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クラス全員をカラオケに誘ったら三十分の間に半分が帰った

 作家という人間について多くの人々が勘違いしている。作家というのは無から無限の物語を紡ぐものだと思われがちだが、糸なくしては布が織れないのと同じく、全くの零から物語を生み出すことはできない。その糸は作家によって映画だったり絵本だったり音楽だったりするだろう。つまり、物語とは現実という布をほどいて再び編みなおす、現実の再構成に他ならない。


 私にとっては文字通りの意味で「少年の日の思い出」の中に強い影響を与えたエピソードがある。僕に影響を与えた人々への敬意として、個人名は伏せるがいずれも実際に私の周囲で起こった実際の出来事である。

思い出の始まり

 前回までのあらすじ

 中学校の卒業式の後、クラス全員参加のカラオケパーティに参加した僕。「元気グループがジャニーズとバンプの曲を予約しまくる三十五人カラオケ」に早々に飽きてしまい、友達三人とともに「コールオブデューティ モダンウォーフェア」やりたさに早退してしまったのだった。


 
 そねさんの取り乱した様子を見て、周囲は大人を呼ぶことを少し考えたらしい。そねさんは卒業式二次会ともいうべき、レンタルスタジオカラオケパーティーの幹事の一人だった。僕ら四人が帰ったことを別の幹事の女の子から聞いた彼女はひどく驚いたそうだ。はじめからこの集まりは自由解散と聞いていたし、僕らは全く悪気無く「クラス全員で順番が回ってこないカラオケ」より「気心知れた仲間とゲーム」を優先したのだ。

 数日後、偶然図書館で出会った同級生からその後の顛末を聞いた。彼女は僕らにひどく怒っていた。卒業式の後で本当によかった。

 そねさんたち幹事が全員を集めることに固執した理由を聞いた。そねさんははじめ、男子3人女子3人でカラオケでお別れ会をするつもりだったらしい。好きな男子3人を誘った彼女たちのかわいい目論見は少しずつ瓦解していった。誘われた男子3人はいつもつるんでいる仲良し4人組で行っていいならなら行く、と返事したのだ。ならばこちらも1人増やすまで、となるわけだが、仲良し3人組が一人だけ女の子をさそうということは難しかったようだ。仕方なく女の子が5人になりーー「それじゃあ俺たちももう一人誘っていい?」と男子チームが言い出し、いよいよ収拾がつかなくなってしまった。そねさんは人数調整をあきらめ、クラス全員を集めることにしたのだ。中学生でありながらレンタルスタジオを抑え、ケータリングまで手配して見せた彼女の手腕には脱帽する。見事だ。


 彼女の失敗は「カラオケに飽きてクソ男子が帰る」ことを予見できなかったことだ。そねさんは女子を次々誘う口実に、「XX君も来るよ、最後に遊べるチャンスだよ」と話していたそうだ。僕ら、早退クソ男子四人(そねさんたち幹事グループにそう呼ばれていたらしい)目当ての女の子もいたらしい。これには本当に驚いた。「XX君が帰ったんだったら帰ろうかな」と女の子二人が帰り、何人か帰る様子を見て「帰っていいのか」と気づいて男子が帰り支度を始めてしまい、三十分で半数近くが帰ってしまい、男女比も女子多数に大きく傾いてしまい、現地はかなりの悲壮感だったという。広いスタジオだっただけに人が減るとかなりさみしい。付き合っている女子がまだ残っているとか、嫌われ者で友達が一人もおらずなかなか帰ると言い出せないとか......前向きに楽しくて残っている男子はいなかったらしい。この話を聞かせてくれた友達も、彼女が残っているから帰ると言い出せなかったらしい。

 はじめの女の子幹事三人はカラオケのあとそれぞれが好きな男子に告白するつもりだったそうだ。一人だけ振られたらどうするつもりだったのだろう。そねさんは準備や手回しは上手だが、リスクの予見が苦手だったのだろうか。果たしてはじめにさそった男子は全員途中で帰ってしまった。
「っていうか、何で帰らせたの」
 そねさんの怒りは、私たちが帰るのを止められなかった女の子に飛び、廊下でモメにモメ、スタジオ内の空気は最悪だったという。

 この話を図書館の自転車置き場で聞いて、僕は「そうか」とつぶやいてから「早く帰ってよかった~」と胸をなでおろした。友達は「俺も一緒に帰ればよかったよ」と肩を小突いて笑った。男子中学生というのは、本当に人の気持ち、特に女の子の気持ちがわからないものだと今になって痛感する。願わくば、今の私は人の気持ちがわかる中学十三年生でありますよう。

そねさん(仮名)、本当にごめんなさい。


続き


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