補遺


 風呂に入っていると、何か強烈な虚無感に襲われた。最初はリラックスしていたのだが、あれこれと考え事をしているうちに段々と思考が汚れた方、爛れた方へと向かっていってしまった。目に映るもの、身の回りの全てが馬鹿馬鹿しく思えてきた。湯船に浮かぶ垢も、壁のタイルの間に蔓延っている黴も、それを餌にして生きている極小の虫たちも、何もかもが馬鹿馬鹿しかった。私は必死にそんな思考の渦から抜け出そうとした。しかしもがけばもがくほど私は深淵の中へと堕ち込んでいった。しまいには自分がスヴィドリガイロフが言ったところの「蜘蛛だらけの浴槽」の中にいるとしか思えなくなってしまった。とにかくひどい虚無感であった。タオルで自分の体をこすっているとしまいには自分そのものが跡形もなく消えてしまいそうだった。鏡には虚無が写っていそうでそちらに目を向けることはできなかった。とにかくひどい状態であった。…何よりも忌々しかったのは、飯でも食べてリラックスすればこの忌々しさも跡形もなく消え去ってしまうであろうということが自分でもわかっていたことだった。…そして実際、夕食を食べて腹がふくれるとあれだけ私の心を蝕んだ虚無感は綺麗さっぱり消えてしまっていた。私はやるせなさで泣きそうになったが、その哀しみすらもなにやら人工めいた、金属やゴムの匂いを発していた。こんな感情を理解できる人間が果たしているのだろうか?…それは何人かはいるであろう。しかしそれが何だというのか?…いや、もうやめよう。こんなことは無限に書くことが出来るが…。ただ書けるというだけにすぎないものを書き続けることに何の意味があるというのか?

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