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登場!「制作進行殺し」

※これは『ストライクウィッチーズ』のはなしではありません!

アニメ制作のつらい話ばかり書いているが、もちろん楽しいことだってある。ただそのつらさが尋常じゃないという話なのだ。制作進行をやっていて楽しかったのは、同僚の制作進行たちと、仕事の関係以上に仲良くなること。半数以上の人が数ヶ月で辞めていくなかで、生き残った制作進行は、まさに戦友といえる。深夜に2、3人連れ立って会社を抜け出し、回らない寿司を食べたりした。

若手制作進行は手取り15万円ほどの給料で働いているが、常時車の運転をしているためにお酒が飲めず、忙しくて買い物にも行けないため、お金が貯まる。服を買いにいく暇がなく、いつも同じTシャツを着ている男がいた。あまりのヘビロテのせいで首元がダルダルに伸び切って、乳首まで見えるんじゃないかという無駄にセクシーなTシャツになっていたのを思い出す。

上司であるデスクやプロデューサーも、イメージに反してそんなに怖い人はいなかった。フランクで、会社の上司というよりも、学校の先輩といった感がある。うつ状態の人は多かったが。私にとってやっかいだったのは、一部のフリーランスの人たちである。

「制作進行殺し」との異名を持つ作画監督と一緒に仕事をしたことがある。この人の下についた制作進行は、すぐに業界を辞めてしまうから、こう呼ばれているのだ。何度か顔を合わせてわかったのだが、確かにかなり神経質だった。打ち合わせのときの設定資料の置き方などにもクレームが入る。

その作画監督と私は、一日に何時間も時間を共有し、上下関係も存在するのだが、上司と部下という関係ではない。同じ会社に所属する、まっとうな上司であれば、部下の失敗を注意し、育ててくれるものだと思うが、その作画監督はフリーランスなので私を育てる義務はない。私の至らなさは、単に仕事上のロスなのである。なんで自分の弟子でも部下でもない制作進行を、育てなければいけないのか。これは一面では正しい理屈だと思う。しかし、その作画監督には、「制作進行には自分の仕事のためなら何をさせてもいい」という思考が垣間見えた。

深夜3時ごろのことだったと思う。めずらしく仕事が早く終わって、私は布団で寝ていた。布団で寝る、というのは制作進行にとってはわりと貴重なことで、非常に心地よく眠っていたのだ。そのとき、携帯が鳴る。例の作画監督からだった。

「今どこにいますか?」

「えと、今は自宅です」

「もしかして、鰯崎くん、寝てました?」

「え」

「寝てたんですね」

「……」

「制作進行は、寝ないでください」

そう言い放つのだ。深夜3時のはなしである。しかもその日はもう仕事が一段落したというから、家に帰っていたのだ。ちなみにこの人、制作進行には敬語で話す。それが逆に怖い。フリーザ感。

「ちょっと気が変わって、今からスタジオに入って作画作業をやりたいのです。まだ始発電車が動いていないので、車で送迎お願いします」

とのこと。寝ぼけた頭で考える。東京なので、4時半、つまり1時間半ほど待てば電車は動き出す。それを敢えて私に電話してくる、というのは、「始発の前に迎えにこいよ!」ということなのだ。私は飛び起きた。身支度に10分、自転車で自分の会社に向かうのに10分。そこから車を出して、作画監督の家まで30分。4時ごろには到着できるはずだ、と思う。もし到着が遅れて、電車が動き出してしまえば、おそらくこう叱責される。

「動きが遅すぎます!これなら電車を使うのと変わらないじゃないですか!だいたい、なんで寝てたんですか!」

私を呼ぶよりタクシーのほうが断然早い。言いたいことはいっぱいあるが、それを言うとさらに面倒なことになる。とにかく間に合わせるしかない。私は布団に別れを告げる間もなく、家を出て全力で自転車をこいだ。

「制作進行殺し」の通り名は伊達じゃない。

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