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【海花の話】月と海に向かう赤

「この駐車場を出たら
右に行きたい?左に行きたい?」

そんなシンプルな選択すら
すぐに出来ない私の戸惑いを
風で吹き飛ばすように
君はのぼりはじめた白い月の方へ
ハンドルを切った

しばらく車を走らせ
壁にイルカの描かれた赤いトンネルを潜ると
目の前には海が

ずっと海で生きてきた君と
海を思い出しはじめた私

ゆらゆらと
かすかに赤い月の明かりの中
深海と海面とを行ったり来たりしながら
ぎこちなく泳いだ

「発光してるように見える人っているよね
いつか光ってみたい」

と君は言った

私には初めから、光って見えていたよ
と伝えたかったけれど
上手く言葉に出来なかった

そのものを生きている人は
自分ではそれに気づけないのかもしれない

帰り道
「健康には野菜が大切だよね」
なんて会話をした後
君は大きな袋のスナック菓子を食べていて
思わず笑ってしまった

「私も食べたい」

と次は素直に言えるかな

あの日から私は
世界は何層にも重なっていてることを知り
右に行きたいか、左に行きたいかを
怖がらずに声に出すことを決めた


まるであらかじめ決められていたような
夢か現実かの区別の仕方を忘れてしまう
海から来た沢山の鯨雲と
山から来た踊る蓮花の雲を見た
満月前夜の出来事

またいつか会えたとしたら
あの頃よりもお互いに
光を取り戻せていますように


photo Noriko Iwabuchi
model ituka

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