掌編小説 日本酒と烏龍茶
夜になって今日も居酒屋『小流犬』は賑わい出した。
「いらっしゃいませー。あら、ルリちゃん? お久しぶりねぇ」
「女将さん、お久しぶりです。今日は飲みに来ました」
ルリは女将に挨拶をする。
玄関の扉に隠れて見えないが彼女は誰かと手を繋いでいる。
「あ、ついでに彼氏も連れて来ました。ほら、トモキ、挨拶しなよ」
そこに現れたのは甲斐性のなさそうな青年一人。
「はいはい、あんまり急かすなよ。えーと、初めまして、トモキです。ここの料理は絶品だって聞いてルリについて来ました」
すると女将は照れくさそうに笑った。
「あらあら、ルリちゃん、それは大袈裟よ。でもありがとう、嬉しいわ」
「絶品です!」
「ありがとう。じゃあ、席にご案内しますね」
ルリとトモキは座敷部屋に案内される。
二人は部屋に置いてあるハンガーに上着をかける。
「ルリちゃん。ご注文が決まりましたら呼んでくださいね」
「あ、じゃあ早速注文します。私の置いていた日本酒はまだ残ってますか?」
「ええ、男のロマンと乙女無双が残っていますよ」
「じゃあ、今日は男のロマンにします」
「ルリ。なんか渋い日本酒飲んでんだな。銘柄のインパクトがすげぇ……」
「可愛いでしょ? 銘柄もだけどお酒としても好き」
日本酒マニアなルリ。聞くところによると大変な酒豪だそうだ。
嬉しそうに日本酒を語るルリにトモキは苦笑気味。
「トモキも何か注文する?」
「ああ。俺は烏龍茶にします。あとは卵焼きと大学芋をお願いします」
何を思ってか女将はトモキを見て微笑んだ。
「もしかして、トモキ君は下戸だったりするの?」
「はい。俺はお酒を飲めません」
「あらあら、可愛いわね」
「でしょー、トモキってばウブなんですよ」
「悪かったな、ウブで。俺にはお酒の良さが理解できないし興味もないんだよ」
「「まーーー、ホント可愛い」」
女性特有の連帯感にタジタジなトモキ。
「じゃあ、私は戻りますね。二人ともごゆっくり」
言った女将は厨房に戻った。ルリはニンマリしたままトモキを見つめる。
「トモキ、本当に可愛い」
「しつけぇな、おい?」
今日も居酒屋『小流犬』は細々と賑わっている。
二人とも一日お疲れ様でした。
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