも聞きました。この事についてはどうですか?」

私は思わず笑ってしまった。武器というには、あまりにも弱い。
声を殺して笑う私に、調停委員さんは眉を寄せる。

「ふう…失礼しました。あまりにも事実とかけ離れていて、呆れてしまいました。」
冷静を装っているが、はらわたは煮えくり返っていた。
私は用意した資料の束から、結婚生活記入していた家計簿を取り出した。

「そうですね。収入が悪いと言った事は有りますが、それは本人が受け入れるべき問題でした。正直、事実でしたし。」

そう言いながら、調停委員さんを睨みつける。私の視線に少し戸惑っているのが分かった。

「コレは、結婚してから私が付けていた家計簿です。ここを見ていただくと分かる通り、相手は結婚してすぐに会社を辞めてきています。ここから、私一人で家計を支え、尚且つ、父の生命保険金を切り崩していくしか家計のマイナス分は補えませんでした。」
「食費がかなり金額が多い様ですが、これを削る事はできませんでしたか?」

そう言われると思った。私は自分の作成した夕飯を写真に撮り日記にしている趣味もあった。

「コレは、私が用意する食事の前と…もう一枚は食事後です。」
「かなりの量を用意されていますが、何人前ですか?」
「二人分です。ちなみに私は食事制限があるので、食事量の記録がこちらです。」
「えぇっと…つまりこの食事の大半は。」
「はい。相手方が食べています。その際にかかった食費が一食あたりこの金額です。」

私の用意した資料を、細かくチェックしていく。

「ちなみに、税金に関しては食費がかかっている事を伝え、相手方が仕事を始めるタイミングで遅れても納付をしたいと伝えました。ですが、いつまで経っても仕事を始めず、コンビニでアルバイトを始めました。その収入は私の半分にも満たない金額です。」

もう一つ、資料を取り出した。電気明細だ。

「また、アルバイトから帰ってきて夜中までゲームをしているせいで、電気料金も上がり、その支払いも私が行っていました。生活費を私や私の父の生命保険を使用して補填しているのに、税金まで支払えというのは、何か違うのではないでしょうか?私にその支払いを求めるのであれば、家庭の中の事を労力で補うのが夫婦ではないでしょうか。」

うーんと唸り声を上げる調停委員さん達。

「あと、相手方は私の父の生命保険金でバイクを買っています。私は、結婚生活で大きな買い物は出来ませんでした。なぜなら、生活を一人で支えなくてはいけなかった訳ですし。」

私は自分の日記帳を調停委員に見せた。

「私は、相手に稼ぎが悪いと言っています。それは認めます。ですが、では私が相手と相手の家族に言われている事に関してはどう思われますか?」

自分の日記帳にマーカーで印を付けたところを指差した。
そこには、私の母の事。娘を預けて職場復帰を強要させられた事は勿論、相手からやられた事、言われた事全て記載した物だった。調停委員さんは、私の日記を見て言葉を失った。

「日記は証拠にはなりませんか?」
「…いえ…コレは毎日記入していたということで宜しいですか?」
「はい」

元夫や義母は、私がここまで記録しているとは思っていないだろう。

【税金の支払いもロクに出来ない女が、デカい口を叩くんじゃない】

そう思っているんだろうな。

自分たちは弁護士がついているから、絶対不利にならないと思って余裕なんだと思う。だから慰謝料を払えって言ってきたんだ。
全部、アンタ達の思い通りにはさせない。

「相手の方が、何を言ってくるのか予想はついていました。彼に私が言っていることは事実ですし、認めます。」

私は笑顔で、調停委員さんに語りかける。
そして、今日最後の切り札をバックから出した。
それは私が元夫と結婚生活を送っていた際に負担していた生活費や贅沢品を購入した時のレシートや明細。

「私が慰謝料を支払うのは一向に構いません。ですが、彼が私に慰謝料を請求するならば、結婚生活中、彼に投資をした3千万円を一括でお支払いしていただけるのでしたら、その条件を飲みますと言ってください。」

調停委員さんは、私が出した切り札を確認している。

「慰謝料はおいくらと言っているんでしょうか?」

私は終始笑顔で対応を続ける。そうしないと、怒り狂って話ができなくなりそうだからだ。

「300万円を請求してきましたね」

「わかりました。では、その300万円分は私に支払う金額から相殺という形で宜しいか確認をして下さい。私から300万受け取っても、その直後に10倍の金額を支払うのでは、ややこしいですから。」

私の笑顔に調停委員さんの顔が引き攣り始めてきた。

「…わかりました。では、そのことを相手方にお話ししますので、また控え室でお待ち頂いても宜しいですか?」
「わかりました」
私は、自分が説明するように作成した資料をササッと片付け、部屋を後にした。
控え室に入って腰掛けると、疲れがドッと出てきた。
『やばい、目眩してきた。怒りを抑えるのに必死だったから…』
資料を抱っこして、目を閉じ頭を休めた。
それから10分くらい経過した時
「ふざけんじゃないわよ!あのアバズレ!」
聞き慣れた声の罵倒が聞こえた。
同じ控え室にいた人が、外を確認する。
「ババアが弁護士に向かって怒鳴り飛ばしてるよ。恥ずかしいねぇ。」

その言葉に、やっぱり義母が騒いでいるんだなって確信した。

「うちに息子は被害者なのよ!なんでうちがお金を支払わないといけないのよ!高い金払ってんだから何とかしなさいよ!」

ちなみに、相手方の控え室は正反対にあった。ここまで聞こえるってことは相当、私が提示した条件にご立腹の様だった。

控え室で待っていると、女性の調停委員さんが入ってきた。
私は、再度呼ばれたんだなって思って、少し腰を浮かせたが

「あ、いいですよ。そのままで」

と言った。
私は疑問に思いながら、もう一度腰掛ける。

「申し訳ないんですけど、ちょっと今日このままお話が出来なさそうなので来月また同じ時間にお越しいただくことってできますか?」
「…はい、大丈夫です」
「じゃあ、今日はお帰りいただいても大丈夫なので。お疲れ様でした。」
そういって、そそくさと部屋を後にする調停委員さんを見送り
私はバックを持ち替えて、エレベーターホールに向かった。
少し遠いからハッキリと聞こえないのだけど、調停室から義母の怒鳴り声が聞こえてくる。

自分たちの思い通りにいかないから、大騒ぎしているんだなと呆れながら裁判所を後にした。

外に出ると、元夫の父親・妹まで待機していた。
私の姿を確認すると、ものすごい形相で睨みつけてきたが、私は視界に入ってない振りをして、そのまま通過した。
皆で来ないと、話し合いすらできないのか。呆れつつ帰路に着く。

こうして、私の調停1日目が終わった。



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