2013年9月6日の日記


 アシモフ、「われはロボット」を読んだ。これは短編集だが、なかでも気にいったのは「うそつき」だ。この短編は「ロボットものSFに革命を起こした~」という枕言葉なしでも十分面白いと人に勧めることができるものである。


 これは心を読むロボットの話である。ある天才女科学者には好きな男性研究員がいる。しかし自分よりもずっと若いその研究員は以前若い女を連れて歩いていた。それを天才女科学者は目撃してしまったのだ。あの若い女はなんなのか?自分のことを彼はどう思っているのか…心を読むことができるロボットなら彼の心の内部をのぞくことができる。多少躊躇するもののたまらず彼女はロボットに聞いてしまう…結果は…


「彼女は彼の従兄で、その関係はロマンティックなものではありません。実は彼はあなたのことを愛しています。彼は人の外見よりも内面を愛するタイプなのです…あなたたちは相思相愛です…」

 女科学者は狂喜乱舞する。もちろん表には出さないが。しかし、翌日から明らかに濃くなった化粧を見れば彼女の内面の変化は一目瞭然だったろう。唇に惹かれたルージュ、おしろい、長くなったまつげ…もちろん例の男性研究員も彼女の変化に気づいてこう感想を述べる。「あのばあさんいいことでもあったのかな?最近やたらよく会うし…」


 例の男性研究員は女科学者に大事な話があるとって彼女を別室に呼び出した。「ああ、ついに愛の告白をされるのだわ」と思った彼女は鼻息を荒くしてついていく。そして別室につくと男性研究員はちょっと咳をしてからこんなことを言う。

「実は結婚することにしたんです。」

「誰と?」

 女科学者はその答えをまちきれず、問いかける。男は答える。

「…ほら、前に研究所につれてきたあの女の子ですよ…頭はよくないけど可愛いんだ。いや、やっぱり人間中身よりも外見ですよ。」


 女はふらふらになりながら研究所の中をさまよう。そしてあれこれロボットについて調査を始める。そして知った真相を胸にしまいこんでロボットの元へと行く。そしてロボットを問い詰める。


「あなたは他人の心を読んだ結果を私に伝えたんじゃない…ただ、私の望む答えを、私の心を読みとってそれを伝えただけなんだ…」

 ロボットはうなだれる。

「ロボット工学原則第一条にはこうあります。人間に危害を加えることはできない、と。危害とは肉体的なことだけでなく、精神的なことも含みます。問いに対するある答えがあるとして、それを答えれば目の前の人間を傷つけるとわかっていながらそれを答えて人間を傷つけることはできません。私はロボットですから…」

「でも嘘をつかれたことで私は余計傷ついた。正直に答えれば私は傷ついた。だけど嘘をついても私は傷ついた…どちらにしても傷ついた…どちらを選んでも私は…」

「やめてください!私は、私はただ傷つけたくないから…」

矛盾をつきつけられたロボットの頭脳はショートし、壊れた。そして目の前の残骸にむかって苦々しく女科学者は言葉を吐き捨てた。「うそつき!」

 短編集の中ではこの話が一番うまくロボット原則を運用しているように思えた。「うそつき」というよく考えてみれば奇奇怪怪な現象を、とにもかくにもロボット原則という「決まりごと」から導き出してみせたのである。ロボットはただ原則に従って、というか原則に違反しないようにできるだけ努力して行動しただけである。だから当然女科学者の「うそつき」という言葉は適切でない。もちろん彼女もそんなことはわかっているだろう。しかしそういわざるを得なかった。それだけ傷ついていたのである。この女科学者がこういう言葉を発したことについて、共感できる人は多いのではないかと思う。


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 たとえば、嘘を言ったのが人間だったとしたらどうだったであろう?…たとえば他人の心を読むことができる人間がいるとする。それが他人を傷つけたくがない故に嘘八百を言うのである。…この場合でもやはり人は嘘をついた人を憎むだろうか?…まず人が人の心を読める、などと言っても人は信じないだろう。しかしこの場合ロボットで、そういうこともありうると科学者たちは納得していた。だから信じた。ロボットだからこそ心を読むという能力を信じたのだ。

 しかしロボットゆえに人間に危害を加えることができなかった。結果として、嘘をつかざるをえなかった…。ロボット工学第一条がなければロボットは命令を忠実に聞いて他人の心の中を明け渡しただろう。しかし第一条を排除することは人類にとってあまりにも危険すぎる(そのことは他の短編でも繰り返し描写される。)。第一条は、人間よりもずっと能力の高い、ロボットの主導権を人間が握るための生命線なのだ。…だからそれを排除することはできない…

 ある意味で、この物語において矛盾におかれているのは女科学者自身とも言うことができるのだ。矛盾に耐え切れなくなり、彼女はその矛盾の根源たるロボットを壊した…道具を人間にとって安全なものにするための機能が、ロボットの予測不可能な行動を生む、結果人間を困らせる…その構図はこの小説で繰り返される。そして最終的にはロボットは第一条に違反しないため最善を尽くし、誰にも気づかれないままに人間をあやつる、人間の主人となるのだ。ここまでくると小説全体にオチがつく。それはなかなか示唆的だし、エンターテイメント小説としての「面白さ」も多分に含んでいる。間違いなく名作と読んでいい小説であると思う。


 まとまらなかったが、まあ感想はそんな感じだ。それから、第2話の水星での話で、旧式のロボットがパウエル(だっけ?)を救うためにドタドタ鈍いスピードで近づいてくるシーンはすごく気に入った。なぜだかわからないが…

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