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くどうれいんさんの「桃を煮るひと」

自分でもどういった経緯でフォローしたのか忘れてしまったけど、くどうれいんさんが学生の頃からSNSをフォローしている。

古参ぶるのやな感じだし、昔から知ってるなんていっても、ただ一方的にSNSを見ていただけの話だし本当のところは何も知らない。

ただ、私がSNS上で垣間見える彼女の言葉やたまにアップする写真なんかになんだか良いな〜と思ったのは確かでなのでずっとフォローをしている。

短歌や俳句を詠む彼女の言葉が好きだったし、学生で一人暮らしをしていたであろう頃の彼女のSNSにアップされる料理の写真を見ては良いな〜と思っていた。料理作りました!というより、「大好きな後輩が来て一緒に美味しいご飯を食べました!」とか「疲れたから絶対美味しいご飯を食べるんだ!」とか、彼女が生きる生活の中の料理が好きだった。

2018年に自費出版で「わたしを空腹にしないほうがいい」の食エッセイを出し、初めてれいんさんの本を手に取ったときは、はるばる私の家まで来てくれてありがとうねと思いとても嬉しかった。手触りがよく愛が込められた本だった。

素敵な本だったのでとっておきの場所で読もうと思い、早起きして静かな海で読んだ。

それから5年。色々な雑誌でエッセイを掲載したり本や絵本を出版し、小説は芥川賞候補にもなった。あっという間に執筆家として様々なメディアで彼女を見るようになった。

そして、「わたしを空腹にしないほうがいい」から5年ぶりに「桃を煮るひと」の食エッセイが出版された。

桃のようにすべすべとした肌触りの本。なんだこの気持ち良さはと思った。初めてれいんさんの本を手に取った時と同様に、手触りがよく愛が込められた本だった。

すべすべの表紙。気持ち良くてずっと触ってしまう。

ページをめくると、本の中で生きる彼女の生活は昔のままだった。美味しいご飯を食べ、料理を作り、生活を続けていた。

昔はれいんちゃんと呼んでいたけど、どんどん活躍の場を広げる彼女をさん付けで呼ぶようになった。だけど「桃を煮るひと」に生きる彼女は昔と変わらないれいんちゃんだった。

これからも料理に囲まれた生活を続けていくんだろうな。私もれいんちゃんと一緒に歳をとっていく。




ここまで書いたけど、人の人生を知ったように書いて恥ずかしい。恥ずかしいけど私が思っていることなので投稿しましたが、どうか誰も読みませんように。


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