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【短編小説SS】雨男

「いい加減にしろよ、お前」

一つ上の小林先輩が、僕の胸倉むなぐらを勢いよく鷲掴みにしてきた。

「毎回毎回、お前がくるときだけ雨じゃねぇか」

吐き捨てるような先輩の言葉とともに、僕は更衣室のロッカーに体ごと押し付けられる。
金属質の扉の冷たさもあいまって、僕の背中はより痛く感じた。

「負けたからってみっともないぜ、小林」
「まあ、運営もこの状況でよく決行したよな……」
「っていってもさ、雨程度じゃ中止になんねーよ。台風でないと」
「もうちょっと距離あればな……あと0.5秒くらいだったか?」

僕以外の部員たちは、今日の短距離走の大会について話していた。
ぐい、と押し付けられた僕は特に反論することもなく、ただ口を閉ざす。

顧問の先生もこの場にいるのに、何もいおうとしない。

というより、顧問の先生は、先輩たちの行き過ぎたと思う行為に一切介入しない。つまるところ、勝てばいいからだ。

「チッ、次から大会くんなよ!雨男」

そういい放って、小林先輩は僕を突き飛ばすように離しロッカー室を出て行った。

自由になった僕に、やっと顧問の先生は口を開く。

「小林くんは負けて気がたっているのかもね。でも五十嵐いがらしくん、そんなことは気にせず練習するといいよ」

当たり障りのない心がこもっていない言葉に、僕は小さく頷いた。
他の部員たちは僕に興味を失ったのか、まだ大会についての議論をしている。

いつもの全気候型トラックタータンと違って、この大会は、土でのグラウンドトラックだ。さらに全国規模の大会になる。

受験を控え残りを数える程度しか出場できない先輩は、さぞ悔しかったことだろう。
去っていった泥だらけの靴跡がところどころに残っていたのが気になり、僕はモップを片手に掃除することにした。

ぬかるんだグラウンドは、走りづらかったとも思う。

僕を手伝いもしない顧問の先生は、その様子をみて嬉しそうに背中を叩いた。

「小林くんは、わずかに記録に届かない君をライバル視して、妙に絡むんだろうね。君が練習すれば小林くんなんて目じゃないよ。きっと」

またも顧問の先生の言葉が僕に突き刺さる。

――そんなことをいっても、結果がでなければ大会に出さないくせに。
雑用係がいないと不便だから、そんなうまいことをいってるだけなんでしょう?

僕は、いいたかったその言葉を飲み込んだ。

その代わりに靴を新調し、僕は結果を出そうと翌日から走った。

雨だろうが、強風だろうが、がむしゃらに走った。

先輩に追いつけるように、追い抜けるように。

負けなくなかったし、苦しくて、なにより悔しかったんだ。

その言葉をいえなかった自分にも、勝てなかった自分にも。

走れるところはどこでも走って。

それでも、やっぱり先輩には敵わなかった。

――やはり僕よりわずかに速いんだ。

「すべてはこれまでの結果で決めている。さて明日の大会は恐らく小林くんが走ることになるだろう」

顧問の先生の言葉に、小林先輩は目を細めうすら笑いで僕を見た。
まるで、お前の努力は全部無駄だ、といわれているようで。
視界がにじむ。
それ以降の話は僕にはもう届かなかった。

*****

翌日、大会の会場はすでに雨がパラついていた。

「また雨じゃん、お前のせいで」

小林先輩は会場ロッカーにつくなり僕の肩をドン、と強く押してきたのだ。
周りの部員たちは、誰も何もいわない。

そこにタイミングよく顧問の先生が現れた。

「やあやあ、おはよう」
先生の言葉に口々に挨拶を交わし、次の先生の言葉を待った。

「さて、今日の大会だが――小林くんではなく、五十嵐くんに出てもらう」
「はぁ?いえ、失礼。先生、何をいって……」

先生の言葉に、小林先輩は理解ができずに絶句した。

「まあ、聞いてくれたまえ。君は晴れの日しか、得意じゃないんだろ?雨天時は五十嵐くんが強いからね」

やがてその言葉がようやく脳に行き着いたのか、口を開けながら小林先輩は先生に詰め寄った。

「いや、なにをいって……だって俺のハズじゃ」
顧問の先生は、作られた笑顔を保ったままだ。

「じゃあ、支度してくれ。他の選手もだ」
「ちょっと、先生……俺の、最後の試合ですよ?」

「君の最後かどうかはどうでもいい、昨日もいっただろう。すべてはこれまでのコースの結果をみて決めてるからな」

先生は僕の靴と顔を一瞥して、言い切った。

「五十嵐くん、いつも通り走れるな●●●●●●●●●?」

僕は大きく頷いた。
僕が履いている新調した靴は、雨天時や悪天候もものともせず走れる特製スパイクシューズだ。

「まかせてください」
僕はふう、と気合を入れてロッカーを出る。

「俺の、最後の……」
閉まる扉の向こう、わずかな隙間に先輩がうなだれるのが見えた。

降りしきる雨の様子に顔をしかめた他の選手たちを、僕は見つめる。
僕は雨に負けない、雨を味方につけるんだ。

もっと降ってくれて構わない。

悪天候は僕の独壇場どくだんじょう

会場に叩き上げる雨しぶきが、僕には歓声に聴こえた。

66日ライラン参加中。
下書き整理中、原稿落としたくなく短編小説お蔵出ししました。少し記事制作のお時間をば…💦

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