マガジンのカバー画像

鰯崎友×born

151
鰯崎友の個人note+WEBマガジン bornでの記事、作品をまとめました。
運営しているクリエイター

#映画レビュー

劇場版『フリクリ オルタナ』『フリクリ プログレ』

『新世紀エヴァンゲリオン』という90年代最大の話題作を生み出したアニメスタジオ・GAINAXにとって、エヴァ以降、どのような作品を作っていけばいいかというのは、結構たいへんな課題だっただろう。 『エヴァ』の監督の庵野秀明は、1998年の『彼氏彼女の事情』のあと、しばらくアニメ制作から遠ざかってしまった。最大の立役者が第一線から退いてしまったのだが、アニメファンの、GAINAXのSFアニメに対する期待値は天井知らずに上がっていた。私も『エヴァ』のイベントに通い、グッズを集めて

小津安二郎監督『東京物語』

シネ・ヌーヴォにて、小津安二郎監督の『東京物語』4K修復版を鑑賞。1953年の、モノクロ映画だが、そこは世界的評価を得た作品だけあって、はじめは古いな、という感じがするけど、それも一瞬、あっというまに作品の世界にひき込まれる。さすがだ。 よく言われることだが、小津のローポジション、ローアングルのショットは絶品だ。これ以上、削るものも、つけ足すものもない、完璧なバランス。『東京物語』の画面からは、幾何学的にかたちを配置する、例えて言うなら理系的な知性を感じる。パッションに任せ

『ソナチネ』かけがえのない夏の日

北野武監督といえば、夏を舞台にした傑作が何本も思い浮かぶ。『あの夏、いちばん静かな海。』『菊次郎の夏』などはまさにそうだし、『アウトレイジ』でも夏のシーンが多い。この作家には、夏という季節が似合っている。 私は、夏の、ギラギラした光と、日が暮れて訪れる夜の闇のギャップが、北野映画に存在するギャップとよく似ていると思う。過剰なまでに暴力的な描写と、反面、どこまでも静かな、叙情性をたたえたショット。北野映画には、このふたつの要素がいつも同居している。 北野の初期作品『ソナチネ

『レディ・バード』 はばたくとき

クリスティンは自分の名前が気に入っていない。だから彼女は本名ではなく、”レディ・バード”と名乗る。彼女は生まれ育った窮屈な地方都市と、貧しい家庭を憎んでいて、”なにか”になってそこを出ていきたいと切望している。しかし、なにをやっても中途半端だ。 わたしが映画学校に通っていた頃、恩師がこう言っていた。 「ストーリーは手段にすぎない」 目新しいストーリーを考えることは、誰でもやる。でも、斬新なストーリーが”物語”になるかは、別の話。そんなことを話しながら、先生が参考作品と

『Vision』生命は別れ、交わり、塊となる。

ハリウッド映画が、レストランでおいしく、安全に調理された料理だとすると、河瀬直美の映画は、屠られたばかりの獣の、血のしたたる肉の塊だ。生臭く、人によっては食中毒を起こす。 奈良、吉野。悠久のときが流れる生命の森。都市の暮らしに疲れて、山守として過ごす智(永瀬正敏)は、このところ、森の様子に違和感を感じるようになった。木々のざわめきや光の具合、空気が、どことなくおかしい。同じく森に暮らす老婆、アキ(夏木マリ)は、智に言う。「森の様子がおかしいのは、千年にいちどの時が迫っている

寺山修司【永遠に続く問い】

唐突だが、まずは以下のふたつの命題をご覧いただきたい。 ①「問い」は、「答え」を導くためにある。 ②「答え」は、「問い」を導くためにある。 このふたつのうち、あなたがどちらに共感するのかを、考えて欲しい。少し補助線を引いてみよう。①については、たとえばあなたがどこかの会社の株を持っているとする。「明日の株価はどう変動するのか?」と問うあなたは、これまでの株価の推移や、識者の展望、あるいは勘といったものを用いて、「明日の株価は上がるor下がる」という答えを得る。このばあい

『レディ・プレイヤー1』スピルバーグの魔法

さて、スピルバーグだ。周知のように、この人はお客さんをワクワク、ドキドキさせる天才なのだが、その仕掛けは驚くほど簡単。シンプルな手品ほど見破られにくいのと同じ。古い話になるが、『激突!』では主人公を執拗に追いかけてくるトラックの運転手の顔を一切映さない、ただそれだけの仕掛けであのなんとも言えない不気味さを描き出してみせる。また、『ジョーズ』では有名な「ダーダン、ダーダン、ダダダダ ダダダダ」というたった2音だけで構成された音楽でサメの襲来を知らせる。見ている我々はパブロフの犬

『花咲くころ』 友愛と抵抗のダンス

少年が少女に愛を告白する光景を、偶然あなたが目にしたとする。他人事なのに、こちらまで緊張してしまう。かつての自分の記憶を、目の前の二人に重ね合わせるかもしれない。 しかし、その愛のしるしが、「少女を誘拐する」ことであったら… 岩波ホール創立50周年記念作品として上映されている、『花咲くころ』は、ジョージア(グルジア)出身の女性映画監督、ナナ・エクフティミシュヴィリと、その夫であるジモン・グロスによって撮られた映画だ。エクフティミシュヴィリの少女時代、1990年代前半の思い

さようなら、高畑監督

高畑勲監督が亡くなった。長年、盟友である宮崎駿監督とともに、スタジオジブリのツートップとして素敵な作品を届けてくれたことに感謝したい。 正直に言うと、高畑の作品に関しては、出来にムラがあるなあ、と常々思っていた。『おもひでぽろぽろ』は、都会でOLとして働く、タエ子という20代の女性が、山形県にある親戚の農家に滞在する、というお話。農家の暮らしに強く惹かれたタエ子は、葛藤を抱えつつも農業に従事する人々の温かさにふれ、東京を離れる決心をする、というストーリーだ。この映画に関して

