親友は貧乏なのにいいやつだった

 作家という人間について多くの人々が勘違いしている。作家というのは無から無限の物語を紡ぐものだと思われがちだが、糸なくしては布が織れないのと同じく、全くの零から物語を生み出すことはできない。その糸は作家によって映画だったり絵本だったり音楽だったりするだろう。つまり、物語とは現実という布をほどいて再び編みなおす、現実の再構成に他ならない。


 私にとっては文字通りの意味で「少年の日の思い出」の中に強い影響を与えたエピソードがある。僕に影響を与えた人々への敬意として、個人名は伏せるがいずれも実際に私の周囲で起こった実際の出来事である。

前回までの思い出


あおきゆうだいさん(仮名)について

 あおきゆうだいさんはいいやつだ。彼が嫌いな奴なんて、少なくとも男子の中には一人もいなかっただろう。多趣味だから、誰とでも遊べるし、運動部も文化部も関係なく交友が広かった。僕が「自衛官探偵」を知るきっかけになった男だ。


 僕が図書室で貸出業務に就いていると、あおきさんがカウンターにやってきて「自衛官探偵は無いの」と尋ねた。無い、と答えた。図書室の本すべてを読んだわけではないが、だいたいの蔵書は頭に入っていたので即答できた。彼は半分残念そう、半分予想通りという顔をして、「そっか。ありがとう」と言って出ていった。今にして思えば、ふとした瞬間に度々口にする感謝の言葉が彼を人気者にした秘訣なのかもしれない。

 一週間ほどたって、彼がまた図書室にやってきた。「ほら!」彼は嬉しそうだった。「買ったんだよ、自衛官探偵!」そんなこと、わざわざ図書室で話さなくてもいいのに。「さっき読み終わってさ! 貸してやろうと思って!」

 彼は昼休み中に読み終わったそれを、昼休み中に僕に貸したくて図書室へやってきたらしかった。本を貸してもらえるとは、僕にとっては思いがけない喜びだ。いつも貸してばかりだったからだ。

 僕はその晩のうちに「自衛官探偵」を読み終わり、翌日出欠を取る前に返した。続きを貸してくれと頼んだが、「無い」と返された。僕はがっかりした。巻末にあった既刊紹介には、少なくとも三冊は続刊があるようだった。彼が続きを持っていなかった理由は単純で、買う金がなかったからだ。文庫本、一冊、六百円。「じゃあ、今度は俺が買って貸してやるよ!」

 こうして僕らの友情は始まった。僕らは交互に続刊を買って、二人で「自衛官探偵」シリーズを所有した。放課後一緒に本屋に行ったり、映画を見に行ったりと僕と彼の交友は物語とともにあった。

 彼から魅力的な提案があった。彼が持つ自衛官探偵の第一巻、三巻、五巻、七巻を買い取ってほしいとのことだった。一冊二百円だった。古本屋で買うよりは安く、売るよりは高い。僕は歯抜けになっている本棚が気にかかっていたので、二つ返事で承諾した。自宅の本棚にずらっと自衛官探偵シリーズが並んで感無量であった。いしばしかなたさんが自衛官探偵シリーズを貸してほしいと言ってきたのはこのあとの出来事だ。後から知って驚いたことだが、彼の家は経済的にかなり困窮しているらしかった。しだいに小遣いが減り、最後には全くなくなってしまって、でも中学生一人では古本を売れないから、僕に売ったのだ。僕は彼から都合二十冊弱の本を買い取った。僕は当時、「貧乏な人は性格が悪いのだ」と漠然とひどい偏見を持っていたため、彼の境遇は意外だった。彼は本当にいいやつだった。彼の両親が離婚したのをきっかけに転校していく彼を前向きな気持ちで見送ることができなかった。交際していたいしばしかなたさんとはきっぱり別れたらしかった。

 中学生の私は小説の中では貧困や不条理な運命を目にしてきたが、それはフィクションの出来事であって、自分の周囲に起きる出来事では無かったはずだ。この一件で自分の努力とは全く関係のないところで自分の生活や人生が変わっていってしまうことがあると知った。僕といしばしさんとの交友はあおきさんとの交際が始まったことで絶えてしまったが、その交際が終わっても再び結ばれることはなかった。ブラ紐の件で彼女を避けてしまっていたし、あおきさんが消えたのをきっかけに彼女と仲良くするのは彼に対して不義理だと思ったからだ。

 僕は短いうちに二人も友達を失った。しかし幸いにも私には中学校卒業まで付き合いの続いた素晴らしい読書仲間がまだ、あと一人いた。
 
「かねこゆうさん(仮名)について」に続く。

思い出の続き


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