2012年12月26日「沼」

 僕は彼女と結婚したいと思って、プロポーズをした。彼女は「君はまだ12歳でしょう、だから返事をすることができない」と断った。僕は、20歳になったらまた聞きにくるといって彼女の前から姿を消した。


 8年後、大学生になった僕は彼女の前に現れてまた同じ質問をした。背もだいぶ伸びたし、自動車だって運転することが出来るようになった僕はきっと大丈夫だろうと思って、今夜泊まるホテルもすでに用意しておいた上で彼女に再度プロポーズした。しかし彼女は断った。僕の眼は点になった。彼女の言い分は「もうすでに恋人がいるから。」僕は「わかった。そいつがこの世から消えればいいんだね。」とつぶやいて彼女の前から姿を消した。

 その夜、警察が僕の家にきて、僕の手首に手錠をかけた。僕は彼らになんで僕が逮捕されなければいけないんですか?と聞いた。彼らは何やら複雑な番号を羅列し、その罪に該当するからお前を逮捕するのだ。逮捕状もちゃんとある。と言った。君は裁判をうけ、罪を確定させ、砂漠の牢獄で月の光をあびて魂を浄化させなければならない、と言った。

 僕は彼らの一瞬の隙をついて、逃げ出した。どこまでもどこまでも走った。靴がすりきれたら裸足で走った。足がぼろぼろになってもう動けなくなってしまったところでようやく立ち止まった。そこはある沼のほとりだった。夜、空には月が輝いていた。遠くでサイレンの音が聞こえる。僕は沼に身を投げ入れた。

 体はどこまでもどこまでも沈んでいった。しかし何者かの手が僕をつかんだ。そして僕の体を2つに引き裂いた。そして手はそれらを沼の上に引き上げた。

 沼のまわりにはありとあらゆる人が集まっていた。警察も、マスコミも、あの子もあの子の恋人も。僕をひきあげた手は巨大な女神のものだった。右手の平の上には金の僕が、左手のひらには銀の僕が横たえられていた。そして女神はその場にいるもの全員に問いかけた。


「あなたがたが落としたのは金の彼ですか?それとも銀の彼ですか?」

 大きなひげをたくわえた警視が前にあらわれて大声で叫んだ。

「われわれが探しているのはそんな神々しく輝く彼ではない。求めているのは本物の、もっと薄汚い、しかし確かな質量を持った彼だ。彼をどこに隠した。大人しく差し出しなさい」


 女神は首をふって答えた。

「そんなものはどこにもありません。最早それは失われてしまいました。未来にも、過去にも現在にも。」

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