『ひなぎく』 女の子映画の決定版

最新の3DCGに、クリアな音響、カメラの性能も日々向上し、映画はどんどん進化してゆきます。名作とされる昔の映画を観て、なんだかチープだなあ…と拍子抜けした経験もあるかと思います。しかしながら、まれに、どんなに時代が変わろうともその輝きを失わない作品が存在するのです。『ローマの休日』を最新の機材で撮り直したら、あるいは『2001年宇宙の旅』を3DCGでリメイクしたらどうなるか。本家を超えることができるでしょうか。映画の歴史のなかで、ごく僅かな作品が、極北へとゆきついている。本日

線でマンガを読む『夏目房之介×手塚治虫』

『線でマンガを読む』について、毎回ご好評を頂いており、読者の皆様に感謝を申し上げたい。ここらで、自分がこのコラムを書くきっかけとなった尊敬する先達を紹介しておこうと思う。マンガ家兼マンガ批評家、夏目房之介だ。 NHK・BS2で1996年から2009年まで放送されていた『BSマンガ夜話』という番組がある。毎回ひとつのマンガ作品を取り上げ、さまざまな角度から語り合うという内容。レギュラーコメンテーターはマンガ家のいしかわじゅんと夏目房之介、評論家・岡田斗司夫の三人。司会進行は交

『15時17分、パリ行き』 世界最強の男の映画

最近、ジジイたちがアグレッシブだ。77歳の宮崎駿が短編映画『毛虫のボロ』を完成させた。80歳の大林宜彦は超アヴァンギャルド映画『花筐』を撮った。そして、海の向こうにも活発なジジイがいる。今年87歳を迎える、クリント・イーストウッドだ。 ご存じのように、イーストウッドは世界最強の男だ。彼は街を牛耳る無法者と戦い、ドイツ軍のタイガー戦車と戦い、いかれた連続殺人犯と戦い、年を取ってからは軍曹として若い兵士たちを鍛え上げ、再度、街の無法者と戦い、宇宙に飛び立って地球の危機を救った。

『シェイプ・オブ・ウォーター』 これから観にいく人へ 【デル・トロの演出を深読みする】

『シェイプ・オブ・ウォーター』、観てきました。評判に違わぬ力作で、とても満足しました。変化球と思いきや、美しい映像で語られる直球のラブストーリー。私、アカデミー賞授賞式のさいのギレルモ・デル・トロ監督のスピーチにちょっとうるっと来たのです。 「私が子供だった頃メキシコで育っていて、こういったことが起こるとは想像もしていませんでした。しかし、それが実現しました。夢を見ている人達、ファンタジーを使って現実について語りたいと思っている人達に伝えたいです。夢は実現するんです。切り開

再生

2018年最もオススメしない映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』

『デヴィッド・リンチ:アートライフ』を鑑賞してきました。はてしない闇を湛えた創造者、映画監督兼画家のデヴィッド・リンチ。心酔しているんです。私にとっては『バーフバリ』観てる場合じゃないんです。いや、『バーフバリ』も楽しく観ましたが、あれは一過性の楽しさ。リンチの映画は今の自分を形作っている何かの、かなり奥のほうにまで染み込んでいるのです。 このドキュメンタリー映画は、彼を愛する人々へのボーナス・トラックです。ですので、この映画を人に薦めるつもりは全くありません。リンチに思い入れがない人が観ても仕方ないし、リンチ・フリークはわざわざ薦めなくても勝手に観に行きます。 作品中にて、『0.9502秒前に撃たれた男』『ボブは全く知らない世界の中で自分を見つける』『彼女は傷つき家に歩いて帰ると誰かがいた』などといった、リンチによる妙なタイトルの絵画が色々登場します。また、リンチの語る幼少期のエピソードも心に残りました。 「街に行ったとき、向こうから深い闇がやってきた。それは巨大な裸の女だった。彼女は泣いていた。なんとかしてあげたかったが、私にはどうにもならなかった…」 正直、興味のない人にとっては、ただただ気味の悪い映像が次々と流れる、拷問にちかい88分だと思います。リンチ作品はホラーにも、サスペンスの範疇にも収まりません。造られた恐怖やスリルを語る作家ではないのです。 青年のころのリンチは、地下室にこもって果物や小動物の死体が腐ってゆく様子をずっと観察していました。その体験が、彼の様々な作品に投影されています。飾ることのない、剥き出しの死と生の姿を垣間見せてくれる存在なのです。 微笑ましいシーンもあります。アトリエにて、幼い娘さんとふたりで創作活動にいそしむ姿。こんな幼児が闇の深淵に触れて、情操教育的に大丈夫か?という疑問は残りますが。 あと、この映画の監督には、ジョン・グエン、リック・バーンズ、オリヴィア・ネールガード=ホルム、という人物が名を連ねていますが、このうち、リック・バーンズについては「名前は偽名で、正体は明かせない」とのことです。よくわかりませんが、この不穏な気配はいかにもデヴィッド・リンチのドキュメンタリー、という感があります。 今回の映画を観て、最近、自分の中のデヴィッド・リンチ成分が欠乏していることを実感しました。あらかたの作品を見直しましたが、まだ足りません。願わくば、リンチの短編映像をどこかの劇場で公開して頂けないものでしょうか。餓えているのです、闇に。 More dark! 『デヴィッド・リンチ:アートライフ』監督:ジョン・グエン、リック・バーンズ、オリヴィア・ネールガード=ホルム 2016