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光の跡

初めて聞いた時、とにかく切なさと刹那みたいなものを感じた。温かさというか…そうだこれは「愛」だ。
そんな言葉ひと言も出てこないのに、この曲には愛が詰まっている。
いや、愛とハッキリ言えない…そんな言葉に出来ない情況?を描くのが上手いんだよなー、源さん。

この映像見て、昼休みの職場で泣いた。
最後に表示された歌詞
"ほら 出会いは 未来だ"
の破壊力が半端なかった。
いつも源さんが話している「出会いは未来」という言葉がダイレクトに出てきて、びっくりした。

もちろん、劇場版SPY×FAMILYのエンディング主題歌でもあるので、その世界観は十分に表しているのだろうけど、今回はまだ映画を見ていないので、曲のことだけを書いておこう。

「喜劇」という曲は、家族をテーマに創られた。
喜劇が「家族の始まり」をうたうものだとしたら、光の跡は「家族の終わり」に向かう様をうたっているのではないかな。

"あの日 交わした
血に勝るもの
心たちの契約を"

血の繋がりだけが家族ではない、そして出会った家族というチームで

"永遠を探そうか
できるだけ暮らそうか
どんなことがあったって
君と話したかったんだ
いつまでも
君となら喜劇よ
分かち合えた日々に
笑い転げた先に
ふざけた生活は続くさ"

とふざけた生活を続ける。家族と出会ってからの温かな時間を「今」に向かって視点を向けて歌ってる。

今回の曲では
"人はやがて
消え去るの"
という歌い出しで、「終わり」と向き合った歌なんだなーと思った。
笑い合う豊かな日々は、永遠に続くものではなくいつか終わるもの。だからこそ儚くて切なくて尊くて。

"消えてゆくのに なぜ
ただ 忘れたくない思い出を
増やすのだろう"

なんでだろうね。曲を聞いて、英語タイトルだと「Why」なのも納得しかないし、ずーっと考えてるけどまだその"なぜ"の答えは分からなくて。
昨年、同居していた父を亡くし、家族についてめちゃくちゃ考えた1年だっただけに、「光の跡」で大きな命題を投げられたような気がした。これって生きている間ずーっと考えていくことなんかな?答えって出ないのかな?劇場版SPY×FAMILY見たら、その答えに近づくのかな?

2023年は、偉大な音楽家さんたちも沢山消えてしまった。きっと源さんも寂しい想いを常に抱えていただろう。その上で終わりも出会いも「未来」であるとした源さん。人の終わりを目の当たりにした時に残る寂しさやもどかしさ。曲を聴いて涙が止まらなかったのは、この、なんとなく普段思っていたけど考えないようにしていたモノを言語化されたことの衝撃からだったのだと思う。
歌詞も曲も星野源すぎる。もうこれは源さんじゃなきゃ創れない。貴方はまさに私の光です。
こうして光を照らしてくれることが、私の生きる糧となっています。人生という旅を楽しめています。

旅がテーマ、そして先日の金沢旅行からインスピレーションを受けて出来たという「光の跡」
鈴木大拙さんのことも話されていたし、まだまだ考えてみたいことがある。もう少し掘り下げてみよう。

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